【ディランを追いかけて~ヘッケル】ボブ・ディラン2016年4月15日(金)名古屋公演ライヴレポート by 菅野ヘッケル
ボブ・ディラン2016年4月15名古屋、センチュリーホール
ボブは初日と同じ黒のカントリスーツ、これで日本ツアーに用意してきた衣装はすべてお披露目したということだろう。1曲目の「シングス・ハヴ・チェンジド」がはじまった。今夜は音のバランスもいい。スチュのサイドギターだけが際立った大音量ということもない。それにしても「聖書が正しければ、世界は破裂するだろう」という歌詞は、終末が来ると言っているのだろうか。何度聞いても、すんなりと理解できない内容だ。ボブのことばが突き刺すようなパワーで聴き手に浴びせられる。今夜はチャーリーが印象的なフレーズをギターから生み出した。とてもいい。2曲目の「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」は、いつものようにヘヴィーでステディなリズムに自然に体が動く。ボブのハーモニカがリードするミニブレークで、チャーリー興味深いリフで反応した。それにしても、ボブのヴォーカルは60年代を思い出させるほど、力強く若々しい。
「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」では、ボブのピアノ、チャーリーのギター、ドニーのエレクトリックマンドリンがすばらしいジャム演奏を繰り広げる。一転してスタンダード曲「ホワットル・アイ・ドゥー」は、ボブがソフトな声で歌う。想像以上に高音も出ている。ボブは色々な声を自由に操ることができるようだ。スタンダード曲を歌うボブを聞いて、改めてディランは歌がうまいと感じた人は大勢いるだろう。
ステージが明るくなり、「デュケーン・ホイッスル」もバランスの良いサウンドだ。ボブの調子も上がってきているのだろう、ボブ流のことばを崩す歌い方も飛び出してきた。エンディングはピアノから立ち上がって、両手を上げてポーズを決めた。かっこいい!「メランコリー・ムード」がはじまると客席から「きゃー!」と嬌声が上がる。このムードたっぷりの素敵な歌を心待ちにしていたファンもかなりいるようだ。歌い終わると一段と大きな拍手がわいた。
ボブはチャーリーとかなり大きな声で話をした後、「ペイ・イン・ブラック」がはじまった。「われわれの国は救われ、解放されなければならない」とアメリカの現状を憂いているのだろうか。考えさせられる内容だ。この曲で、もやはおなじみとなったストレッチを組み込んだ「ボブ・ダンス」を披露。スタンダード曲「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」は溶けてしまうのではないかと感じるほど、甘いヴォーカルで歌う。しかも「きみがいなければ、ぼくは生きていけない」と歯の浮くようなおきまりのことばで締めくくる。ボブにうっとり、メロメロになってしまう。
「ザット・オールド・ブラック・マジック」はスタンダード曲の中では唯一軽快なリズムの歌。ジョージが叩くシンバルの音が効果的にはさまれ、ボブの調子も上がる。1幕の最後「ブルーにこんがらがって」は、ますます自由度が増している。「タングルド・アップ・イン・ブルーーーー」とアップシングも飛び出した。今夜はハーモニカがすごくいい。
右手を上げて客席を指しながら「ミナサン」、一瞬間をおいて同じように右手で合図をしながら「アリガトウ。すぐに戻ってくるよ」
2幕は「ハイ・ウォーター」ではじまる。今夜もパワフルなパフォーマンスだ。間奏に入るとボブはヒョコヒョコと歩いてマイクを離れ、ストレッチを組み込んだボブ・ダンス、最後にジョージに「よかった」というように頷いて合図を送った。一転してスタンダード曲「ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ」ではソフトなヴォーカルを聞かせ、会場はロマンティックなムードに包まれる。
ステージが明るくなり、「アーリー・ローマン・キングズ」がはじまる。ボブは荒々しいダミ声を混ぜながら、ことばを明瞭に吐き出す。パワーあふれる熱演だ。スタンダード曲「ザ・ナイト・ウィー・コールド・イット・ア・デイ」は、もちろんソフトな高音を効かせた伸びのあるヴォーカルで歌う。ボブのヴォーカル・パフォーマンスは様々に変化する。器用な人だ。ここでもボブはストレッチをしていた。足や腰が疲れたのか、あるいは新しいダンスの一種なのか。
「スピリット・オン・ザ・ウォーター」では、チャーリーがいいリフを演奏した。大阪ではスチュのサイドギターの音にかき消されて、チャーリーのギターがよく聞こえなかったが、今夜は調整されたのか、見事なバランスを生み出している。ボブはピアノでロマンチックなリフを叩き出す一方、ほとんど単音だけで演奏するソロも聞かせてくれた。
「スカーレット・タウン」では、今夜も淡々と不思議な恐ろしいストーリーが展開する。はたして世界の終わりは近いのだろうか。ジョージが叩くコンガが効果的に響き、バンジョーとドラムズが不気味さを強調する。チャーリーもすばらしいリフを生み出していた。スタンダード曲「オール・オア・ナッシング・アット・オール」は、今夜も軽快なジャズ・ナンバーに仕上がっている。左手でマイクをつかみ、握った右手を胸に当てて歌うボブがかっこいい。それにしても、ボブはかなりの高音まで出せるんだな、と関心させれれる。
「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」のパワーは衰えることない。ボブの「若さ」が全面いでている。ただ、途中でダミーで設置されていると思われる古いタイプのノイマンマイクに向かって歌い出し、あわててセンターの本来のヴォーカルマイクに向かったのは愛嬌だ。ボブはちょっとした仕草で、いつも笑わせてくれる。楽しいな。
2幕を締めくくる「枯葉」の前に、またもストレッチを繰り返す。歌がはじまると、まるでスローモーションのようにゆっくりと体を動かしながら、説得力に満ちたすばらしいヴォーカルを聞かせてくれた。今夜も、1枚の木の葉がひらひらと地上に舞い落ち、ステージの照明が落とされた。感動的なエンディングだ。ボブとバンドは何も告げずに、去って行った。
アンコールの「風に吹かれて」は、ラップのように崩して、アップシングを取り入れながら歌う。スタッカートのようにボブはことばをはめ込んでいく。ピアノから、お得意のドレミファ・リフも飛び出してきた。もちろん、よく知っている歌なのでボブに合わせていっしょに歌おうと試みたファンもいただろうが、おそらく成功した人はいなかっただろう。ボブのように歌える人はいない。
パワフルな「ラヴ・シック」は最後にふさわしい。両手を挙げるジェスチャーがかっこいい。最後のことば「あなたといっしょにいられるというのなら、わたしは何もかも投げだそう」は、何度聞いても心に響く。今夜も、ありがとう。
(菅野ヘッケル)