ブルース・スプリングスティーン
「ザ・ライジング」
2002.7.31release
SICP 203
\2,520(tax in)

W初回特典付き
●「ザ・ライジング」ジャケット・ステッカー封入
●抽選でブルース・グッズ・プレゼント(詳しくは初回プレス盤に添付されている応募券をご覧下さい)
 1. Bruce"The Rising"Book!(*)・・・3000名様
 2. Tour Tシャツ・・・200名様

*1.はUS、ヨーロッパの限定盤に使用されている写真、直筆歌詞などとともに、日本語対訳や日本オリジナルの要素を加えた、日本のみのBruce"The Rising"Bookです。(なお、制作スケジュール的の都合により国内盤での限定盤は発売致しませんので何卒ご了承下さい)

<収録曲>
1. Lonesome Day/ロンサム・デイ WMP | REAL
2. Into The Fire/イントゥ・ザ・ファイヤー WMP | REAL
3. Waitin' On A Sunny Day/ウェイティン・オン・ア・サニー・デイ  WMP | REAL
4. Nothing Man/ナッシング・マン WMP | REAL
5. Countin' On A Miracle/カウンティン・オン・ア・ミラクル  WMP | REAL
6. Empty Sky/エンプティ・スカイ WMP | REAL
7. Worlds Apart/ワールズ・アパート WMP | REAL
8. Let's Be Friends (Skin to Skin)/レッツ・ビー・フレンズ(スキン・トゥ・スキン)
WMP | REAL
9. Further On (Up The Road)/ファーザー・オン(アップ・ザ・ロード)
WMP | REAL
10. The Fuse/ザ・ヒューズ WMP | REAL
11. Mary's Place/メアリーズ・プレイス WMP | REAL
12. You're Missing/ユー・アー・ミッシング WMP | REAL
13. The Rising/ザ・ライジング WMP | REAL
14. Paradise/パラダイス WMP | REAL
15. My City Of Ruins/マイ・シティ・オブ・ルーインズ WMP | REAL




『ザ・ライジング』全15曲に対する
ぼくの大いなる誤訳、大いなる誤読

三浦 久

ぼくが最初に訳したブルース・スプリングスティーンのアルバムは4枚目の『ダークネス・オン・ジ・エッジ・オブ・タウン』で、そのときからもう四半世紀近くが経とうとしている。その間にリリースされた彼のすべてのアルバムを訳す機会が与えられた。さらに1枚目から3枚目も、何年か前に訳しなおすように依頼されたので、最新作『ザ・ライジング』を含め、ブルースのすべてのアルバムを訳したことになる。

その中で、印象に残っているアルバムは、最初に訳した『ダークネス』と『ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード』、それに今回の『ザ・ライジング』である。特に最新アルバムは、9・11後に書かれた歌が中心になっているだけに、インパクトも強く、極めて印象深い。

かつて書いたことがある。彼のストーリーテラーとしての関心が、ホームタウンから、徐々に世界へと広がっていると共に、作品は、より内省的に、より深いものになっている、と。『ザ・ライジング』を聞いたとき、そのぼくの言葉が実証されたと実感した。

そんな折、ソニーミュージックの白木哲也さんからメールが届いた。そこには、「歌詞の世界観を中心に1曲ごとに解説をお願いしたい」と書かれていた。

それはぼくの能力を超えた依頼であるように思えたが、芸術作品の解釈はひとつではないはず。以下の文は、白木さんのメールに対する返答であり、『ザ・ライジング』に収められている全15曲に対するぼくの大いなる誤訳、大いなる誤読である。


1.ロンサム・デイ LONESOME DAY

あなたについて知る必要のあることは
何でも知っていると思っていた
あなたの甘いささやき、やさしい指先
でも、ほんとは何も知らなかった
このファーストヴァースは、9・11に身内、友人を失くした人たちの気持ちを代弁している。人は何かを失って初めて、その大切さを知ることになる。それは後悔にも似た感情。どうしてあの時そうしなかったのか。どうして生きている間にもっと優しくできなかったのか。それは、今まで寄りかかっていた支えが突然取っ払われてしまったときに感じるヘルプレスな感情。愛する者を失くした人の悲しみを慰めることができるものは何もない。1日を生き延びることさえ難しく思えるほどの悲しみ。

最後のヴァースは、犠牲者の家族の、そしてアメリカ人の、揺れ動く感情を捉えているように思われる。
偽りと裏切りの苦い果実を撃つ前に
何が真の問題なのか訊ねたほうがいい
受け入れるのは難しい、報いを受けるときがきたとしても
あと味の悪さは簡単には消えない
アフガニスタンへの報復攻撃を、90パーセントのアメリカ人が支持したと報じられたが、その人たちがすべて同じ気持ちを抱いていたわけではないだろう。心の中にはさまざまな感情が揺れ動いていたに違いない。

愛する者を失った悲しみと怒り。その時に抱くであろう「歯には歯を」の気持ち。同時に、報復の連鎖はどこかで断ち切らなければいけないという思い。しかし、理性では報復は好ましくないと思っても、感情はそれを受け入れられない。「あと味の悪さ」が常につきまとう。

そして何にもまして、耐え難い孤独。今日一日さえ生き延びることがむずかしく思えるほどの孤独。

そのような孤独や絶望の中にいる人たちに向かって、ブルースは、「イッツ・オーライ(大丈夫)」と繰り返す。その単調で抑揚のない繰り返しは、マントラのように、呪文のように、聞く者の無意識に働きかける。そして、それは、知らぬ間に、聞く者の心の中に変化を生じさせる。

そしてもちろん、このマントラは、9・11の悲劇だけでなく、生きることの厳しさに直面しているすべての人々に向けられている。

最近、心の中で、
イッツ・オーライ、イッツ・オーライ、イッツ・オーライ、ヤーアー
とつぶやいている自分に気づき、はっとすることがある。


2.イントゥ・ザ・ファイヤー INTO THE FIRE

ワールド・トレード・センターにハイジャックされた旅客機が相次いで突き刺さった後、消防士たちは、火を消すために、そして建物の中にトラップされた人々を救出するために、重装備を背負い、高さが415メートルと417メートルあるツインタワーの階段を昇っていった。

しかし、世界中の人々がテレビを通してリアルタイムで目撃したように、ふたつのタワーは濛々たる粉塵を上げ、崩れ落ちていった。

仕事とはいえ、人々を救済するためにインフェルノに突入し、命を失った消防士たちは、英雄として見なされるようになった。彼らの死を悼むコンサート、AMERICA: A TRIBUTE TO HEROES (英雄たちへの追悼コンサート)も開かれた。

英雄的行為とは、多くの場合、大義のために自らを犠牲にすることと関係がある。そしてキリスト教を信じる人々にとっての最大の英雄的、自己犠牲的行為は、十字架上におけるイエスの死である。

この歌は消防士の妻の立場から歌われているが、各ヴァース以上に際立っているのは、冗長とも思われるコーラスの部分の繰り返しである。
あなたの力が私たちに力を与えてくれますように
あなたの信仰が私たちに信仰を与えてくれますように
あなたの希望が私たちに希望を与えてくれますように
あなたの愛が私たちに愛を与えてくれますように
このくり返しは、「ロンサム・デイ」の繰り返しがマントラであるとするならば、読経であり、祈りであり、グレゴリアン・チャントだ。これもまた、聞く者の無意識に働きかける。

この歌のナレーターは、「力」「信仰」「希望」「愛」を与えてほしいと祈る。そのうちの3つは、新約聖書の「コリント人への第一の手紙」13章13節の「いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である」からきている。

信仰と希望と愛、つまり信・望・愛こそが生きる「力」なのである。夫を失った妻を通して、ブルースは、生きる力を失うことがないように、と訴えかける。


3. ウエイティン・オン・ア・サニー・デイ WAITIN’ ON A SUNNY DAY

明るい軽快な音楽とは裏腹に、この歌の言葉も愛する者を失った人の喪失感と絶望に満ちている。また同時に、「心配しないで、私たちはなんとかやっていくから」と自分自身に言い聞かせる健気さも感じられる。
この憂鬱な気分を追い払うにはあなたが必要
あなたなしでは、ビートを保てないドラマー
人気のない通りに止まったアイスクリーム売りのヴァン
あなたに戻ってきてほしい
は、喪失感を実に見事に表現している。

この歌に限らず、『ザ・ライジング』を訳すにあたって苦労したことのひとつは、人称代名詞をどうするかということである。英語の場合は男も女も I と You ですむのに、日本語では、「私」「ぼく」「俺」「あなた」「おまえ」「君」と使い分けなければならない。そこがやっかいである。今度のアルバムでは、夫や恋人を失った女性からの立場の歌が多く、「私」と「あなた」を多用した。しかし、この歌の場合は、セカンドヴァースとサードヴァースに「girl」という呼びかけがある。「ぼく」と「おまえ」のほうがよかったかもしれない。


4.ナッシング・マン NOTHING MAN

ナイトテーブルの上に置かれている the pearl and silver をどのように解釈するかで、この歌はかなり違った受け取り方ができる。前後の関係から、「真珠の埋め込まれたグリップとシルヴァーの銃身」と訳したが、真珠と銀の鎖、あるいは銀の台座に埋め込まれた真珠の可能性もあると思っていた。

訳を送ったあと、NYタイムズのスプリングスティーンに関する記事が出て、そこに"the pearl and silver" gun(「真珠とシルヴァー」の銃)と書かれていて、同じ解釈がなされていることを知った。つまりこのナッシング・マン(すべてを失った男)は、自殺を考えている。

彼は消防士で、仲間の多くは悲劇的な死を迎えた。彼もその現場にいた。しかし、運命によって生き残った。彼は新聞で英雄に祭り上げられたが、そのことに何の意味も見出せない。彼の人生はあの瞬間から永遠に変えられてしまった。
このあたりでは、誰もが以前と同じように生きている
何も変わらなかったように生きている
金曜の夜は、アルズ・バーベキューでクラブミーティング
空は以前と変わらず信じがたいほど青い
人々はしばらくすると、当然のことながら、少なくとも表面的には何事もなかったように日常生活を生き始める。そして、空は以前と変わらず、「信じがたいほど青い」。彼は、変わってしまった自分の人生と、変わらない周囲の状況のギャップに圧倒される。

そして彼は、ナイトテーブルの上の銃のことが頭から離れない。


5.カウンティン・オン・ア・ミラクルCOUNTIN’ ON A MIRACLE

前述のタイム誌の記者のインタビューに応えて、ブルースは言う

喪失感というのは、それが無くなってから感じる愛おしい感情なんだ。その人の肉体的存在−皮膚や髪、そしてその匂いや、それが喚起する感情。彼らの身体を懐かしく思う感じ。親父が死んだとき、子供たちは親父に、彼の身体に触りたがった。そして子供たちは、親父の身体に触ることによって、何かを得たんだ。でもこの歌の中の人たちは、そうすることができない。

この歌のコーラスの部分で繰り返される「あなたのキス、あなたのキス、あなたのタッチ、あなたのタッチ」は、まさに愛する者の肉体的存在に対する愛おしい感情。しかし一瞬のうちに失われてしまった命。その肉体が戻ってくることはない。それでも、まだ奇跡を当てにしている。

しかしこの歌のナレーターは、最後には、
おとぎ話のような結末はない
神の手の中で、私たちの運命は完結している
という境地にたどり着く。おそらく、「真珠とシルヴァー」に手をのばさずに、生き延びるためには、それを運命と受け取り、その地点から前向きに生きるより方法はないのかもしれない。


6.エンプティ・スカイ EMPTY SKY

空を遮って聳えるふたつのビルが一瞬に崩壊した。街角の小さな建物が取り壊されただけでも、町並みは変わって見えるのだから、ニューヨークやその近郊に住む人たちにとって、その事件の翌日見上げたとき、そこにあるべき景色がなく、空しかなかったという経験は衝撃的だっただろう。前日の悪夢が、現実であったことを知らされた瞬間。

この歌のファーストヴァースは、
今朝目覚めたとき
ほとんど息ができなかった
あなたがいるべきベッドには
あなたの寝ていた跡だけ
と、極めて日常的なシーンから始まる。最後の2行は、愛する者を失った人の喪失感、絶望感を表現するのに極めて効果的である。

この歌には前後の脈絡に関係なく突然次の4行が挿入される。
ヨルダンの平原で
木から弓を作った
悪の木から
善の木から
最初にこの部分を読んだとき、一体何だろうと思ったが、今はこの4行がこの歌を理解する鍵であるように思われる。ひょっとしたら、この歌ばかりでなく、このアルバムを理解する上で重要な4行であるように思われる。

ヨルダンの平原とはエデンの園を指している。エデンとはヘブライ語では「喜び」、古代シュメール語では「平原」を意味するという。

旧約聖書の「創世記」によれば、エデンの園の中央には「命の木」と「善悪を知る木」が生えていて、神はアダムに命じて言う。

  あなたはどの木からでも心のままに取って食べてもよろしい。しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。それを取って食べると、きっと死ぬであろう。

やがて神はアダムの肋骨からイヴを創る。そして蛇にそそのかされてイヴが禁じられた木の実を食べ、やがてアダムも食べた。

すると彼らは善悪を知る身になり、裸でいることが恥ずかしくなり、イチジクの葉で前をおおった。そのことは人間が自意識を獲得したことを示している。自意識とは自と他を比較し区別する意識。そこから人間は道具や言語を獲得していく。道具の中には武器が、言語の中には羨望、嫉妬、非難、中傷の言葉が含まれていた。

対訳では「木から弓を作った」となっているが、もとの英語は I cut the bow from the wood となっている。つまり、弓を作ったのは「私」なのである。この「私」は時空を超えて、今の時代を生きているわれわれ一人ひとりと直結している。

「善悪を知る木」から作られた弓は、現代のミサイルに直結している。『2001年宇宙の旅』で猿人が空中に投げ上げた骨が宇宙船に直結していたように。

エデンの園に生えていた一本の木から作られた弓から射られた矢が、時空を超えて、ハイジャックされて旅客機となって、ツインタワーに突き刺さったのである。


7.ワールズ・アパート WORLDS APART

「エンプティ・スカイ」の中の異質な4行の最後の2行、「悪の木から/ 善の木から」は示唆に富んでいる。もともとこの木はエデンの園に生えている一本の木である。「善悪を知る木」である。同じ木から作られた弓でも、自分たちの弓は「善の木」から作られ、敵の弓は「悪の木」から作られていると人は考える。そこから大きな問題が生じる。

アダムとイヴの時代からどのくらいの時間が流れただろうか。自分たちの真理だけが真理だと考えることによって、ヨルダン川流域では今でも殺し合いが絶えない。「ふたつの違う世界の間」に橋をかけるためには、つまり異質なものとの共存を可能にするのは、相手の立場にたって考えることができるかどうかだ。スプリングスティーンは歌う、
そんな真理は投げ捨て、キスの中に別の真理を見出そう
あなたの肌をぼくの肌に重ね、ふたりの鼓動を合わせて
生きている者たちがぼくたちを迎え入れてくれるように
死んだ者たちがぼくたちを引き裂いてしまう前に

愛に、与えるものを与えさせよう
共に、愛に、与えるものを与えさせよう
この場合の愛とは、「イントゥ・ザ・ファイヤー」のコーラスで歌われている信・望・愛の愛である。自らを犠牲にして相手の立場に立つことができるかどうかだ。そんなことは理想論で、現実にはありえないという声が聞こえてくる。確かに難しい。しかし、あの無意味な報復のサイクルをどこかで止めなければ、「悪の木」の「弓」から射られた矢は、これからも空を飛び、ヨルダン川流域の殺し合いは永遠に終わることがないだろう。そしてそれはヨルダン川流域だけの問題ではない。


8.レッツ・ビー・フレンズ LET’S BE FRIENDS (SKIN TO SKIN)

この歌が、「ワールズ・アパート」の直後にくることは当然のことのように思われる。「ワールズ」で提起された問題に対する答えのひとつがここにある。
君とぼくが違っていることは知っている
歩き方も考え方も
でも過去を歴史に追いやるときだ
少なくとも話し合ってみよう

この機会が次にいつくるかわからない
好機はすぐに終ってしまうものだから
人類の始まりと共に常にあった民族と民族、国と国の間の相克。人類の歴史は対立と殺し合いの歴史であったといってもいい。でも過去にとらわれていたら、人類の未来に希望を持つことは難しい。もうすでに手遅れかもしれない。しかし、この「好機」を生かさなければならない、とスプリングスティーンは歌う。矢を射られたので射返すという悪循環を、どこかで断ち切らねばならない、と歌う。


9.ファーザー・アップ・ザ・ロード FURTHER ON UP THE ROAD

このアルバムには、9・11以前に書かれた歌が2曲含まれている。その1曲がこの歌で、もう1曲は「マイ・シティ・オブ・ルーインズ」。

この歌は比喩的表現に満ち、解釈が難しい。「死に装束」「骸骨の指輪」「墓場用の長靴」などのイメジャリーと、
知っている、ある朝、太陽が輝き、蘇えると
はるか道を行ったその場所でおまえに会おう
というところから、死と再生がその中心的なテーマであることは分かる。その意味で、この歌は9・11との関連は十分にある。しかし「はるか道を行ったその場所」が「約束の地」なのか、そこで会う「おまえ」が誰なのか、ぼくの想像を超えている。


10.ザ・ヒューズ THE FUSE
裁判所では半旗がひるがえり
黒い車の長い列が町を蛇行している
という最初の2行から「死」を、
赤いシーツが物干し綱にはためいている
この指輪をあげる、結婚してくれないか
という次の2行から「生」及び「性」を、感じることができる。また「黒い車」と「赤いシーツ」から鮮烈に黒と赤が対比される。

その黒と赤の対比は次のヴァースでも登場する。「赤く燃える木々」と教会の前の「長い黒い列」。それに、「血の色をした月」と「黒い粉塵の空」。

このヴァースでも「聖十字教会の前には長い黒い列」と再び「死」のイメージを喚起し、「ねえ、ベイビー、君は誰を信頼している」つまり、「ぼくを信頼して、身を任せて」ということによって、生と性を感じさせる。

サードヴァースでは黒のイメージはさらにふくらみ、「悪魔が地平線をたむろしている」。不吉な雰囲気が充満している。しかしここにも、「あなたのキスでぼくは蘇える」という1行があり、生と性を感じることができる。

さらに最後のヴァースになると、生と性がドミナントになる。
静かな午後、誰もいない家
ベッドの端で、あなたはブラウスをすべり落とす
しかし、「舌に残ったほろ苦いあと味」によって、死、あるいは黒のイメージが残っている。いや残っているというよりは、
ヒューズが燃えている
灯りを消して
ヒューズが燃えている
さあ、君のいるべきところはぼくの腕の中
と何度か繰り返されるコーラスによって、赤く燃えるヒューズはすっぽりと黒のイメージにおおわれている。不吉な予感がする。ヒューズは導火線と訳すべきであったか。


11.メアリーズ・プレイス MARY’S PLACE

この歌も喪失の感情に満ちている。歌詞だけみればかなりヘヴィーだが、音楽は、とても軽快である。特に、
メアリーの家で会おう、パーティがある
メアリーの家で会おう、パーティがある
の部分では。

ファーストヴァースの「仏陀」「預言者」「天使」という言葉は、現世的なものとの対比として置かれているような気がする。

そしてその現世的なものの代表がパーティで、この歌のナレーターは、メアリーの家のパーティへ出かけていく。そこには見慣れた顔、聞きなれた音楽が流れている。人々の談笑する声が聞こえてくる。そして彼女は、群集の中に我を忘れたいと願うが、「あなた」のことが忘れられない。
ロケットにはあなたの写真
心臓の近くにいつもつけている
この歌のなかでぼくが一番好きなフレーズは、次の4行である。
7日間、7本のロウソク
あなたが戻ってこられるように窓際で燃えている
ターンテーブルにはあなたの好きなレコード
私は針を落とし、祈る
1週間、窓辺に毎日ロウソクを立て、「あなた」が好きだったレコードを聞いている。そのレコードは、おそらくスプリングスティーンのレコードだろう。CDプレーヤーではなく、ターンテーブルであるところがナレーターの年齢とこだわりを示している。

タイム誌によれば、9・11の事件後、スプリングスティーンは、ニューヨークタイムズに掲載される死亡記事を読んで、いくつもの告別式で、「サンダーロード」や「ボーン・イン・ザ・USA」が流されたということを知った。また、彼のコンサート・チケットの半券を束ねて、寝室に大事にしまっておいた犠牲者もいたということを知った。彼は、何人かの遺族に電話をかけ、犠牲者についてもう少し詳しく話してもらえないかと頼んだという。その取材の結果がいくつかの作品に反映されている。おそらく「メアリーズ・プレイス」もそのひとつに違いない。


12.ユアー・ミッシング YOU’RE MISSING

この歌は最初に訳したときから気に入った。しばらくしてCDを聞いたときも、メロディも歌い方もとてもいいと思った。

この歌は、今まで通りに存在するものを羅列することによって、存在しなくなった「あなた」を際立たせる。「エンプティ・スカイ」の空のように、昨日までそこにあったものが、突然存在しなくなる。
クローゼットにはシャツ、廊下には靴
ママはキッチン、赤ちゃんも、他のみんなも
みんなそろっている
みんなそろっている
いないのはあなただけ
さらに、カウンターのコーヒーカップ、椅子の背もたれにかけられた上着、戸口に配達された新聞、ナイトスタンドの上の写真、居間に置かれたテレビ等が羅列される。そして最後に、それらのものをすべて納めている家が擬人的に言及される。
あなたの家は待っている、あなたが入ってくるのを
あなたの家は待っている、あなたが入ってくるのを
英語特有の無生物主語によって、「あなた」の不在とナレーターの悲しみが、際立たされているように思われる。


13.ザ・ライジング THE RISING

このアルバムタイトル曲「ザ・ライジング」は、「イントゥ・ザ・ファイヤー」に呼応している。前者は、旅客機が突き刺さり火災が起きたツインタワーを上っていく消防士の立場から、後者は、その消防士を送り出した妻の立場から書かれている。

妻が、「愛と義務があなたをより高いところへ呼び寄せた」と言えば、夫は、「職業の十字架を背負って」、

さあ上ろう
君の手をぼくの手に
さあ上ろう
さあ上ろう、今夜

と仲間に呼びかける。

この歌の中で印象深い表現は次の2行である。

命の夢、生きていたいと切に願う
釣り針の先で踊る鯰のように

最後の瞬間、家族の姿が彼の脳裏をよぎる。そして「切に生きたいと願う」のである。釣り針のかかった必死に身悶える鯰のように。その絶望感が伝わってくる。

最後のコーラスに続くライ、ライ、ライは、ブルースがナレーターに成り代わって、聴衆に向かって叫んでいるように聞こえる。悲しみを乗り越えて、「さあみんなで上ろう、立ち上がろう」と。そしてその呼びかけは、アルバム最後の曲「マイ・シティ・オブ・ルーインズ」で繰り返して歌われる「さあ、立ち上がれ!」というコーラスとも呼応している。


14.パラダイス PARADISE

この歌はこのアルバムの中で一番好きな歌だ。何が好きといって、まず、テロの犠牲者やその家族ではなく、テロリストであると思われる人物の側から語られているところ。それに言葉の簡潔さ。

ぼくの好きなブルースの歌に『ダークネス・オン・ジ・エッジ・オブ・タウン』の「ファクトリー」がある。『ダークネス』はぼくが最初に訳したブルースのアルバムで、今でもとても印象深いアルバムであるが、中でもなぜか「ファクトリー」が好きだ。饒舌でほとばしるように歌う歌の多い中、この歌は、言葉は簡潔で、淡々と静かに語りかけるように歌っている。そういえば、同じような意味で、「マンション・オン・ザ・ヒル」も好きだ。

「パラダイス」についても、少々謎めいた表現はあるものの、言葉の簡潔さに関して同じことが言える。メロディもいい。高く上がるところを消え入るようなフォルセットで歌うところも好きだ。

アメリカのブルースのオフィシャルサイトに Discussions というコーナーがある。『ザ・ライジング』の中で一番好きな歌は何か、という問いかけに対して、かなりの人が「パラダイス」を上げていた。それほど多くはないだろうと思っていたので驚いた。

この歌を最初に訳したとき、「ナッシング・マン」のpearl and silver と同様、plastics and wire の訳に悩んだ。おそらくプラスティック爆弾の材料だとは思ったが、とりあえず「プラスティックと電線」と直訳しておいた。そして、ライナーで、「手製のプラスティック爆弾を群集の中で爆発させようとしている男」と、具体的に書いておいた。しかし、このように書いたものの、実は、心の中では、こう言い切ってしまっていいものかという不安があった。

その後、「ナッシング・マン」でも触れたNYタイムズの記事によれば、plastics and wire に関しては、ファーストヴァースは、suicide bombers (自爆テロリストたち)の立場から書かれていると書いていて、plastics and wire がプラスティック爆弾を製造するための材料であるというぼくの解釈が間違っていないことを示していた。

しかし、その記事は、セカンドヴァースは、テロリストの攻撃により命を失った男の妻の立場から、最後のヴァースは、愛する者を失った苦悩の中で入水自殺を図ったが、最終的には「死」ではなく「生」を選んだ男の立場から書かれている、と述べていて、ひとつの歌に3人の別の人物が登場し、主人公が男性であったり女性であったりすることになる。

またその後届いたタイム誌の記事でも、ファーストヴァースは自爆テロリストの「観点から始まる」と書かれていて、NYタイムズの記者と同じ解釈をしている。セカンドヴァースについては、「ペンタゴンへの攻撃で夫を失った女性」にスプリングスティーンが直接電話をして聞いた話にもとづいていると、NYタイムズよりもさらに具体的に書いている。この記事では、最後の入水自殺を図る人もこの女性であるとほのめかされているようだ。

どこだったのか定かではないが、ファーストヴァースの自爆テロリストは、パレスティナ人の女性だとブルースが語った、という記事を読んだ記憶もある。

ぼくが最初に歌詞をもらった段階では、まだこれらの記事は入手できなかった。おそらく、英語のネイティブスピーカーであっても、この歌詞を読んで、そこに2人ないし3人の異なる人物およびその性別を読み取ることは難しいのではないかと思う。

しかし確実に読み取ることができること、それは、テロリストであれ、愛する人を失くした女性であれ、誰もがパラダイスを、約束の地を、求めているということ。そして、ブルースが、それは、死の向こう側にあるのではなく、こちら側にあると伝えたいと願っていること。最後の2行はそのことを示している。
ぼくは水の上に躍り出る
太陽の光が顔を照らすのを感じる


15.マイ・シティ・オブ・ルーインズ MY CITY OF RUINS

この歌が9・11前に書かれたものであることはよく知られている。しかし、事件後に書かれた歌だといわれても何の違和感もない。事件後、消防士たちに捧げられた追悼コンサートの冒頭でブルースがこの歌を歌った直後、対訳を依頼された。そのときはセカンドヴァースの最初の2行が、
慈悲のベールが
夜の木々の間を漂う
となっていた。廃墟と化した街並みを覆い隠す霧のイメージである。『ザ・ライジング』では、「ベール」が「鐘の音」に変えられ、
慈悲の鐘の音が
夜の木々の間をぬって聞こえてくる
になっている。死者を弔う葬送の鐘の音のイメージは、この場合、よりふさわしいものであるように思われる。

そしてその鐘の音は、最後の祈りの言葉、コーラスと混じりあう。
ぼくたちは祈る、主よ、あなたの愛を与えたまえ
ぼくたちは祈る、主よ、失われた者たちのために
ぼくたちは祈る、主よ、この世界のために
ぼくたいは祈る、主よ、力を与えたまえ
ぼくたちは祈る、主よ、力を与えたまえ

さあ
さあ
さあ、立ち上がれ!
さあ、立ち上がれ!
さあ、立ち上がれ!
さあ、立ち上がれ!
さあ、立ち上がれ!
さあ、立ち上がれ!
ブルースが『ザ・ライジング』によって伝えようとしていることが、この祈りと、マントラに集約されている。

彼がブッシュのアフガニスタンへの報復攻撃を評価していると耳にしたことがある。その真相はわからない。しかし、少なくともこのアルバムを聞く限り、彼はまさにその正反対の立場にある。

カート・ロウダーは、ローリングストーン誌のエッセイで次のように述べている。

『ボーン・イン・ザ・USA』と同様に、このアルバムのタイトルも誤解される場合があるかもしれない。特に報復を強く願う人たちには。しかしスプリングスティーン自身は報復するということにまったく関心を示さなかった。彼の関心は、アメリカ国民が報復に立ち上がることではなく、増え続ける死者と遥か昔から続いている憎しみを超えて、立ち上がること、つまり超越することであった。



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