1958年に生まれ、ウォーキングで育ったポール・ウェラーは、14才のときに、ビートルズ、エーメン・コーナー、スモール・フェイセズなどに影響を受けたバンド、ジャムを結成した。1976年に、ザ・フーの 'My Generation' を聴き、セックス・ピストルズがロンドンのライシーアム劇場で演奏するのを観たウェラーは、探していた方向性を見いだし、その後5年間にわたって英国最大のバンドとなるべきものの青写真を描いた。

デビュー・アルバム 'In The City' のリリースから、大きな可能性を孕んだ 'DownIn The Tube Station'、'That's Entertainment'、そして古典的なナンバーワン・シングル狙いの直球 'Going Underground'、'A Town Called Malice'、そして 'BestSurrender'を通じて、ジャムは高い評価を受け、商業的にも大きな成功をおさめた。ウェラーは、オーディエンスの体験をみごとに反映した曲を次々と書き上げたが、1982年、絶頂期に自分のやりたい方向性におけるバンドの限界を感じ、ジャムを解散し、スタイル・カウンシルを結成した。

スタイル・カウンシルでは、ジャムとはかけ離れた方向性をめざし、ジャズやR&B、ファンク&ソウルを取り入れながら、みずからのポップス的直感をちりばめていった。'Long Hot Summer' から 'You're The Best Thing'、'Shout To The Top'、'LifeAt A Top Peoples Health Farm' にいたる今や古典となった一連のシングルは、80年代英国の刺激的なテーマ曲となった。

1989年、ダンス/ハウスのサウンドに強い影響を受けたスタイル・カウンシルは、5枚目のアルバムを完成させたが、レコード会社から作品を拒絶され、バンドは解散した。皮肉なことに、そのレコード会社は、後に発売したスタイル・カウンシルのボックス・セットにこの幻のファイナル・アルバムも収録している。

スタイル・カウンシルでのコンピューター・プログラミングやスタジオ・ベースのサウンドを経たポールは、つづく2年間をみずからの再発見に費やした。ルーツであるライヴ・ベースの生なギター・サウンドに戻って、ソロ・アルバムの制作に着手し、やがてGo! Discs と契約する。彼の名前を冠したアルバムはまたたくまにトップ10入りを果たした。この 'Paul Weller' というアルバムは、アメリカで、ジャムやスタイル・カウンシルのそれまでの全ての作品を上回る売れ行きをみせた。

ポール・ウェラーは、最初のソロ・アルバムで、大きな可能性を秘めたソロ・アーティストとしての地位を確立した。さらにセカンド・アルバム、1994年の 'Wild Wood'では、それまでの30年間でもっとも優れた英国のソングライターとして称賛をあび、イギリスのニール・ヤングとまで言われるようになる。'Wild Wood' は、1994年のマーキュリー・ミュージック・プライズにノミネートされ、ブリット・アワードの最優秀男性ソロ・アーティスト賞を勝ちとったうえ、プラチナ・ディスクを2枚獲得するほどの売れ行きを見せた。また、ソングライティングへの傑出した貢献をたたえてイヴォール・ノヴェロ賞を受賞している。

1995年には、一般の人気と批評家筋からの高い評価を受けて絶好調だったウェラーは、'Stanley Road' をリリースしている。この年にはまた、ブリット・アワードの最優秀男性ソロ・アーティスト賞の2度目の受賞や、NME ブラット・アワードの2部門 -最優秀ソロ・アーティストと彼がもっとも重視していたライヴ活動に対する賞 - での受賞もウェラーを待っていた。映像の分野では、ドキュメンタリー 'Highlights andHang-Ups'、前代未聞の 'Later With Jools Holland' のテレビ特番、さらにこれに付随する1994年の 'Live Wood' CDと同名のヴィデオ等が発表された。

'Stanley Road' は、'Wild Wood' すら上回る評価と売れ行きを呼び、またたくまにナンバーワンを獲得した後、UKトップ20に12ヶ月間もチャート入りし続けた。このアルバムからは、トップ20ヒットとなったシングルが4枚出たほか、アルバムもプラチナ・ディスクを4枚獲得している。

次のアルバムがリリースされるまでには、彼のキャリアにとって輝かしいひとつの重要なできごとがあった。1997年5月に、ウェラーがレコードを発表するアーティストとして活動を始めて20年目を迎えたことを記念して、彼の最初のグループを讃えた豪華ボックスセットがリリースされたのだ。

ほかの多くの場合、こういった記念リリースには、疑いようもなく低下した水準をまざまざと見せつけてしまうような、どこか居心地の悪い空虚な感じがつきまとうものだ。20年たっても尊敬に値する集中力で燃え続けていられる才能を持った者などそう何人もいるわけではないだろう。20年も活動を続けていれば、たいていの者は自分の過去の作品を模倣しているか、そうでなければとっくに消え去っている。

1997年の夏には、ウェラーの4枚目のスタジオ・アルバム 'Heavy Soul' がリリースされた。'Stanley Road' の画期的な成功を受けて、このニュー・リリースに対する期待も高まっていた。やがて到着したアルバムは、いっそうハードに大胆になっていた。
これはおそらく、遊牧民的な活動スタイルの結果だろう。同じ方法論をけっしてくり返すことをしないポールは、7つのスタジオを使い、一カ所では4、5日しか過ごさなかった。このアルバム制作の背景には、ちょっとした不協和音があったのだ。ポールが1992年に 'Paul Weller' を出して以来契約し、彼自身つねに自分の音楽的ヴィジョンを共有してくれると語っていた Go! Discs が会社を畳み、ポールはしばらくのあいだ不安定な時期を過ごした後にアイランド・レコードに籍を移した。もう一つは、'Wild Wood'時代からポールと共に活動していたギタリストのスティーヴ・クラドックとベーシストのデーモン・ミンチェラが、当然の成りゆきながら、自分たちのバンド オーシャン・カラー・シーンの活動にフル・タイムで関わることになり、ポールはそれまでの身内のミュージシャンの顔ぶれを変えざるを得なかったということがある。このアルバムは今や毎年開催となったロンドンの野外ライヴ・イヴェントや、国内のレギュラー・ツアーで披露された。これに先立つ夏には、ポールはフィンスベリー・パークでおこなわれた 'Lazy Sunday Afternoon' のメイン・アクトをつとめたほか、この年にはクリスタル・パレスの 'A Day At The Races' でも演奏している。アルバム 'Heavy Soul' は、第1週の売れ行きとしては最高の売り上げを出し、トップ40入りシングルも4枚出している。
このアルバムのリリース発表では、ポールがテムズ河畔のサウスバンク・センターの屋上で演奏し、この無料のショーを見物しようと大群衆が詰めかけた。

この年は、20周年というほかにも、ソロ・アーティストになるというポールのキャリアの中で3度目の変容が輝かしい成功を収めたことを確認する時期でもあった。1998年には、'Modern Classics' - 彼のソロ・シングルのベスト盤 - がリリースされた。このアルバムのタイトルは、ずばり 'Mod Class' と略されている。このアルバムには、それまでにリリースされたシングルの16曲と、追加の新曲 'Brand New Start' が収録されており、'Brand New Start' もトップ20入りするヒットとなっている。この年の夏に、ポールはイースト・ロンドンのヴィクトリア・パークで3万人を越える観衆を前にライヴをおこない、丸一日かけておこなわれたこのイヴェントには、今は亡きイアン・デューリー&ザ・ブロックヘッズもスペシャル・ゲストとして参加していた。このセットでは、ポールのソロ・キャリアの成功を祝うべく、まさしく、グレイテスト・ヒッツ的な選曲で行われている。

つねに多作なソングライターにしてはソロになって以来もっとも長かった沈黙の時期を過ごした後、ウェラーはニュー・アルバムをたずさえて戻ってきた。新しいスタジオ・アルバム 'Heliocentric' が届くのは、2000年の4月だ。期待したほどの専門家の評価が得られなかった前作をふまえた 'Heliocentric' は、ウェラーが、彼の世代では二人といない偉大なレコーディング・アーティストであることをあらためて知らしめる。
ポール・ウェラーがみずからのUK音楽シーンに於ける実力をふたたび見せつけた10年の最後の時期に書かれ、レコーディングされたこのアルバムは、人生と信念についての思索と新たな声明に満ちた衝撃の作品となっている。
この夏、多くの人がフェスティヴァルやツアー、ロンドンでのライヴ・イヴェントでポールのライヴ演奏を目にすることになる。この年のクリスマス直前に予定されたアールズ・コートでの 'Ideal Pop Exhibition' では、ほかの出演者の名前が全て発表される前に3万枚のチケットが完売している。'Heliocentric' のリリース後は、アイランド・レコードを離れ、Go! Discs のボスのもとでインディペンディエントとして新しいレーベルとの関係が始まる。

2001年2月以降、ポール・ウェラーはフランス、ベルギー、オランダ、イタリア、オーストリア、アイルランド、そして最後にUKとヨーロッパ各地をツアーしている。

というわけで、'Days of Speed' だ。これは、これまでの信じがたい音楽キャリアを見せつける18曲を収めたアルバムだ。ポールは、2001年2月に、ギターをたずさえたワン・マン・ショーという地味なツアーをフランス、ベルギー、オランダから始めた。24年間の音楽キャリアの中で初めて、ポールはアコースティックのライヴにのぞみ、10年間のソロ活動からの曲ばかりでなく、これも今までにないことながら、ジャムやスタイル・カウンシル時代の曲もいくつか演奏している。このツアーは次第に勢いを増しており、この後彼はドイツ、オーストリア、イタリアと回って最後に当然のごとく好評が予想されるUKに戻った。その後は、久しぶりとなる日本とアメリカをまわり、今回のアルバムのリリース後、ポールはクリスマスに向けてドイツとUKでさらにライヴを重ね、その合間をぬって来年早々にリリース予定のニュー・アルバムのレコーディングにかかるだろう。

'Days of Speed' は、ポール・ウェラーが彼の世代でもっとも偉大なソングライターであるだけでなく、それ以上の存在であることの証しとなるだろう。
 
 
   
 
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