【ディランを追いかけて~ヘッケル】ボブ・ディラン2016年4月19日(火)東京(5公演目)ライヴレポート by 菅野ヘッケル
ボブ・ディラン
4月19日、東京オーチャードホール
今夜のボブは、前身頃下部と袖に銀色の刺繍が施された黒いカントリースーツを着用して現れた。12日の大阪と同じ衣装だ。相変わらず帽子も被っている。1曲目「シングズ・ハヴ・チェンジド」。快調なな出だしだ。ボブらしく「ユー・キャント・ウィン・ウィズ・ア・ルーーーージング・ハンド」(持ち札が負けているのに、勝つことなんてできない)と、ことばを思い切り伸ばして歌う。昨夜はあまり動きを見せなかったが、今夜はちがう。ヒョコヒョコ歩きはダンスなのか。若い頃のステージが、チャップリンを連想させると評されることもあったようだが、たしかに今夜のボブの動きは喜劇的な要素を感じさせる。
「シー・ビロングス・トゥ・ミー」は、右手でマイクスタンドをつかみ、左手の拳を右胸に当てて歌う。ヘヴィーなビートに乗せて歌い、パワーあふれるハーモニカで会場を沸かせる。今夜の観客は、拍手をしたり、歓声をあげたりかなり賑やかだ。「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」はピアノの低音域を叩きながら「愛してるよ、可愛い人。愛する人はおまえだけ」と歌いだす。マイナー調の軽快なラテン・タンゴ風のリズムで心地いいジャム演奏が展開する。それにしてもボブはピアノの高音域はあまり使わない。ハイノートは嫌いなのか?
一転して、ボブの自作曲からグレート・アメリカン・ソングブック(アメリカン・スタンダード曲)に移る。「ホワットル・アイ・ドゥー」は、愛する人に会えない男が写真位向かって「わたしは何をしようか?」と訴えかける。陳腐な常套句であっても、ボブが歌うと真実に聞こえる。観客のスタンダード曲に対する反応もいい。ボブがスタンダード曲を歌うことに違和感や懐疑心を持つのは、年寄りのファンだけかもしれない。若い世代は、歓迎しているようだ。事実、会場に設置されたレコード即売場では、用意してきた『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』が売り切れてしまったという。
「デュケーン・ホイッスル」のイントロがはじまる前、ボブはピアノで得意なリフを叩いていた。歌に入ってもボブはそのリフを繰り返し弾き続ける。気に入ったフレーズやリフをしつこいくらいに続けるのは、ボブの特徴のひとつ。それにしても、ボブのリズム感はすばらしい。「レッツ・ゴー・トゥ・ザ・ホップ」を連想させるリフに乗せて疾走する列車が頭の中に浮かんでくる、アメリカのフォークソングでは列車は自由の象徴として歌われることが多いが、この歌はどうだろう。自由に向かう列車なのか、それとも終末に向かう列車なのだろうか。
ステージ背後に大粒の雪模様が投影され「メランコリー・ムード」の長いイントロがはじまると、ボブは膝に手を当ててストレッチのように脚を延ばす。これは運動なのか、それともボブの新しいダンスの一部なのか。この曲は一段と大きな拍手を集める。人気曲になっているのかな? 憂鬱な気分が歌われるが、聴き手にはなぜか心地よく響く。ムード漂うステージは、激しい怒りに一変する。パワーに満ちたヘヴィーな「ペイ・イン・ブラッド」だ。「奪えば奪うほど、わたしはもっと与える。死ねば死ぬほど、わたしはもっと生きる」「わたしは血で支払う、でもわたしの血ではない」「わたしの意識ははっきりしている、あなたはどうだ?」など、スローガンのように記憶に残る名言が次々に飛び出してくる。ボブは時折ヘッドバンギングのように上半身を動かしてリズムを取り、エンディングでは両手を大きく広げてポーズを決める。かっこいいロッカー・ボブだ。
今夜もうっとりタイムのはじまりだ。「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」。客席から「ワーッ!」と歓声も上がる。ソフトな声で「わたしはあなたなしではやっていけないんだ」と告白する。うっとりしたっていいだろう。日本ツアーの初日には「ザット・ラッキー・オールド・サン」を歌ったが、2日目以降、9曲目は「ザット・オールド・ブラック・マジック」に固定されたようだ。ボブが取り上げるアメリカン・スタンダード曲の多くはスローな歌だが、この歌はちがう。軽快なラテン系のリズムに乗せて、愛という名の黒魔術の魔法にかけられた男のやるせなさを歌う。この歌は、回を重ねるごとにボブ流の崩しも大きくなる。ことばの入れ方、シンコペーションの効かせ方、タイミングの取り方など、ディラン節が炸裂する華やかで賑やかなスタンダード曲になっている。
1幕を締めくくるのは、もちろん代表曲「ブルーにこんがらがって」だ。この曲をぼくは何十回、いや何百回聴いただろか、それでも聞き飽きる事はない。聞くたびに新鮮な驚きを発見する。なんといってもボブの若さあふれるヴォーカルに圧倒させられる。ハーモニカもいい。チャーリーのギターもいい。長くなっても構わないので、歌詞を省略せずにすべて歌って欲しいと思う。
「ミナサーーーン、アリガトウ。ハッ、ハッ、ハッー。すぐ戻るよ」
2幕はいつものように「ハイ・ウォーター」ではじまる。仁王立ちで歌うボブを見ていると、ふと預言者のように見える瞬間があった。なぜだろう。上半身をリズムに合わせて揺らす「ボブ・ダンス」や、新たに開発した「ストレッチ・ダンス」も飛び出してくる。危機感をあおるように鳴り続けるドニーのバンジョー、まさに洪水があちこちに迫り来るようだ。2曲目はスタンダード曲「ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ」。左手を大きく伸ばし歌の中に入り込むように「いつだってわたしはあなたのピエロだったことを忘れてしまったのかい? どうして今わたしを心変わりさせようとするの?」と訴える。
「アーリー・ローマン・キングズ」はマディ・ウォーターズを彷彿とさせるアーバン・ブルース。ただ、歌詞は難解だ。ローマン・キングズとは、混乱した社会を牛耳る悪魔の帝王たちのことなのだろうか。ボブはピアノで足をストンピングさせながらダミ声を交えながら力強く訴えかける。歌の最後は立ち上がって「どうだ」のポーズで決める。かっこいい。対照的に次の「ザ・ナイト・ウィー・コールド・イット・ア・デイ」はソフトな伸びのある高音で「ふたりがおしまいにした夜」の出来事を聞かせてくれる。
「スピリット・オン・ザ・ウォーター」がはじまる前、ボブがピアノで何やら弾き出した。そのリフが気に入ったのか、そのまま歌に入っていく。ラグタイム風のピアノに乗せて長いストーリーが展開する。「パラダイスでわたしはあなたといっしょにいたい/わたしはもうパラダイスには戻れない」。最後に「わたしが歳を取り過ぎてるってあなたは思っているんだね/もう盛りの時を過ぎてしまったと考えているんだね/あなたに何があるのか見せておくれ/わたしたちはとんでもなく素晴らしい時をいっしょに過ごせるよ」と結ぶ。観客はその一語一語に大きな反応を示す。チャーリーが投げ込むマイナー調のリフもいい。
「スカーレット・タウン」は、聴き手を惹きつける魔力を持っている。チャイルド・バラッドの「バーバラ・アレン」をベースにした歌だが、ボブは手を大きく動かしながら感情を込めて歌う。今夜はアニメーテッド・ボブだ。「スカーレット・タウンで、週末は近づいていた/世界の七不思議がここにはある/善と悪が隣り合わせ/あらゆる人の姿は全て賞賛されるみたい」破滅と混乱に向かう時代の理想郷なのか。チャーリーのギターが不気味さを強調する。
「オール・オア・ナッシング・アット・オール」は軽快なジャズナンバーに仕上がっている。ここではボブが高音を使って軽妙なヴォーカルを聞かせる。ミュージッケアーズ授賞式のスピーチでボブは「評論家たちはデビュー当初からわたしにきつく当たっていた。わたしが歌えない、カエルみたいにゲロゲロ鳴いているって言っていた」と語っていたが、この歌を聞けば評論家たちが間違っているとわかるだろう。ボブはじつに歌がうまい。最後は両手を上げて、バンドにエンディングを指示する。ボブはバンド・リーダーでもあるのだ。
「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」で、ボブはかっこいいロッカーの一面を見せてくれる。コーラスもブリッジもない、ひとつのメロディーの繰り返しだけで物語は進んでいく。ボブは、コーラス部分のない歌が好きなのか。エンディングはカッコつけて決める。どうだ。
あっという間に2幕も終わりを迎える。もちろん今夜も「枯葉」で締めくくられる。毎回同じことを書くが、これほどこの歌の中に入り込んで歌える人はボブの他にいない。ギターとペダルスティールの響きに乗せて、1枚の木の葉が風にゆらゆらと地上に舞い落ちた。ボブとバンドは無言でステージを去っていった。完璧なショーの幕切れだ。
アンコール1曲目は「風に吹かれて」。今夜は高音で歌い出し、ピアノからドレミファ・リフの変形も飛び出した。昨夜も書いたが、ギター1本で歌われたオリジナルを忘れてしまうほど、今のアレンジはいい。ボブのリズム感とタイミングの取り方は見事だ。よく知っている歌なので、いっしょに歌おうとする観客もいるだろう。あきらめたほうがいい。ボブといっしょに歌える人はいない。この曲は衰えることなく、将来にも歌い継がれていくことだろう。
アンコール2曲目は「ラヴ・シック」。ステージ背景にボブの影が映し出され、すぐに光の縦線に変わる。実に効果的だ。チャーリーが印象的なソロを弾きまくる。ボブはシャドーボクシングのような動作も見せながら、ポーズを決めまくる。最後にボブが観客に投げかける「何をすればいいのかまるで見当がつかないんだ/あなたといっしょにいられるというのなら、わたしは何もかも投げだそう」。ボブ、ありがとう。
(菅野ヘッケル)