LONDON “VISION OF DYLAN” 展覧会レポート
Visions Of Dylan 展ロンドンのギャラリー、ザ・ホスピタルで華やかにオープン





 ディラン究極のベスト・アルバム『ディラ ン・ザ・ベスト』のリリースを記念して、ロンドンのギャラリー、ザ・ホスピタルでVisions Of Dylan という写真展が開催され話題を呼んだ。これはディラン、または彼の曲にインスピレーションを受けた、様々なミュージシャンやアーチスト、デザイナーなどによる写真作品を、一堂に集めた刺激的な内容だ。
 ブライアン・アダムス、ケイト・ナッシュなどのミュージシャンをはじめ、YBA (Young British Artists)という総称で90年半ばに注目を集めて以来世界的に活躍している現代アーチスト、トレイシー・エミン、サム・テイラー・ウッド、ガヴィン・ターク、スー・ウエブスターや、若手スーパー・モデルのリリー・コール、元俳優ジュード・ロウの妻でソーシャライトとして知られるサーディ・フロスト、またレッド・ツエッペリンのギタリストのジミー・ペイジの娘でフォトグラファーのスカーレット・ページ、ポール・マッカートニーの娘でこれまたフォトグラファーのメリー・マッカートニーなどの作品が一堂に介した。
 そしてこれらの英国有名人と肩を並べ作品を出展したのが、福山雅治。最近は俳優業に多忙な彼だが、貴重な時間を割いてまで出品したのは、そもそもシンガー・ソングライターである彼に、ディランへの熱い思い入れがあったからだろう。彼の作品はメリー・マッカートニー(フォトグラファー)とスー・ウエブスター(アーチスト)の間に位置していた。タイトルは「On and On」。ディランの「風に吹かれて」と「タイムス・アー・チェンジング」にインスピレーションを得た作品だそうで、幾対ものスカートをはいた足が忙しく行きかう様子をスロウ・シャッターで捉えたもの。街の中、人ごみの中に、時の流れ、時代感を感じる一瞬を白黒写真に収めたものだ。福山のフォト・アーチストとしてのコンセプトと鋭い感覚が反映されたアーティスティックな作品と言えるだろう。
  右手おとなりのメリー・マッカートニーの作品のタイトルは「Summer Days」。カップルが湖畔に立つ、雰囲気あふれるプライベイトな作品。また左手おとなりのスー・ウエブスターの作品は彼女のボブ・ディラン体験を2点に収めたもので、左手には父親と彼女のポートレート、そこに84年ウエンブリーにおけるボブ・ディランとサンタナの共演コンサート(凄い!)のチケットが貼り付けてある。彼女の父親はディラン狂で、父に連れられていったディラン・ライブ体験が記されている。もう1点は2年前ブリックストン・アカデミーのディランのコンサートを兄弟で見に行ったときのスナップ。個人的なディラン体験を素直に作品化して非常に興味深い。彼女は主に様々な媒体を使った息を飲むような彫刻やインスタレーションで有名なアーチストで、この作品はかなり彼女としては異例で特別な作品、親密感がいい。

この展覧会を企画したのはキュレイターのスザン・ビセットさん。
 「これまでファションやアートの世界でキュレーションの仕事をしてきて知り合いも多いので、いろいろな人に電話して出展してくれるアーチストを探しました。とにかく大ファンであることが第一条件。そうでなかったら作品にあまり意味がなくなりますからね」
  ということは、この人たち全部がディランの大ファン!!たしかにどの作品も発想や手法、表現が大きく異なり、自らの体験や思い入れから出た作品であることが明らかだ。
  例えばブライアン・アダムス。カナダ人だがかなり前から彼はイギリス在住で、実は最近はフォトグラファーとして本格的にロンドンで活躍している。彼の作品は「When ya aint got nathin」。都会の駐車場のレンガの壁にスプレイされた”When ya aint got nathin, you got nathin ta lose”という落書きをそのまま撮ったものだ。1台だけ写った車と街の情景から多分これはイギリスではないと思うが、きっと彼がある日どこかでこの落書きに出会い感激してカメラに収めたのではないかと思いたい。(まさか自分でスプレイして撮ったわけではないだろう)
 キュレイターのスザンさんが今回の展覧会を企画するにあたり最初に名前が浮かんだのはジミー・ペイジの娘スカーレット・ペイジだったそうだ。
 「彼女は素晴らしいフォトグラファーだし、勿論ディランの大ファン。彼女の作品はディランの曲にインスパイアーされた、とても深い意味のこもった作品だと思う。14歳のとき、自分を励ますためにディランの曲を大声で歌っていたそうよ。彼の曲は彼女の生き方に大きな影響を与えたというわ。そんな彼女は成長してアーチストになったの」
  スカーレットは今回3点を出品している。1点は「How does it feel?」方位磁石を手に握り締めた大作、もう1点は「Hard rain’a-gonna fall」窓ガラスについた水滴のイメージ、そして3点目「Dylan vision」はディラン風の人物がギターを弾いているポートレートで、どれも白黒のコンセプト作品だ。普段はバンドの写真などを主に撮っている彼女のパーソナルな世界を創造的に表現した3点と言える。
今回の全作品を結びつける共通点があるとすれば、全員が若いときにディランに影響を受けた点だ。それほど彼の音楽は人格形成期の若者の心に反響する重みを持っているからだろう。そして何代にも渡り、親子で体験していく音楽、とも言える。
この点で興味深いのは、バンド・エイドの提唱者としてボノと伴に有名になった、そもそもはブームタウン・ラッツとうアイルランドのパンク・バンドのヴォーカリストをやっていたボブ・ゲルドフの娘、ピーチス・ゲルドフが今回出展していることだ。きっと父親の影響でディランを聞いたのでは。彼女の作品も3部作だが寝室で、裸でギターを弾いているセルフ・ポートレート。スキャンダラスな香りをちょっぴり秘めたところが彼女らしい。
確か18歳の彼女はDJやテレビの仕事をしているが、最近はかなりパパラッチされており、ケリー・オズボーンと肩を並べる2 代目セレブの一人だ。




  アルバムの発売日でもある、10月1日の展覧会のオープニングには、多くの人がつめかけ盛り上がりをみせた。アートや音楽業界の関係者に混じり、勿論出品したアーチストも多く顔を出した。サーディー・フロストはジャケット・パネルにサインをし、パパラッチにポーズ。ピーチス・ゲルドフも沢山のカメラのフラッシュを浴びていたが、取材には応えたくなさそうな様子。友達とたむろしおしゃべりに花をさかせていた。
 ターナー賞の候補にもなったガヴィン・ターク。展覧会のオープニングには自分の彫刻作品とそっくりな格好で人々を驚かせた過去を持つ彼も姿を見せ、作品の前でカメラマンにポーズした。彼が今回出品した作品は「Bob revisited」。多分自分自身の顔からとったと思われるプラスチック素材の胸像に、かつらとサングラスをかけさせ、それをカラー写真に収めたもの。自分がシド・ヴィシャスや街のホームレスなどに化した実物大の彫刻で有名になった彼だけに、そこに名作がひとつ加わったと言える。今回の展覧会では一番ディラン・フレイヴァーが強烈な作品だったと思う。
 この隣に飾られていたのは80年代話題をさらったKLFというバンドのメンバーであるビル・ドラモンドの作品。彼はヒットの収益金の一部を現金でばら撒いたり、ゲリラ的な行動で世を騒がせた男だ。ミュージシャンというよりアジテイターという言葉が似合う。彼の作品はロンドンの街の一角を車の窓から収めた何気ないカラー写真。「the open window」。そこに機材の説明書みたいに細かい文字で印刷された説明書がつく。いかにも彼らしいくマニアックだが、頭痛がしそう(笑い)。オープングには娘さんらしいお子さんを連れ登場した。
 またエイミー・ワインハウスを手がけ有名になった若手レコード・プロデューサー、マーク・ロンソンもオープニングに顔を出していた。彼の作品「Masters of War」はカメラマンのガールフレンドとの共作で、ハワイを旅行したときに出会った昔懐かしいセーラー服をきたエクアドール人のセーラーのポラロイド写真と、その写真を後々家で見つけたときにディランの曲が流れていた、というエピソードに基づいている。プロデューサーらしくジューク・ボックスの登場する作品となった。
 本展にはYBA の大物女性アーチスト、トレーシー・エミンとサム・テイラー・ウッドが出品しており、現代アートの観点から見ると小さいながらも大物(ガヴィン・ガークやマーク・クインなどを含め)が顔を並べるグループ展となった。トレイシー・エミンは自伝的、告白的作品で話題をかもし出してきたアーチストでターナー賞に「マイ・ベッド」という散らかり汚れたベッドを作品として出品し賛否両論を巻き起こした。今回の彼女の作品「Desire」はセルフ・ポートレート。子供の頃からディランのファンだったとうが、波乱万丈な人生を作品として暴露し続けてきた彼女には何故かディランが似合う。
 サム・テイラー・ウッドは写真とヴィデオを非常に個性的な形で使ってきたアーチストで、音楽も彼女の作品の大きな要素になっている。本展には3 部作を出展。「Sonny Monday」「Road trip Goergia」「Blowin’ in the wind」は彼女が好んで使う孤独な景色や謎めいた、しかし日常的な情景を背景にしたポートレートからなっている。どれも彼女らしい雰囲気に溢れた現代美あふれる写真作品となっている。
 さてこの展覧会に出品された全作品は、後ほどオークションで売却される予定だ。収益全てが、ボブ・ディランの選んだチャリティーであるWar Childというチャリティーに寄付されることになっている。現代アーチストの顔ぶれだけ見ても、かなりの収益が上がることは明らかだ。それに加えミュージシャンやセレブなどの作品も話題性たっぷり。きっと白熱するオークションとなるだろう。
 展覧会の会場の一角には、これまでのアルバム・カヴァーに使用されたディランの写真のパネルが飾られていた。40 年にもわたり強烈なメッセージを、詩情をこめながら音楽へと注入し、何世代にもわたり人々の心に火をともし続けてきたボブ・ディラン。これからも若い世代が彼の音楽と出会い、インスパイアーされつづけることだろう。この展覧会はそんな感慨の沸く催しだと思う。また特別にオープンしたウエヴ・サイトでは一般の人の作品も見られるが、どれも独創的な力作ばかり。
ここからもディランというアーチストの影響力の凄さがうかがえる。
 さてこの話題の「Visions of Dylan」展は、勿論日本にもやってくる。これらの素晴らしい作品に直接触れてほしい。

(取材と文:高野裕子)