【ディランを追いかけて~ヘッケル】ボブ・ディラン2016年4月5日(火)オーチャード・ホールライヴレポート by 菅野ヘッケル
ボブ・ディラン2016年4月5日(火)オーチャード・ホール<Day2>ライヴレポート by 菅野ヘッケル
うれしい驚きだ。日本ツアーの2日目、来日に合わせて先行発売された4曲入りCD『メランコリー・ムード』の4曲目に収録されている「ザット・オールド・ブラック・マジック」が初めてライヴで歌われたのだ。1幕8曲目の哀しく切ない「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」に続いて、9曲目に「愛という名のあのお馴染みの黒魔術の魔法にかけられて/わたしは愛のきりもみ状態の真っ只中」とカリプソ調のリズムに乗せて軽快な歌声が流れる。ライヴ初登場の「ザット・オールド・ブラック・マジック」だ。こんな2曲を続けて歌われると、だれもがボブにメロメロになってしまうだろう。9曲目は、昨夜は2015年に1回しか歌わなかった『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』版の「ザット・ラッキー・オールド・サン」が歌われたスロットなので、もしかしたら毎回違った曲がここで歌われるのだろうか。5月発売予定のニューアルバム『フォールン・エンジェルズ』収録曲が、今後のライヴで初披露されるかもしれない。期待と楽しみが増してくる。
今夜のボブは短い丈の黒いカントリースーツ。パンツの両サイドには赤いストライプが装飾されている。なかなか格好いい。昨夜と同様、グレーの帽子をかぶっている。昨年秋のヨーロッパ・ツアーでは帽子をかぶらなかったが、今回の日本ツアーは帽子を着用し続けるつもりなのか。昨夜からミニブレークを取り入れ、よりドラマティックになった新アレンジの1曲目「シングス・ハヴ・チェンジド」では、チャーリーが短いが見事なギターソロを演奏した。近年、チャーリーのギタープレイが抑えられているように感じていたファンも大勢いると思うが、この日本ツアーでは自由にのびのびとしたギタープレイを聞かせてくれる。
2曲目の「シー・ビロングス・トゥ・ミー」は60年代にタイムスリップしたように、ボブがハーモニカソロをでブレイクを演出し、若々しい力強いヴォーカルを聞かせてくれた。3曲の「ビヨンド・ヒア・ライズ・ナッシング」では、スージ背景の黒いカーテンに美しいライトショーが照らし出され、雰囲気が一転し、ボブがピアノでバンドをリードしながらチャーリーとのジャムセッションを繰り広げる。
4曲目、ハワイアンスティール・ギターのようなサウンドに乗せて、ボブがソフトなヴォーカルでスタンダード曲「ホットル・アイ・ドゥ」を歌った。昨年のミュージッケアーズ授与式のスピーチで「わたしがつくる歌には先立つものがあった。わたしの歌は伝統的なフォーク・ミュージック、伝統的なロックンロール、伝統的なビッグ・バンドのスウィング・オー ケストラ・ミュージックからきている」と語ったボブは、グレート・アメリカン・ソングブックと呼ばれるスタンダード曲が消えてしまわないように、後世に伝えていきたいと考えているのだろう。カヴァー曲であっても表面的に歌うのではなく、ボブは自作曲と同じように歌の中に入り込み、心を込めて歌う。だからこそ、感動が聴き手に伝わる。
5曲目の「デュケーン・ホイッスル」はまるで疾走するトレインのように力強いスピード感がみなぎっている。チャーリー、スチュ、ドニーのトリプル・ギターのジャム演奏に、時折スチュが汽笛のようなギターをかき鳴らす。見事だ。雰囲気が一転して「メランコリー・ムード」の長いインストルメンタルのイントロが流れる。歌い出しまで、ボブは所在なさそうにステージを歩き回る。メランコリーなのに、なぜだか微笑ましい、面白い人だなと思ってしまった。
7曲目の「ペイ・イン・ブラッド」はビートを効かせたハードロックに仕上がっている。「ぼくの意識ははっきりしている。きみはどうかな」ドキッとさせられる痛烈な歌詞が聴き手に突き刺さる。8、9曲目は冒頭に書いたように「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」と「ザット・オールド・ブラック・マジック」が歌われた。
第1幕を締めくくったのは、ボブの代表曲「ブルーにこんがらがって」。75年に発表して以来、最も多くライヴで歌われてきた歌だが、年ごとに歌詞を書き変え続けている。今年のヴァージョンは落ち着くのだろうか。今後も歌詞が気になる1曲だ。センターでハーモニカを交えて歌っていたボブは、曲の後半でピアノに移動して続ける。
「アリガトウ。すぐに戻ってくるよ」最近は、かつてのようなメンバー紹介もしなくなったので、コンサートでボブが言葉を発するのはこれだけだ。20分の休憩。
第2幕は「ハイ・ウォーター」で始まった。切迫する洪水の危険を示唆するようにバンジョーがかき鳴らされ、チャーリーのリードギターがそれに絡む。ボブは両手を広げるジェスチャーを混ぜながら歌う。前回の日本公演に比べると、ボブの動きに派手さがなくなったように思うが、それでも細かいジェスチャーを時折見せてくれる。相変わらず、元気だな。
スタンダード曲「ホワイ・トライ・トゥ・チェンジ・ミー・ナウ」をしっとり歌った後、ピアノに移動して「アーリー・ローマン・キング」が始まった。想像を超える薄暗いステージが続いたが、この曲で今夜1番という明るいステージが出現した。といっても、すべてのライトが背後や上部から照らされるので、ボブの顔を直接照らす照明はひとつもない。ボブは脚でリズムを刻みながら、ピアノを打ち鳴らして歌う。すぐに薄暗い照明に戻って、「ザ・ナイト・ウィー・コール・イット・ア・デイ」が始まる。ステージ中央のマイクの前に立つボブの姿が、夜の人影に見える。実に効果的だ。
第2幕15曲めの「スピリット・オン・ザ・ウォーター」では特徴的なピアノ、ドレミファソラシド・パターンも飛び出してきた。お洒落なジャズっぽいジャムセッションが繰り広げられ、「ぼくは頂点を過ぎたと思っているのかい?何ができるか教えてあげるよ」と歌う箇所では、昨夜は聞こえなかったが、今夜は観客が反応する掛け声も聞こえた。ファンも、2日目になると少しリラックスしてショーを楽しむ余裕ができたのかもしれない。
16曲目はぼくのお気に入り「スカーレット・タウン」。ライトショーで不気味さの増したステージで、淡々と歌われる。ボブの最大の魅力のひとつは、ストーリーテラーにあると思っている。果たしてスカーレット・タウンは終末の世界なのか、神秘の庭なのか、パラダイスなのか、世界の七不思議が集まる場所とは、聴き手を物語の世界に引きずり込んでいくボブの歌唱に脱帽だ。すごい。
17曲目、来日記念盤に収録されている「オール・オア・ナッシング・アット・オール」は、スチュのエレクトリックギターが刻むリズムが軽快に響くなスウィングジャズに仕上がっている。18曲目の「ロング・アンド・ウェイステッド・イヤーズ」は、16小説の短いメロディーが繰り返し歌われる。サビもコーラスもない、強烈なエレクトリックブルースだ。ボブは「どうだ!」と言いたげに両手を広げた。
2幕を締めくくるのに「枯葉」ほどふさわしい歌はないだろう。昨夜のレポートでも書いたが、木の枝を離れたひとひらの木の葉が、風に揺れながら地上に落ちるのを見つめる主人公が「秋の木の葉が落ち始めた」とつぶやく。ボブのヴォーカアルに合わせ、ギターが木の葉の揺れを奏でる。地上に落ちた瞬間、バンドがピタリと演奏を止め、照明が落とされる。ボブとミュージシャンたちが無言でステージから去っていった。
アンコールの2曲は、どちらも非のうちようがない。完璧だ。ボブは、50年以上前につくった「風に吹かれて」を昨夜と同じように歌の中に入り込み、正直な心を込めて歌う。何度も聞いてきた歌、だれもが知っている歌であるが、今夜も新鮮な響きで聴き手の心を打ったはずだ。最後の「ラヴ・シック」は、間違いなく今回のツアーのハイライトの1曲だ。ナイフのような鋭いギターのリズムに乗せて、ボブが「恋に患っている。あなたといっしょにいられるというのなら、わたしは何もかも投げだそう」と告白する。間奏部分では、スチュとチャーリーが見事なツインリードを演奏する。
こうして2日目は終わった。初日よりも良かったという声が多く聞かれたが、ぼくはどちらが良かったかわからない。どちらも同じように素晴らしいコンサートだった。
(菅野ヘッケル)
●ボブ・ディラン2016来日公演スケジュール
http://udo.jp/Artists/BobDylan/index.html