【ディランを追いかけて~ヘッケル】ボブ・ディラン2016年4月13日(水)大阪フェスティバルホール・ライヴレポート by 菅野ヘッケル
ボブ・ディラン
2016年4月13日、大阪フェスティヴァルホール
今夜はめずらしく会場は満員とならなかった。いままで何度も大阪でコンサートを見てきたぼくは、その度に熱いファンの盛り上がりに驚かされてきたので、開演前にはたして今夜はどうなるのだろうかと少し不安を感じていた。しかしすぐにそんな不安は消えてしまった。今夜も、昨夜と遜色のないほどすばらしい夜になった。
ボブはまたしても新調したと思われるスーツで登場した。黒をベースにしたカントリースーツで、襟と上着の上部がベージュとなっている。もちろんパンツの両サイドには、ベージュのラインが入っている。バンドは黒のスーツ。今回の日本公演のボブ・ディランは、毎回衣装を変えている。しかもほとんどがいままで見たことのない新調したものばかりだ。日本ツアーへの意気込みが感じられる。
オープニングの「シングズ・ハヴ・チェンジド」は、いつものようにステディなリズムで歌われる。ボブが得意とするミッドテンポのマイナー調ロックは、フォークロックの原点を感じさせる。ヘヴィーな「シー・ビロングズ・トゥ・ミー」は、リズムを刻むスチュのサイドギターが際立っている。今夜は全体を通して、スチュのサイドギターが目立って聞こえる夜だった。軽やかに歌われる「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」には、バーバンドのような若さがあふれている。
グレート・アメリカン・ソングブックと呼ばれるポピュラー・スタンダード曲を歌う時、ボブはソフトな声で歌の本質を聞き手に伝えようとていねいに歌う。「ホワットル・アイ・ドゥー」を歌うボブに、観客は聞き惚れてしまっているようだ。一転して「デュケーン・ホイッスル」快走する列車のように、この曲でもリズムを刻むスチュのサイドギターが鳴り響く。まとまりのある演奏に乗せて、ボブは足をストンピングさせてピアノを叩きながら歌う。ボブのピアノがリードするジャムは聞きものだ。チャーリーのギターからすてきなリフも飛び出してきた。
日本で先行発売された新曲「メランコリー・ムード」はイントロが1分近く続く。バンドが演奏している間、チャーリーの側に立ったボブが時折何やら彼に話しかける。ボブに受け答えをしながらチャーリーは美しいリフを弾き続ける。さすがだ。「ペイ・イン・ブラッド」では、ハリのある高音を聞かせてくれた。また最後にはストレッチを組み込んだような「ボブ・ダンス」を披露。若さが目立つ好演だ。
「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」では照明が変わった。めずらしくボブの顔に前方の低い位置から光が当てられ、ボブの影が背景のカーテンに浮かび上がる。ただし、3本のマイクが邪魔だ。ボブの表情はよく見えない。「あなたがいないと、ぼくは生きていけない」と歌う熱烈なラヴソングに、観客はうっとりする。ロマンティックなムードから一転して「ザット・オールド・ブラック・マジック」がはじまる。今回の日本ツアーではスタンダード曲が8曲歌われるが、この歌はその中でもっとも華やかなムードを持っている。ただしアップテンポでことばが多く詰め込まれた歌なので、途中からまるでボブがつくった歌のように、シンコペーションを効かせた、ボブ流のタイミングと歌い方に変わっていく。
1幕を締めくくる「ブルーにこんがらがって」は、若い頃の自由な歌い方の」ボブが戻ってきたようだった。いつも以上にハーモニカをパワフルに、自由に吹いている。今回のツアーでは、スタンダード曲では、歌の本質を崩さないようにていねいに歌う姿が目立つ。一方、自作曲は日によってかなり自由に変えて歌っている。
「ミナサン、アリガトウ。ステージを離れるけど、すぐに戻ってくるよ」
今夜の「ミナサン、アリガトウ」は昨夜ほど違和感を感じなかった。
2幕は「ハイ・ウォーター」ではじまった。ボブはマイクの前に仁王立ちで立ち、淡々と物語を歌っていく。最後には、上半身を動かす「ボブ・ダンス」も見せてくれた。「ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ」にはセンチメンタルな気持ちが込められ、観客はロマンチックなムードに包まれる。
ムードが一変してヘヴィーなリズムに乗せて「アーリー・ローマン・キングズ」が歌われる。スチュが懸命に振るマラカスが効果的にリズムを刻み、ボブがパワフルなヴォーカルでストーリーを展開する。「ザ・ナイト・ウィー・コールド・イット・ア・デイ」はソフトに歌われるが、そこではハードボイルドの世界が展開する。
「スピリット・オン・ザ・ウォーター」では、昨夜と同じようにスチュがリズムを刻むサイドギターがやや大きすぎるのではないかと感じるほどの音量で響く。今夜の観客もボブの歌詞に呼応して歓声を上げる。ボブのピアノとチャーリーのギターが絡み合って、美しいリフを演奏する。特に、ボブのピアノがいい。「スカーレット・タウン」は「エイント・トーキン」「ハイランズ」などを連想させる。ゆったりとしたテンポで、不思議なストーリーが歌われる。
「オール・オア・ナッシング・アット・オール」は軽快なジャズ・ナンバーだ。ボブを支える5人のツアーバンドは、多彩なジャンルの音楽をこなすことができる才能あふれるミュージシャンたちだ。今回のツアーを見ていると、本当にすごいバンドだな、と何度も感じる。
「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」のパワーに圧倒される。マイクの前に左半身で立つボブの姿がじつに美しい。男前のボブを感じる。短いひとつのメロディーを繰り返すだけの歌で、これほど観客を酔わせることができるアーティストはボブ以外にいない。
2幕を締めくくる「枯葉」のイントロがはじまる前、ボブはピアノにもたれて体を休めている。それは暗闇に浮かぶ洒落男の姿のように、ぼくの目に映った。ボブは切ない思いを込めてソフトに歌った。チャーリーとドニーがひらひらと風に揺られて地上に落ちる1枚の木の葉をギターの音で表現する。木の葉が地上に落ちた瞬間、ステージの証明が落とされ、2幕は終了する。何度見ても。感動的なエンディングだ。
アンコールの「風に吹かれて」はだれもが知っている歌だ。歌詞を覚えている人も大勢いるだろう。でも、シンコペーションを効かせたボブの歌に合わせて歌える人はいない。ボブのヴォーカルは真似することができない。ボブのリズム感とタイミングの取り方は天性のものであり、ボブが天才と言われる要素のひとつだ。
パワフルな「ラヴ・シック」は最後にふさわしい歌だ。いろいろなことが変わってしまったと嘆き、終末に向かう運命を悲しむことが多いボブだが、最後には「あなたといっしょにいられるというのなら、わたしは何もかも投げだそう」と、愛に焦がれる一面もさらけ出す。ありがとう、ボブ。
(菅野ヘッケル)