アーティスト・コメント

サウンド・シティは一回だけ、3.4日しか使ってないけど、慣れ親しんだ感じが残るスタジオでした。
いろんなひとたちがいろんな音楽を録音してきた歴史があの雰囲気をつくり、それに影響されて自分の音楽が微妙に変わる。
それがわざわざ遠くまで出掛けてレコーディングする理由です。
ロスは遠いけど行ってよかったです。

奥田民生

こんな映画誰が観るんだ?
わかんないヤツは観なくていい。感じないヤツは観なくていい。昔を懐かしむだけのヤツも観なくていい。俺たちは当時のNEVEコンソールを軍艦って呼んでた。
SOUND CITY、SHANGRI-LA、VILLAGE RECORDER、SUNSET SOUND、TOTAL ACCESS・・・
Daveさん、歴史を引き継いでくれてありがとう。俺たちにもスタジオ606貸してくれる?
この映画は本当に良い音を知りたいヤツだけに観て欲しい。

小原 礼

この映画には夢や希望、音楽(ロック)の持つ不思議な魔力が描かれている。
また音楽は様々な人の人生を変え人と人を結び付けてくれるモノだという事を改めて教えてくれる。
PCで簡単に音楽が作れる今の時代だからこそ、この中にあるリアルを見て感じてほしい。
いつの間にか、その魔力に引き込まれてしまう事だろう。

KYONO(WAGDUG FUTURISTIC UNITY / T.C.L)

僕らが胸を焦がしているのは「音源データ」なんかじゃなくて、人の手によって作られた「音楽」なんだということ。

後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION)

個人的にフリートウッド・マックを聴き返していたタイミングに、彼らの歴史も含まれた作品に出会えて感無量だなぁ……なんて思いながら観ていたら、それどころじゃないレジェンド級が目白押しで大興奮! ミュージシャン目線とリスナー目線の両方を同時に体感出来るのも嬉しい作品だし、更に面白いのは「今まで好きだったアーティストに親近感が増して更に好きになる」部分と、「あんまり好きじゃなかったアーティストは、やっぱり言ってる事もいけ好かねぇな」って部分が共存してる事。デイヴ・グロールがどこまで意図してるか判んないし、好き嫌いの部分は人それぞれだから一概には言えないんだけど、自分の「ミュージック・ラヴァー度」が判別出来る胸アツな一本!

日高 央(THE STARBEMS / ex-BEAT CRUSADERS)

レコーディングエンジニアの自分にとって良いスタジオの条件を順に上げると、スタジオアコースティック、コンソール、レコーダー、モニタースピーカー、メンテナンス、等々。
それらの条件を順に満たしていたのがSound City。
Sound Cityを訪れたのは2005年6月。今思うとまさに時代の波が大きくうねりをあげかけていた時かも知れない。
そのSound Cityの核となるのがNEVE 80seriesコンソール。しかも28input・16busoutと80年代においても激しく見劣りするスペック。そのコンソールが21世紀になっても営業スタジオにおいて存続してきたこと自体が奇跡としか言いようがない。そして終わりを迎える。
現在のコンピュータ・デジタル主体の音楽制作のありかたへの危機感をDave GrohlをはじめSound Cityに関わった全ての人間が抱いている。
本物のサウンドを失わないために僕らがこれからどうすれば良いか考えていかなければならない。

宮島哲博

ディレクターズ・ノート

デイヴ・グロールワシントンDCの片田舎で幼少期を過ごした俺の家にはそこら中に楽器が転がってた。部屋の隅には誇りをかぶった古いギター、屋根裏にはサビついたスネアといった具合に。楽器というより飾りに近い感じで方々に散乱していた。そしてキッチンのAMラジオとリビングのターンテーブルからは常に音楽が流れ出していた。毎日、床に座りこんではレコードをかけ、ブックレットやライナー・ノーツの絵やアートワークをしげしげと見入っていたものだ。そして、それらに影響を受けるに至るまでそう長くはかからなかった。

かれこれ20余年、フー・ファイターズやニルヴァーナ、その他数多くのプロジェクトで音楽を作り続けてこられたのはこの子供の時分に体験した感情を持ち続けられたからだと思う。鳥肌が出るようなそんな瞬間を探し求めたが故の結果だ。音楽や他のミュージシャンと言葉なくして繋がることができ、自分の人間性を完璧に理解してもらえるこの感情。真に自分に正直でリアルなものを創造した時に起こる、この漠然とした説明不能の魔法。

そんなおなじみの感情がこのドキュメンタリー<サウンド・シティ>を作るきっかけになった。

1991年、俺は完全に無名で帰る場所すらない、ただの飢えたミュージシャンだった。その当時の俺のバンド、<ニルヴァーナ>は後に『ネヴァーマインド』となる初の正式なメジャー・レコーディングを行うためにシアトルからLAに南下の旅に出た。バンド・メンバーの誰も見たことも聞いたこともないレコーディング・スタジオが16日間ブッキングされていた。有名というよりは悪名高いスタジオだった<サウンド・シティ>は代表的なところでいうとニール・ヤングの『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』、フリートウッド・マックの『フリートウッド・マック』やトム・ペティ・アンド・ザ・ハートブレイカーズの『ダム・ザ・トーピードーズ』などの伝説的なアルバムをレコーディングした場所として知られていた。その歴史は実質的なロックンロール・ホール・オブ・フェイムといっても過言ではないほど圧倒的なものだった。基本的にバンで生活していた俺ら3人がそんな神聖な場所に足を踏み入れられるだなんて信じがたいほど嬉しい出来事だった。でもスタジオに到着した俺たちが見たのは想像していたものとは全く違うものだった…

掃き溜めだった。

タイムスリップして1973年に戻ってきたかと思った。壁に貼りつけられた茶色のシャグ、20年以上アップグレードされていない古いアナログ機器、何十年もリースされたままのくたびれたソファー、本当にゴミみたいな場所だった。正真正銘の掃き溜め。ダウンタウン・ハリウッドの高級で最先端のレコーディング・スタジオとは対極の<サウンド・シティ>は日に焼けたサン・フェルナンド・バレーのゲトー地区の線路裏の倉庫街奥深くにひっそりとたたずんでいた。確かにそんな感じ場所だった。

ところがそこでの16日間が俺のその後の人生を劇的に変えた。

『ネヴァーマインド』は3,000万枚のセールスを記録し、<ニルヴァーナ>はすぐに有名になった。俺らがレコーディングした頃は閉める瀬戸際だったあの古く、痩せこけたスタジオはすぐに息を吹き返し90年代のロックシーンの穴場として新たなスタートを切った。今や世界で一番クールなスタジオになったのだ。スタジオのマネージャーの一人が「本物の男たちがレコードを作る場所さ」と声高に定義付けたものだ。レイジ・アゲンスト・ザ・マシーン、ウィーザー、ナイン・インチ・ネールズ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、メタリカ、数え上げたらきりが無いがみな、その魔法をわがものにし<そのサウンド>を手に入れるためにスタジオに入った。<そのサウンド>は実にシンプルな二つの要素で構成されていた。伝説的で唯一無二のニーヴ8028アナログ・レコーディング・コンソール(カスタム・オーダーにより1973年に作成)とドラム・ルーム(音響学的に設計されたわけではないにもかかわらず、中には世界で一番のドラム・ルームと評する人もいた)だ。実にヤバイ組み合わせだった。考えるまでもなく。その後15年間、スタジオの電話は鳴り続けた。

そしてデジタルの波に飲み込まれた。

デジタル・レコーディング技術の普及に伴い<サウンド・シティ>のようなテープ・ベースのアナログ・スタジオはすぐに時代遅れになった。ニーヴ・コンソールが作る音は今や自宅のコンピューターのエミュレーターで再現出来てしまう。美しきドラム・ルームのリヴァーブはプラグ・インもしくはプログラムでシミュレーション出来てしまう。なんてことだ…そんなにうまく楽器が弾けなくても全部コンピューターがやってくれるんだ。全く新しい世界になり変わってしまった。人的要素が無視されうる、もしくは失われる危険性がある世界になった。

<サウンド・シティ>はその波に耐えられなかった。2011年にその幕を引くこととなったのだ。40年の歴史、伝説、その魔法の全てが灰燼に帰したのだ。残ったのは思い出とスタジオが作りだした音楽だけ。

だから今、俺はその物語を語りたい。

初監督として俺はこの作品<サウンド・シティ>をスタジオの素晴らしい遺産を客観的に評価するものだけでなく、音楽の人的要素を称賛し、向こう40年間活動していくミュージシャンたちの自分の中にその<魔法>を見つけてもらえるよう着想を与える趣旨のものにしたかった。俺が家のリビングに座り込んでアルバムをひたすら聴き続け、それまでの音楽の歴史の海を泳いでいた時の感情。初めてギターをもち、誰に教わることもなく<ディープ・パープル>の「スモーク・オン・ジ・ウォーター」のリフをかき鳴らした時の感情。同じことが自分にもできると実感した時の感情。音楽は人であり、現実であり、感覚的で不完全が故の美しさを持っていることが分かったときの感情。

<サウンド・シティ>の長い歴史の中でレコーディングを行ってきた数多のミュージシャンたちとのインタビューやスタジオ生演奏を通じて、<サウンド・シティ>を影のアメリカ随一のレコーディング・スタジオたらしめたその魔法を解き明かし、数々のすばらしいレコードたちのサウンドを形作った一大要因の元にキャストを再び集める努力をした。共通認識としてのその一大要因:つまりニーヴ8028レコーディング・コンソールのことだ。その真空管やラインを通じて繋がった楽器以上に楽器然とした歴史の1ピース。俺たちの人生の大きな一部。もっと簡潔化すると…俺が今日ここにいる理由だ。

<サウンド・シティ>は俺の人生の中でもっとも重要な作品だ。みなさんにもこの気持ちを共有してもらえると嬉しい。