【ディランを追いかけて~ヘッケル】ボブ・ディラン2016年4月18日(月)東京(4公演目)ライヴレポート by 菅野ヘッケル
ボブ・ディラン
4月18日、東京オーチャードホール
ボブは前身頃と背中に赤い刺繍飾りがほどこされた黒のカントリースーツを着用して登場した。大阪公演でも着ていたスーツだが、今回の日本ツアーに用意したワードローブの中では、ぼくがもっとも好きなエレガントな1着だ。もちろんパンツの両サイドにも赤い刺繍のラインが入っている。1曲目「シングス・ハヴ・チェンジド」がはじまった。おお、今夜も調子いいようだ。ヴォーカルは若い頃のボブを彷彿させるように、力強くことばを吐きだして歌っている。2日間の休みが好結果をもたらしたのかもしれない。音のバランスもいい。若さをみなぎらせたまま2曲目「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」に突入。ヘヴィーなビートに乗せて突き進む。ハーモニカにもパワーが感じられる。
「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」では、ボブのピアノがリードする派手なジャムが展開する。ボブのピアノに呼応するように、チャーリーのギターから短い印象的なリフが飛び出す。いい感じだ。ムードは一転してスタンダード曲「ホワットル・アイ・ドゥー」に移る。イントロがはじまった瞬間、客席から拍手があがる。ボブが歌うスタンダード曲を楽しみに会場に足を運んだファンも、かなりいるようだ。今夜のボブは、まるで自分がつくった歌のように、やや崩して歌っている。それだけ歌の中に入り込んでいるのだろう。
「デュケーン・ホイッスル」は、いつもよりヴォリュームが上げられたのか、ボブのピアノがよく聞こえる。左足を上下にストンプさせながら、個性的なフレーズをピアノで叩き出す。チャーリーがそれにすてきなリフで応える。もっと長く聞いていたいと思うジャムが展開するが、すぐに終わってしまった。今回のツアーはどの曲も短い。もっと聞きたいと思う間もなく、終わってしまう。
「メランコリー・ムード」のイントロがはじまると客席から「キャー!」と嬌声が上がった。ニューシングルだが、すでにかなり知られている。人気曲になっているようだ。ステージ背後に大きな雪模様らしき写真が映し出され、雰囲気を醸し出している。「ペイ・イン・ブラッド」はプロテストソングだ。ことばに怒りが込められているように聞こえる。
うっとりタイムのはじまり。もちろん「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」だ。ペダルスティールの物悲しい響きに乗せて、ソフトだが伸びのあるヴォーカルで、愛を切々と訴えかける。スタンダード曲が続くが、ムードは一変する。「ザ・オールド・ブラック・マジック」は、ビッグバンドでなく、5人編成バンドでも華やかなステージを作り出せることを証明する好例だ。
楽しい時間はアッという間に終わる。1幕を締めくくる「ブルーにこんがらがって」がはじまる。今夜のボブのヴォーカルは、シンコペーションを効かせ、絶妙のタイミングでことばを吐き出す。「これぞ、ボブ」と叫びたくなったのは、ぼくだけだろうか。だれにも真似することのできない歌い方。ことばの入れ方がすごい。ハーモニカもいい。ピアノに移ってからは、ドレミファ・リフも飛び出してきた。自由で、パワーと若さにあふれる熱演だ。
「ミナサン。アリガトウ。すぐに戻ってくる」
「ハイ・ウォーター」で2幕がはじまる。ほとんど仁王立ちで歌うボブがかっこいい。今夜はあまり動きを見せないボブだが、この曲では上半身をわずかに揺らして「ボブ・ダンス」を披露。切迫感をあおるように鳴り続けるドニーのバンジョーの合間に、チャーリーが印象的なリフをはさむ。最後はボブが両手を大きく広げてエンディングを決めた。カッコイイよ、ボブ。
スタンダード曲「ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ」の途中で拍手が起きる。ボブの自作曲に混ぜてスタンダード曲をちりばめたセットリストが成功したようだ。ヘヴィーなビートが響く「アーリー・ローマン・キングズ」はボブが得意とするアーバンブルースだ。もちろん近年のボブの特徴のひとつであるパワーあふれるダミ声も混じる。対照的に「ザ・ナイト・ウィー・コールド・イット・ア・デイ」は、ソフトな声でていねいに歌う。つくづくボブは歌がうまいと感じる。多彩な声とヴォーカル表現力を持ち合わせている。
「スピリット・オン・ザ・ウォーター」でボブは気に入ったリフが浮かんだのだろう、ピアノで下降メロディのリフをしつこいぐらいに弾き続ける。そこに絡むようにチャーリーがソフトなリフを重ねる。いいね。もちろん「ピークを過ぎたと思っているのかい?」のくだりでは観客から「ノー!」と大きな歓声が返ってきた。今のボブこそ、絶頂期だ。「スカーレット・タウン」ではチャーリーが低音を強調したリフで不気味さを倍増させ、ボブのヴォーカルが聴き手を不思議な世界に引きずり込んでいく。ボブのストーリーテラーとしての才能と魅了があふれる名曲だ。
スタンダード曲「オール・オア・ナッシング・アット・オール」は今夜もソフトな仕上がりだ。洒落男ボブの本領発揮といったところだろう。」チャーリーがトレモロを取り入れた素敵なソロを聞かせる。いいね。「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」は、ボブの得意中の得意、ボブしか歌えない曲だ。他のだれも歌えない。短いフレーズを繰り返し歌う。パワーの込められたヴォーカルが聴き手に突き刺さるように響く。ボブは両手を高々と上げるポーズを交えて歌った。
2幕は「枯葉」で終わる。ソフトに、ていねいに歌う。最上級のパフォーマンスだ。聞き飽きるほど有名な歌だが、これほどこの歌の中に入り込んで歌える人はボブの他にいない。ギターとペダルスティールの響きに乗せて、1枚の木の葉が風にゆらゆらと地上に舞い落ちた。完璧はエンディングだ。ボブとバンドは無言でステージを去っていった。
アンコール1曲目は「風に吹かれて」。高音ではいるか、低音で入るか、迷ったのかもしれない。ボブはめずらしく歌い出しでふらついた。これも愛嬌だ。ピアノからドレミファ・リフの変形も飛び出した。ギター1本で歌われたオリジナルを忘れてしまうほど、今のアレンジはしっくり馴染む。この曲は衰えることなく、将来にも歌い継がれていくことだろう。2曲目は「ラヴ・シック」。ステージ背景に光の縦線が投影される。実に効果的だ。チャーリーが印象的なソロを弾きまくる。しつこいようだが、今夜も同じことを書いておく。最後にボブが観客に投げかける「あなたといっしょにいられるというのなら、わたしは何もかも投げだそう」は、何度聞いても心に響く。今夜も、ありがとう。
全てが終わって、ステージに全員が整列する。いつもはほとんど動かずに立っているだけだが、今夜のボブは軽く頷きながら1階席、2階席、3階席に視線を送っていた。ボブもきっと満足したのだろう。いや、今夜の観客はボブ以上に満足したはずだ。
(菅野ヘッケル)