【ディランを追いかけて~ヘッケル】ボブ・ディラン2016年4月23日(土)東京ドームシティホール(東京8公演目)ライヴレポート by 菅野ヘッケル

2016.04.24



ボブ・ディラン
4月23日、東京ドームシティホール

ボブ・ディラン2016年日本ツアーの東京での8回目の公演。会場が変わり、夕方5時開演なので、なんだか通常とはちがう気分がする。ボブは、前身頃下部と袖に銀色の刺繍が施された黒いカントリースーツを着用して現れた。3度目の着用だ。相変わらず帽子も被っている。スチュのギターによる「フォギー・デュー」が終わり、1曲目「シングズ・ハヴ・チェンジド」がはじまった。歌い出しはソフトな感じに聞こえる。3日連続のステージなので、すこし疲れているのかなと心配したが、そんなことはない。むしろていねいに歌っているのかもしれない。チャーリーのギターがいつになく哀愁感を感じさせる。ボブが「ユー・キャント・ウィン・ウィズ・ア・ルージング・ハンド」(持ち札が負けているのに、勝つことなんてできない)と歌った時、ぼくの頭の中に来月発売されるニューアルバム『フォールン・エンジェルズ』のジャケットが浮かんだ。


2曲目「シー・ビロングス・トゥ・ミー」はいつものように力強い。ジョージのドラムとトニーのベースがヘヴィーなビートを正確に刻む。ボブは首をやや左に傾けてハーモニカを吹く。74歳といえば、普通は老人と呼ばれるのかもしれないが、ハーモニカを聞いているとそんなことは微塵も浮かばない。きっと肺活量もすごいのだろう。ピアノに移って3曲目ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」。今夜はレコードと同じ「アイ・ラヴ・ユー・プリティ・ベイビー~」と歌い出した。ややピアノの音が小さいように感じるが、ボブはメロディアスなリフを叩き出している。いい感じだ。最後は、ボブが立ち上がってエンディングを決める。


ステージセンターに戻り、スタンダード曲がはじまる。4曲目「ホワットル・アイ・ドゥ」のイントロが流れた瞬間、客席から「キャー!」と嬌声が湧き上がる。新しいボブが見たくて会場にやってくるファンも大勢いるようだ。この歌では甘く切ない常套句が歌われるが、ボブが歌うと真実に聞こえる。ヒョコヒョコとピアノに移動し、5曲目「デュケーン・ホイッスル」でもピアノの音がやや小さい気がしたが、会場が変わったせいなのか、ぼくが座っている位置のせいなのか、オーチャードホールとはちがったバランスに感じる。しかも満員の観客のノリもすごい。熱気を感じる大歓声が沸き起こる。ボブはいつも以上に、ことばをスタッカートで歌う。「ボブ節」の炸裂だ。椅子席でなければ、みんながカントリーダンスを踊り出すような楽しさが会場に広まる。快走列車が停車すると、次はムードが一変する。

6曲目「メランコリー・ムード」、来日に合わせて発売されたニューシングルだ。この歌でも「キャー!」と嬌声が上がる。ステージバックに大粒の雪模様(?)が投影され幻想的な雰囲気が漂い、ボブが憂鬱な気分を歌うが、なぜか聞き手はその心地よさに酔いしれる。最後はボブが両手を上げてエンディングを指示する。7曲目は激しさが噴き出す「ペイ・イン・ブラッド」、ヘッドバンギング・ソングだ。この歌はレコードと歌詞がすこし変えられている。(政治家に向かって)人生は短いと言われるが、あんたの人生はもっと短い。明日だれかがあんたを絞首刑にするだろう。わたしは血で支払う。でもわたしの血ではない。過激なプロテスト・ソングだと思う。


お待ちかねの「うっとりタイム」だ。8曲目「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」は、いつ聞いても飽きることはない。陳腐な甘いことばで「わたしはあなたなしではやっていけないんだ」と告白されるのだが、ボブに言われると心は揺らぐ。9曲目「ザット・オールド・ブラック・マジック」は華やかな世界が広がる。ボブは2枚のアルバム『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』と『フォールン・エンジェルズ』でグレート・アメリカン・ソングブックを歌っているが、その多くはスローなテンポの切ないラヴソングで占められている。その中で、この歌はラテン風のリズムが軽快に響く。ビッグ・バンド用の華麗な歌を、見事なまでに5人編成バンド向きに変えている。

1幕を締めくくる10曲目は「ブルーにこんがらがって」。リズムギターがこの歌のコードをかき鳴らした瞬間、いつも高揚感が吹き出てくる。ボブに欠かせない代表曲だ。歌の登場する3人とは、自伝的な歌なのだろうか、ストーリー展開に引きずり込まれる。観客の反応も熱くなる。歌詞の3番まで歌った後、ハーモニカを演奏し、ピアノに移動して4番の歌詞で終わる。もっと長く歌ってほしい。


「みなさ~ん。ドーモ、アリガトウ。ステージからいなくなるけど、すぐ戻ってくるよ」


スチュが弾くエレクトリック・ブルースが流れ、2幕がはじまる。もちろん11曲目は「ハイ・ウォーター」。ステージセンターのマイクの前に立つボブの姿は美しい。リズムに合わせてかすかに頭を振りながら、迫り来る洪水の危機を淡々と歌う。ドニーのバンジョーが切迫感を煽るようになり続ける。間奏が流れるとき、ボブはひょこひょこと歩き回る。ボブの一挙一動がファンには可愛く映る。最後、ボブが両手を大きく広げてエンディングの指示を出した。12曲目はアメリカン・スタンダード曲「ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ」。今夜の客は熱い。スタンダード曲のイントロがはじまると拍手が沸き起こる。「いつだってわたしはあなたのピエロだったことを忘れてしまったのかい? どうして今わたしを心変わりさせようとするの?」ふと、ぼくは思った。ボブの心を変えることなんて、だれにもできないと。この歌でも、ボブは両手を大きく広げてエンディングの指示を出す。


ピアノに移動して13曲目「アーリー・ローマン・キングズ」。ムードは一変して、ボブの得意なヘヴィーなアーバンブルースだ。ピアノを叩きながら、ことばを吐き出す。ボブのタイミング良さと天性のリズム感の良さにいつも圧倒される。ボブの後ろに位置するドニーは、ボブの指の動きに視線を集中させながら、ペダルスティールで呼応する。最後は、ピアノから立ち上がってエンディングを決める。ステージセンターのマイクに戻って14曲目、「ザ・ナイト・ウィー・コールド・イット・ア・デイ」では、ソフトな伸びのある高音で別れた夜を歌う。この歌の途中でも拍手が起きる。プロモーション・ビデオの影響かもしれないが、ぼくは都会的なハードボイルドの匂いを感じる。


15曲目「スピリット・オン・ザ・ウォーター」。昨夜は何故だかわからないが最後のヴァース、観客が熱い反応を投げ返す「ピークを過ぎたと思ってるのかい?」と歌うヴァースを省いて歌い、単音主体のピアノ・リフを繰り広げる離れ業を披露したが、今夜はどうだろう。今夜も単音リフは健在だ。よほど気に入ったのだろう。歌詞も、最後のヴァースまで歌った。もちろん観客は大歓声をあげた。


16曲目の「スカーレット・タウン」の魔力に、ぼくは虜になっている。金貨が流通するスカーレット・タウン。ここは理想郷だ。ただ、ここにも終末が迫ってくる。泣いたところで何の役にも立たない。ストーリーテラーのボブの魅力がこの歌に詰まっている。頭上に設置されている、昔の映画で使われてた大きな照明も消され、ステージに立てられた何本か街灯のような明かりだけが照らす薄暗いステージ、ドニーのバンジョー、チャーリーのギターが不思議な不気味さをかもし出す。まれもなく、この歌は「廃墟の街」「エイント・トーキン」などと並ぶ名曲だ。


17曲目は、軽快なジャズナンバー「オール・オア・ナッシング・アット・オール」。両手を広げるジェスチャーを交えながら、ボブは軽妙なヴォーカルを聞かせる。うまい。ボブに音楽ジャンルの壁はない。ジャンル分けの壁をつくっているのは、聞き手の方だ。かつては「ディランは歌えない」なんてわかったような批判する人もいたが、そんな人に今夜のステージを見せてあげたい。ボブは歌がうまい。


18曲目「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」は、打って変わってロッカー・ボブだ。コーラスやブリッジを取り入れない曲づくりはボブの特徴のひとつ。短いひとつのメロディーを繰り返すだけで、聞き手を惹きつける。すごい人だ。ボブが「だってあなたはわたしの友だちなのだから」と歌うと、観客は大喜びで歓声をあげる。みんな自分のことだと思うのだ。それでいい。「長く無駄に費やされた歳月はもはやここまで」ということだ。


2幕を締めくくる「枯葉」が物悲しさを募らせる。終わってほしくないと思っても、いつかはショーの終わりは来る。「何よりも恋しく思うのは、愛しい人よ、あなた」。そう、きっとボブは観客一人一人に歌っているのだろう。ギターとペダルスティールの響きに乗せて、1枚の木の葉が風にゆらゆらと地上に舞い落ちた。ボブとバンドは無言でステージを去っていった。完璧なショーの幕切れだ。


アンコール1曲目は「風に吹かれて」。今夜はややソフトに高音で歌い出し、ピアノからドレミファ・リフの変形も飛び出した。ギター1本のオリジナルもいいが、今のアレンジの方がいい。単音を強調するボブのピアノ、リズム感とタイミングの取り方は見事だ。チャーリーがそれに合わせてギターで、ドニーがヴァイオリンで呼応する。見事な演奏だ。いっしょに歌えなくても構わない。大満足だ。この曲は衰えることなく、将来にも歌い継がれていくことだろう。


アンコール2曲目は「ラヴ・シック」。スチュのギターが鋭いナイフのようにリズムを刻む。ジョージのボンゴが効果的に鳴り響く。ステージ背景にボブの影が暗く映し出され、すぐに縦線の光に変わる。照明もじつに効果的だ。ボブの歌から、どうしようもないやるせなさ、心の痛手、悲しさ、辛さがひしひしと伝わってくる。チャーリーが印象的なソロを弾きまくる。最後にボブが「何をすればいいのかまるで見当がつかないんだ/あなたといっしょにいられるというのなら、わたしは何もかも投げだそう」観客に訴える。ドラマティックな終わりだ。ありがとう、ボブ。


会場がちがうこともあるが、今夜の観客は特別熱かった。会場の明かりが点くまで、拍手と歓声はやまない。「サンキュー、ボブ」の声があちこちで飛び交う。しかし場内に流れるストラヴィンスキーの「春の祭典」に追いたてられて、後ろ髪を引かれながらも人々は家路につく。

(菅野ヘッケル)


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