収録曲

01 テネシー・ジェド 07 キングフィッシュ
02 ムーヴ・アロング・トレイン 08 ユー・キャント・ルーズ・ホワット・ユー・エイント・ネヴァー・ハッド
03 グローイン・トレード 09 この世を去る時
04 ゴールデン・バード 10 ヘヴンズ・パール
05 スタッフ・ユー・ガッタ・ウォッチ 11 自由になりたい
06 白い鳩    

アメリカ音楽界の至宝レヴォン・ヘルムの新作『エレクトリック・ダート』が発売される。一昨年の4半世紀ぶりのソロ・アルバム『ダート・ファーマー』に続き、早くも2作目の登場だ。咽頭癌を奇跡的に乗り越えたレヴォン。レヴォン・アンド・ザ・ホークスのドラマー&ヴォーカリストとして脚光を浴び、ザ・バンドで伝説を作った男が、その輝かしいキャリアにまた新たな1ページを開いたのだ。

レヴォン・ヘルム2007年秋、『ダート・ファーマー』は称賛の嵐を巻き起こした。『サンフランシスコ・クロニクル』紙が贈った言葉“ロック史上最高にソウルフルなヴォーカリストの復活”は、皆の気持ちをまさしく代弁していた。レヴォンはアメリカーナ・ミュージック・アソシエーションから“アーティスト・オブ・ジ・イヤー(年間最優秀アーティスト)”を贈られ、アルバムは2008年度グラミー賞“最優秀トラディショナル・フォーク・アルバム”を獲得。『ローリングストーン』誌はレヴォン・ヘルム・スタジオ、通称“ザ・バーン/納屋”(ニューヨーク州ウッドストックにあるそこは、レヴォンが昔から暮らす自宅でもある) で毎月開かれているセッション“ミッドナイト・ランブル”を2008年度“最優秀ジャム・セッション”に選んだ。
「レヴォンが新しいアルバムをこんなにも早く作りたがった気持ちはよくわかる」とマルチ・プレーヤーのラリー・キャンベルは言う。キャンベルは前作『ダート・ファーマー』の共同プロデューサーで、もう一人のプロデューサーだったエイミー・ヘルムが妊娠のため、今作はキャンベルが一人で制作にあたった。「(前の仕事で)僕とレヴォンはすごくいい関係を築けたし、全体の状況もいい感じだったからね。みんなレヴォンの復帰をすごく待ち遠しく思っていた。だから“ミッドナイト・ランブル”や前作のレコーディングで彼の歌声がまた聞けたときは本当にぞくぞくしたな。あの声が永遠に失われてしまう恐れもあったわけだからね。僕の年代やもう少し上の世代にとっては、言ってみればビートルズが再結成したみたいなものだ。あの貴重な声の復活はそれくらい重大な出来事だったんだ」

今作もバック・ミュージシャンには“ミッドナイト・ランブル”の常連が顔を連ねている。『ダート・ファーマー』の録音に参加しツアーも一緒に回った、気心の知れた仲間たちだ。ドラムスのヘルム以下、メンバーと担当は次の通り。オラベルのバイロン・アイザックスがベース、ブライアン・ミッチェルがキーボード、キャンベルがギター、フィドル、マンドリン、ダルシマーとコーラス。バッキング・ヴォーカルはレヴォンの娘でオラベルのエイミー・ヘルムとキャンベルの妻テレサ・ウィリアムズ。この2人の参加でアルバムに宿るファミリー的な温かみがさらに増している。レヴォン・ヘルム・バンドのホーンセクションも4曲に参加。2曲はあのアラン・トゥーサンとヘルムのホーンセクションの共同アレンジで、他の2曲はスティーヴン・バーンスタインのアレンジだ。バーンスタインはマリアンヌ・フェイスフル、ルー・リード、ルーファス・ウェインライトとの仕事で知られるトランペット奏者で、ニューヨークの前衛ジャズ・バンド、セックス・モブのリーダー。さまざまな経歴を持つプロたちがヘルムの思いに対する共感と敬意で結ばれ、ここに集結したのだ。
前作同様、大地とそこに生きる人々に対するレヴォンの温かな眼差しが感じられる曲もあるが、今回はオリジナルと厳選したカヴァー曲を織り交ぜることでゴスペル、ブルース、ソウル的な要素が加わり、作品としての広がりと深みがさらに増している。

「『ダート・ファーマー 2』ではだめだというのはわかっていた。前と同じでは意味がなかった」とキャンベルは説明する。「もちろん『ダート・ファーマー』はいいアルバムだよ。レヴォンの歌には昔と変わらぬ説得力があったし、あれを作りたいという彼の気持ちはすごくピュアだった。でもあれは、あくまでレヴォンという人間の一部でしかない。だから前作の感じは残しつつ、今作ではそこを土台にもっと発展的なものを作りたかったんだよ。ただ、ライヴでの雰囲気は出したいけど、素朴な感じからあまり離れたくもないとか、やりたいことがいろいろあったから、コンセプトがなかなか決まらなかった。でも曲を集めていくうちに、自然と方向性が見えてきたんだ。ホーンについてもいろいろと考えた。ホーンは入れたいけど、そればかりでしつこいのは嫌だったんだ。『ダート・ファーマー』のファンを置き去りにしないためにはどんな曲とアレンジがいいのか、かなり頭をひねったね。絶対にやっちゃいけないのは手を加えすぎることと、やけに洒落たサウンドにすること。まあ相手がレヴォンだから、そのへんは心配いらないんだけどね。とにかく本物を作ることを心がけたんだ」

レヴォン・ヘルムマディ・ウォーターズの2曲「スタッフ・ユー・ガッタ・ウォッチ」と「ユー・キャント・ルーズ・ホワット・ユー・エイント・ネヴァー・ハッド」は前作のセッションで録ったものだが、今作の雰囲気と完璧に合っている。「直球のブルース・アルバムにしようという話もあったんだけど、それじゃあ前作からがらっと変わってしまって、発展にはならないだろ。たしかに新作の何曲かにはブルースが感じられるし、ブルースはレヴォンの一部だ。ただ今回目指したのは、アーティストとしてのレヴォンの深みをもっと表現することだったんだ」

聞きどころ満載の今作『エレクトリック・ダート』のオープニングを飾るのは「テネシー・ジェド」。グレイトフル・デッドのカヴァーだ。キャンベルとウィリアムズは2008年、デッドのベース奏者フィル・レッシュとツアーに出ており、レヴォン・ヘルムも何度かゲストでステージに上がったという。キャンベルいわく「2人はすごくいい感じでね。それで思ったんだ、グレイトフル・デッドの曲でレヴォンに合うものを見つけられたら、面白いものになるかもしれないって。〈テネシー・ジェド〉は僕が前から好きな曲だったし、それにレヴォンはまさに“テネシー・ジェド”という感じだろ。それで試してみたら、ぴったりはまったというわけなんだ」
「ムーヴ・アロング・トレイン」はステイプル・シンガーズのカヴァーで、レヴォンのゴスペル・ルーツがはっきりと感じられる。続く「グローイン・トレード」はリヴォンとキャンベルの共作で、苦境に喘ぐ南部の農夫たちへの共感がたっぷりこめられている。「私の家内はテネシーの西の生まれでね」とキャンベルは言う。「あの辺りには畑を失う寸前の綿花農家がたくさんいる。教会に熱心に通う、高い道徳心の持ち主たちだよ。でも今はとにかく代々続いてきた畑を守るのが先決だと思って、みんな必死なんだ。レヴォンにはそれがよくわかっている。だからあの曲と歌は心に響いてくるんだ」

「ゴールデン・バード」ではキャンベルの悲しげなフィドルがレヴォンの歌声の悲哀感を際立たせている。ウッドストック・シーンの中心人物の一人ハッピー・トラウムの曲で、この遠い昔の山村を思わせるバラッドとカーター・スタンリーの「白い鳩」が、『ダート・ファーマー』の素朴さと『エレクトリック・ダート』の熱さを結ぶ架け橋になっている。「ヘヴンズ・パール」はオラベルのバイロン・アイザックスの手になる曲で、キャンベルがプロデュースしたオラベルの2006年のアルバム『リヴァーサイド・バトル・ソングス』に収録されている。「エイミーの発案なんだ。これをレヴォンとデュエットしたらすごくいいんじゃないかって」とキャンベル。「それでやってみたら、思ったとおり最高だったんだ」

「自由になりたい」については、ニーナ・シモンの1967年の歌を耳にして以来、レヴォンはいつかやってみたいと思っていたという。勢いのあるホーンをバックにしたレヴォンの歌声には、聴く者を奮い立たせる力と心の奥に突き刺さる痛みが感じられる。すべてを受け入れて生きていこうという力強い思いのこもった、アルバムの締めくくりにふさわしいナンバーだ。
「レヴォンはますます元気で、気持ちもすごく充実してきている。次の作品はもっとすごいものになるんじゃないかな」と言ってキャンベルは笑う。レヴォンとキャンベルはこの先も絶対に妥協はしないのだろう。キャンベルは自分を含め関係者全員の思いを込めて言い添えた。「この仕事が好きでたまらないんだよ」