1941年5月24日:ミネソタ州ダルースにロバート・アレン・ジママン(ボブ・ディラン)生まれる。
1946年2月:ボブに弟デイヴィッドが誕生。
1946年春:ジママン一家がミネソタ州ヒビングに移住。
1946年9月:ヒビングのアリス小学校に入学。
1952年:この頃より絵や詩に興味を示しはじめ、ピアノも弾きはじめる。
1954年5月:バーミツバ(ユダヤ教の儀式)をとりおこなう。
1955年:ハイスクール時代のボブはロックンロールに熱狂し、ザ・ロック・ボッパーズ、エルストン・ガン・アンド・ザ・シャドウ・ブラスターズ、ザ・ゴールデン・コーズなど次々にバンドを結成する。
1958年:友人のジョン・バックレンと数曲をテープに録音する。現在確認されているディランのもっとも古いテープで、この音源の一部が1993年5月8日にBBC-TVのドキュメント番組で放送、また2005年のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』にも使われた。
1958年夏:コロラド州セントラルシティでジェシー・フラーと会う。この頃ガスリーの著書『バウンド・フォー・グローリー(ギターをとって弦をはれ)』を初めて読む。
1958年9月:ヒビングの自宅で数曲録音。
1958年12月:シカゴのコーヒーハウスで歌う。
1959年夏:ボビー・ヴィーのバンドでピアノを弾く。
1959年9月:ミネソタ(ミネアポリス)大学芸術学部に入学。
1960年春:大学を中退。この頃よりボブ・ディランを名乗りはじめセントポールのパープル・オニオン、テン・オクロック・スカラーといった店で定期的に歌いはじめる。
1960年12月:ヒッチハイクでニューヨークに向かう。
   
1月24日:ニューヨークのグリニッチヴィレッジについたディランはただちに「カフェホワッ?」に直行し数曲歌う。
1月29日:ニュージャージー州イーストオレンジのグレイストーン病院に入院中のウディ・ガスリーに会いに行く。
2月13日:グリニッチヴィレッジのガーディズ・フォークシティの『月曜日フーテナニー』で初めて歌う。
2月14日:「ウディに捧げる歌」をつくる。
2月:ニュージャージー州のボブ・グリースンの家で数曲録音。
4月5日:ローブ・ミュージック・センターで初の有料コンサート。観客の中に後に恋人となるスージー・ロトロがいた。
4月11日〜25日:ガーディズ・フォークシティでジョン・リー・フッカーの前座をつとめる。
5月6日:コネティカット州ブランフォードで開かれたインディアンネック・フェスティヴァルで3曲歌う。
5月中旬:故郷ミネアポリスに戻ったディランはボニー・ビーチャーのアパートで25曲を録音。このテープはのちに『ミネアポリス・パーティ・テープ』としてファンの間に広く出回っている。
7月:グリニッチヴィレッジのギャスライトでアルバート・グロスマンと初めて会う。
7月29日:ニューヨークのリヴァーサイドチャーチで5曲歌う。この模様はWRVW-FMで放送された。また、この時ランブリン・ジャック・エリオットと歌った「Acne」が2000年に発売されたサウンドトラックCD『The Ballad Of Ramblin' Jack』に収録された。この日スージー・ロトロと初めて知り合う。
9月6日:ギャスライトで6曲をライヴ録音。
9月下旬:ガーディズ・フォークシティで2週間歌う。
9月29日:ニューヨーク・タイムズ紙で絶賛される。
9月30日:キャロリン・ヘスターのレコーディングでハーモニカを演奏。
10月26日:コロンビアレコーズと契約。
10月29日:オスカー・ブランドのラジオ番組『フォークソング・フェスティヴァル』に出演。
11月4日:ニューヨークのカーネギー・リサイタルホールで初コンサート(客席200 の会場に客は53人)。
11月20、22日:ニューヨークのコロンビアスタジオAでデビューアルバムを録音。
12月22日:故郷ミネアポリスに戻り、いくつかのパーティで歌う。このときもビーチャーのアパートで26曲を録音。このテープはのちに『ミネアポリス・ホテル・テープ』としてファンの間に広く出回っている。このテープのなかから「Hard Times In New York Town」がCD『ブートレッグ・シリーズ第1-3集』に、「I Was Young When I Left Home」がCD『ラヴ・アンド・セフト』のボーナスディスクに、「Wade In The Water」が日本限定CD『ボブ・ディラン・ライヴ!1961-2000〜39イヤーズ・オブ・グレート・コンサート・パフォーマンス』にそれぞれ収録されている。
   
1月:リーズ音楽出版社のためにデモテープを録音。
2月2日:ハリー・ベラフォンテのレコーディングでハーモニカを演奏。
2月:ブロードサイド誌創刊。
3月2日:ヴィクトリア・スピヴィ&ビッグ・ジョー・ウィリアムズのレコーディングでハーモニカを演奏。
3月11日:シンシア・グッディングのラジオ番組『フォーク・シンガーズ・チョイス』に出演し11曲歌う。このとき歌った「Roll On John」が2001年に発売されたCD『There Is No Eye:Music For Photograph』に収録されている。
3月19日:デビュー・アルバム『ボブ・ディラン』発売。
 
《ボブ・ディラン》
1.彼女はよくないよ
2.ニューヨークを語る
3.死にかけて
4.いつも悲しむ男
5.死をみつめて
6.プリティ・ペギー・オウ
7.ハイウェイ51
8.ゴフペル・プラウ
9.連れてってよ
10.朝日のあたる家
11.貨物列車のブルース
12.ウディに捧げる歌
13.僕の墓をきれいにして
1961年11月20、22日の2日間、ニューヨークでディランは15曲を録音した。そのうちの13曲がこのデビューアルバムに、残りの2曲は30年後に発売された《ブートレッグ・シリーズ第1〜3集》に収録された。このアルバムには、ディランの自作曲は〈ニューヨークを語る〉と〈ウッディに捧げる歌〉の2曲しか収録されていないので、ソングライターとしてのディランの魅力を知ることはできないかもしれないが、ブルースシンガーとしての魅力と充分に楽しむことができる。とくに、ディランのヴォーカル表現力の豊かさに、だれもが驚かされるはずだ。また、スライドギター、オープンチューニング、フィンガーピッキングなど、多彩 なギター奏法もこのアルバムで披露している。
4月16日:ガーディズ・フォークシティでつくったばかりの「風に吹かれて」など5曲歌う。
4月20日〜23日:ジェシー・フラーとミシガン州アンアーバーで歌う。
4月24、25日:アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のレコーディングをはじめる。
6月8日:恋人のスージー・ロトロがイタリアに旅立つ。
6月:M・ウイットマーク&サンズ音楽出版社と契約。
6月28日〜7月1日:カナダのモントリオールのポプリで歌う。
7月2日:モントリオールのフィンジャンクラブで11曲歌う。
7月9日:アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の2回目のレコーディング。
8月2日:正式にロバート・アレン・ジママンからロバート(ボブ)・ディランに改名
8月:故郷ミネアポリスに戻り、数曲を録音。
9月22日:「オールスター・フーテナニー」のメンバーとして初めてカーネギーホールで歌う。
10月5日:ニューヨークのタウンホールで開かれた「トラヴェリン・フーテナニー」でトリを務める。
10月:ギャスライトでライヴレコーディング。のちに『セカンド・ギャスライト・テープ』としてファンの間に広く出回っている。この音源の一部は2005年10月にスターバックス限定CD"Live At The Gaslight 1962 " として発売された。
10月26日:アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の3回目のレコーディングで初めてバンドといっしょに録音。
11月1日:アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の4回目のレコーディング。
11月14日:アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の5回目のレコーディング。
12月6日:アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の6回目のレコーディング。
12月14日:初シングル「ゴチャマゼの混乱」発売。
12月22日:初めてイギリスに行く。コーヒーハウスで歌ったり、BBCのドラマ『マッドハウス・オン・カースル・ストリート』に出演したりした。
 
1月5日:イギリスからの帰路、恋人スージーに会うためにローマに行くがすれ違いで会えなかった。
1月16日:ニューヨークに戻ってスージーと再会する。この頃アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のカバー写真がグリニッチヴィレッジで撮影された。
3月1日:ニューヨークのウェスティンハウスTV特番「フォーク・ソングス&モア・フォーク・ソングス」に出演し、3曲歌う。この時の演奏シーンは2005年のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』に収録されている。
4月:アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のプロモーション盤が配布されたが、収録曲「トーキン・ジョン・バーチ・パラノイド・ブルース」の歌詞に問題があるとの理由ですぐに回収される。
4月12日:ニューヨークのタウンホールでソロコンサート。
4月24日:アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の最後のレコーディング。
4月25日:イリノイ州シカゴのベアーズで歌う。
4月26日:シカゴでスタッド・ターケルのラジオ番組に出演。
5月12日:TV番組『エド・サリヴァン・ショウ』で「トーキン・ジョン・バーチ・パラノイド・ブルース」歌う予定だったが、テレビ局に拒否されたために出演をとりやめる。
5月18日:カリフォルニア州で開かれたモンタレー・フォークフェスティヴァルで初めてジョーン・バエズと歌う。
5月27日:アルバム『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』発売。
 
《フリーホイーリン・ボブ・ディラン》
1.風に吹かれて
2.北国の少女
3.戦争の親玉
4.ダウン・ザ・ハイウェイ
5.ボブ・ディランのブルース
6.はげしい雨が降る
7.くよくよするなよ
8.ボブ・ディランの夢
9.オックスフォード・タウン
10.第3次世界大戦を語るブルース
11.コリーナ・コリーナ
12.ワン・モア・チャンス
13.アイ・シャル・ビー・フリー
フォークシンガー時代のディランの代表作5曲(1、2、3、6、7)がこの2枚目のアルバムに収録されていることからもわかるように、必聴盤の1枚だ。公民権運動、ベトナム戦争など、大きく揺れ動いていたアメリカ社会に生きる若者たちの心情をそのまま歌に表現したことで、ディランは世界じゅうに知られるようになっていった。たわいない単なる娯楽にすぎなかった歌が、しだいに若者文化に変わっていく出発点となったアルバムともいえる。このアルバムは、ブルースシンガーから自分の確固たる主張を歌うフォークシンガーに成長する過程のディランをみごとにとらえている。わずか1年で急激な変化をなしとげたディランの創造力に富んだエネルギーには脱帽するしかない。この創造性こそ芸術家の根幹であり、ディランの最大の魅力だ。しかも、40年近くたった現在も、ディランの創造性は衰えない。近々、ボーナストラックを追加したリマスター版CDが発売される予定だ。
7月6日:ミシシッピ州グリーンウッドに行き、シラス・マギーの農場で開かれた公民権運動選挙人登録集会で「しがない歩兵」を歌う。この模様は映画『ドント・ルック・バック』に収録されている。2005年のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』にも使われた。
7月26日〜28 日:ロードアイランド州で開かれたニューポート・フォークフェスティヴァルに初めて出演。この時の演奏シーンの一部は2005年のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』に収録されている。
8月3日:ニュージャージー州カムデンのジョーン・バエズのコンサートにゲストとして出演。
8月6、7、12日:アルバム『時代は変る』のレコーディング。
8月10日:ニュージャージー州アズベリーパークのジョーン・バエズのコンサートにゲストとして出演。
8月13日:コネチカット州のジョーン・バエズのコンサートにゲストとして出演。
8月16日:マサチューセッツ州のジョーン・バエズのコンサートにゲストとして出演。
8月17日:ニューヨークのフォレストヒルズのジョーン・バエズのコンサートにゲストとして出演。
8月28日:ワシントン大行進で歌う。この時の演奏シーンの一部は2005年のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』に収録されている。
10月23日〜24日:アルバム『時代は変る』のレコーディング。
10月25日:ペンシルヴァニア州フィラデルフィアのタウンホールでソロコンサート。
10月26日:ニューヨークのカーネギーホールでソロコンサート。このコンサートはライヴアルバム製作のために録音されたが、発売寸前に中止された。この音源の一部が2005年にプロモーションCD"Bob Dylan Live At Carnegie Hall 1963 " として配布された。
10月31日:アルバム『時代は変る』のレコーディング。
11月2日:マサチューセッツ州ボストンのジョーダン・ホールでソロコンサート。
11月3日:ニューヨーク州シラキューズのリージェント・シアターでソロコンサート。
11月:ニュージャージー州プリンストンでソロコンサート。
11月30日:ニュージャージー州ニューワークでソロコンサート。
12月13日:トム・ペイン賞受賞。受賞スピーチが物議を呼ぶ。
12月14日:ワシントンDCでソロコンサート。
12月27日:シカゴのオーケストラホールでソロコンサート。
 
1月13日:アルバム『時代は変る』発売。
 
《時代は変る》
1.時代は変る
2.ホリス・ブラウンのバラッド
3.神が見方
4.いつもの朝に
5.ノース・カントリー・ブルース
6.しがない歩兵
7.スペイン革のブーツ
8.船が入ってくるとき
9.ハッティ・キャロルの寂しい死
10.哀しい別れ
1963年8月と10月の2回のレコーディングセッションで、ディランは20数曲を録音した。そのなかからプロテストソングを中心とする10曲をアルバムに収録した。つまり、このアルバムはプロテスト・フォークシンガーとしてのディラン像を確立したものといえる。〈風に吹かれて〉と並ぶ初期ディランの代表曲〈時代は変る〉をはじめ、〈神が味方〉〈いつもの朝に〉〈スペイン革のブーツ〉〈ハッティ・キャロルの寂しい死〉などは、いまでもコンサートでよく歌われる。なお、アルバム未収録となった残りの曲の多くは、のちに《ハイオグラフ》と《ブートレッグ・シリーズ第1〜3集》に収録された。プロテスト・フォークのプリンスとまで呼ばれるようになったディランだったが、このアルバムを最後に、ディラン自身はファンの思いとは別 にしだいに違った方向を目指すようになっていった。
1月:オハイオ州ゼインズヴィルでソロコンサート。
2月1日:カナダ放送協会のTV番組「クエスト」に出演。この時の演奏シーンは2005年のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』に収録されている。
2月3日〜22日:3人の友人と車でアメリカ横断。この頃から恋人スージーとの仲が険悪になる。途中、オハイオ州シンシナチ、ジョージア州アトランタ(7日)、ミシシッピ州ジャクソン(12日)、コロラド州デンヴァー(15日)で歌う。
2月22日:カリフォルニア州バークレーでソロコンサート。
2月27日:カリフォルニア州サンディエゴでソロコンサート。
2月29日:カリフォルニア州サンタモニカでソロコンサート。
3月7日:マサチューセッツ州メッドフォードでソロコンサート。
4月:アメリカ東部数カ所でソロコンサート。
5月9日:イギリスに到着。いくつかのテレビ出演やインタヴューをこなす。
5月17日:ロンドンのロイヤル・アルバートホールでソロコンサート。ロンドンの後、パリで1週間、さらにベルリン、アテネなどを巡って6月にアメリカに戻る。
6月9日:アルバム『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』を1日でレコーディング。
7月:ミシガン州アンアーバーでソロコンサート。
7月24日〜26 日:ロードアイランド州で開かれたニューポート・フォークフェスティヴァルに出演。この時の演奏シーンは2005年のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』に収録されている。
8月1日:ハワイ州ワイキキでソロコンサート。
8月8日:アルバム『アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン』発売。
 
《アナザー・サイド・オブ・ボブ・ディラン》
1.オール・アイ・リアリー・ウォント
2.黒いカラスのブルース
3.スパニッシュ・ハーレム・インシデント
4.自由の鐘
5.アイ・シャル・ビー・フリーNo.10
6.ラモーナに
7.悪夢のドライブ
8.マイ・バック・ペイジズ
9.アイ・ドント・ビリーヴ・ユウ
10.Dのバラッド
11.哀しきベイブ
1964年6月9日、ディランはわずか1日で15曲を録音した。そのなかの11曲がこの4枚目のアルバムとして発表された。アルバムタイトルが示すように、この11曲はサウンドこそアコースティックだが、詩の内容はプロテストフォークではなく、ラブソングが中心となっている。つまり、このアルバムはフォークシンガーからロックンローラーに移行していく時期のディランと考えるべきだろう。ややもすると見過ごされがちなアルバムだが、数多くの代表曲(1、4、6、8、11)が生まれた。
8月8日:ニューヨークのフォレストヒルズ・テニススタジアムで開かれたジョーン・バエズのコンサートで歌う。
8月28日:ニューヨークのデルモニコホテルで初めてビートルズと会う。
9月下旬:ペンシルヴァニア州フィラデルフィアのタウンホールでソロコンサート。
10月下旬:ミシガン州デトロイト、ミネソタ州ケニオンでソロコンサート。
10月24日:マサチューセッツ州ボストンでソロコンサート。
10月31日:ニューヨークのフィルハーモニックホールでソロコンサート。ゲストのジョーン・バエズを迎えたこのコンサートはライヴアルバム製作のために録音された。
11月:オハイオ州でソロコンサート。
11月3日:コネチカット州ニューヘイヴンでソロコンサート。
11月13日:カナダのトロントでソロコンサート。
11月25日:カリフォルニア州サンホセでソロコンサート。
11月27日:カリフォルニア州サンフランシスコでソロコンサート。
11月29日:カリフォルニア州サクラメントでソロコンサート。
12月1日:カリフォルニア州サンマテオでソロコンサート。
12月4日:カリフォルニア州サンディエゴでソロコンサート。
12月5日:カリフォルニア州ロングビーチでソロコンサート。
12月6日:カリフォルニア州パサディナでソロコンサート。
12月7日:カリフォルニア州サンタバーバラでソロコンサート。
 
1月13日〜15 日:ニューヨークでアルバム『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』をレコーディング。
2下旬:マサチューセッツ州ブリッジウォーターでジョーン・バエズと組んでコンサート。
3月5日:ペンシルヴァニア州フィラデルフィアでジョーン・バエズと組んでコンサート。
3月6日:コネチカット州ニューヘイヴンでジョーン・バエズと組んでコンサート。
3月:ニュージャージー州トレントンでジョーン・バエズと組んでコンサート。
3月:ニュージャージー州プリンストンでジョーン・バエズと組んでコンサート。
3月:ニュージャージー州ニューワークでジョーン・バエズと組んでコンサート。
3月:ニューヨーク州バッファローでジョーン・バエズと組んでコンサート。
3月22日:アルバム『ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム』発売。
 
《ブリンギング・イット・オール・バック・ホーム》
1.サブタレニアン・ホームシック・ブルース
2.シー・ビロングズ・トゥ・ミー
3.マギーズ・ファーム
4.ラヴ・マイナス・ゼロ
5.アウトロー・ブルース
6.オン・ザ・ロード・アゲイン
7.ボブ・ディランの115 番目の夢
8.ミスター・タンブリン・マン
9.エデンの門
10.イッツ・オールライト・マ
11.イッツ・オール・オーヴァー・ナウ・ベイビー・ブルー
 この5枚目は、フォークロックの誕生を告げる革命的アルバムであり、60年代ロックの出発点ともなった重要作品だ。1965年1月14、15日にディランはニューヨークのスタジオで、ミュージシャンをバックにロックサウンドを取り入れた録音(1〜7曲目まで、8曲目以降はアコースティック)をした。ただし、ハイスクール時代のディランはリトル・リチャードに憧れる少年だったので、ロックサウンドへの移行は自然だったのかもしれない。1は初めてトップ40に入るヒットシングルとなり、フォークファンを越えて広い層にディランの人気が広がった。代表曲(1、2、3、4、8、10、11)が収録されている。
3月24日: ペンシルヴァニア州ピッツバーグでジョーン・バエズと組んでコンサート。
3月27日:カリフォルニア州サンタモニカでソロコンサート。
3月28日:カリフォルニア州バークレーでソロコンサート。
4月3日:カリフォルニア州バークレーでソロコンサート。
4月:ワシントン州シアトルでソロコンサート。
4月9日:カナダのヴァンクーヴァーでソロコンサート。
4月26日〜6月2日:ドキュメント映画『ドント・ルック・バック』を撮影したイギリス・ツアー。この時の演奏シーンは2005年のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』にも収録されている。
4月30日:シェフィールドでソロコンサート。
5月1日:リヴァプールでソロコンサート。
5月2日:レスターでソロコンサート。
5月4日:バーミンガムでソロコンサート。
5月6日:ニューカッスルでソロコンサート。
5月7日:マンチェスターでソロコンサート。
5月9日:ロンドンでソロコンサート。
5月10日:ロンドンでソロコンサート。
5月中旬:ポルトガルでサラ・ラウンズと休暇を楽しむ。
6月15日〜16 日:ニューヨークでアルバム『追憶のハイウェイ61』のレコーディング。
7月20日:シングル「ライク・ア・ローリング・ストーン」発売。
7月24日:ロードアイランド州で開催されたニューポート・フォークフェスティヴァルで歌う。これがソロとしては最後のステージとなる。
7月26日:ポール・バターフィールド・バンドをバックにニューポート・フォークフェスティヴァル出演。この時の演奏シーンは2005年のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』に収録されている。
7月29、30日:アルバム『追憶のハイウェイ61』のレコーディング。
8月2、4日:アルバム『追憶のハイウェイ61』のレコーディング。
8月:ホークス(のちのザ・バンド)と会う。
8月28日:バンドをしたがえた全米ツアー/ワールドツアーをはじめる(アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパを回って1966年5月27日にロンドンで終了するまで、計80回のコンサートをおこなう)。
8月30日:アルバム『追憶のハイウェイ61』発売。
 
《追憶のハイウェイ61》
1.ライク・ア・ローリング・ストーン
2.トゥームストーン・ブルース
3.悲しみは果てしなく
4.ビュイック6型の想い出
5.やせっぽちのバラッド
6.クィーン・ジェーン
7.追憶のハイウェイ61
8.親指トムのブルースのように
9.廃墟の街
 この6枚目のアルバムを、ディランの最高傑作と評価する人も多い。たしかにロックンロール史上最高のシングルと評価される1が収録されていることもあり、このアルバムはディランの全アルバムのなかでもベスト5入るし、あらゆるアーティストを含めた全ロックアルバムのなかでもトップ100 に入る傑作だ。〈廃墟の街〉を除いて、すべての曲がロックサウンドをバックに歌われているが、ディランはパート別 に録音するのではなく、ほとんどの曲をスタジオライヴで録音している。長時間をかけたレコーディングが主流になりはじめた時代に、ディランはライヴで生まれる自然な即興性を重視したのだろう。この姿勢は、以後変わることはない。なお、シングルCD〈廃墟の街〉とジェイムズ・エンサーの絵画を組み合わせた本がJ・ポール・ゲッティ・ミュージアムより出版されている。必聴盤。
11月22日:サラ・ラウンズと結婚。
 
1月21日:ニューヨークでホークスと『ブロンド・オン・ブロンド』のレコーディングをはじめる。
1月26日:朝のラジオ番組『ボブ・ファス・ショー』に出演し、2時間にわたって電話の受け答えをする。   
2、3月:北米ツアー。
2月14日〜17 日:ナシュヴィルに場所を変えて『 ブロンド・オン・ブロンド』のレコーディング。
3月8−9日:『ブロンド・オン・ブロンド』のレコーディング終了。
3月12日:ロバート・シェルトンが長時間のインタヴューを飛行機の中でおこなう。これを元に、シェルトンは伝記『No Direction Home』を出版した。
4月13〜23日:オーストラリア・ツアー
4月28〜5月27日:映画『イート・ザ・ドキュメント』を撮影したヨーロッパ・ツアー。この時の演奏シーンは2005年のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』に収録されている。また、5月17日、マンチェスターのコンサートは、1999年に『ブートレッグ・シリーズ第4集ロイヤル・アルバート・ホール』として発売された。
5月16日:『ブロンド・オン・ブロンド』発売
 
《ブロンド・オン・ブロンド》
1.雨の日の女
2.プレッジング・マン・タイム
3.ジョアンナのヴィジョン
4.スーナー・オア・レイター
5.アイ・ウォント・ユウ
6.メンフィス・ブルース・アゲイン
7.ヒョウ皮のふちなし帽
8.女の如く
9.我が道を行く
10.時にはアキレスのように
11.アブソリュートリー・スイート・マリー
12.フォース・タイム・アラウンド
13.5人の信者達
14.ローランドの悲しい目の乙女
 1966年2、3月にナッシュヴィルで録音されたこの7枚目のアルバムは、フォークロック時代のディランの金字塔であるのはもちろんだが、60年代ロックの最高傑作と評価してもいい。オリジナルのアナログレコードは、当時、ロックとしては衝撃的な2枚組アルバムとして発売されたが、CDでは1枚に全曲が収録された。このアルバムを境に、ディランはシングルからアルバム中心のアーティストに変化していく。数多くの代表曲(1、3、5、6、8、11、14)が収録されている。必聴盤。
7月29日:ニューヨーク州ウッドストック付近でモーターバイク事故。
 
3月27日:『ボブ・ディラン・グレイテスト・ヒット』発売
 
《グレイテスト・ヒット第1集》
1.雨の日の女
2.風に吹かれて
3.時代は変る
4.悲しきベイブ
5.ライク・ア・ローリング・ストーン
6.ミスター・タンブリン・マン
7.サブタレニアン・ホームシック・ブルース
8.アイ・ウォント・ユー
9.寂しき4番街
10.女の如く
 ロックの頂点をきわめたディランにモーターバイク事故という大事件が起きた。デビュー以来猛烈なスピード(4年間に7枚のアルバム)で突っ走るように人生を進んでいたディランは、この事故を境に新しい人間に生まれ変わったかのように、活動のペースと方向を変えてしまう。しかし、当時のディランの人気は、イギリスのビートルズに対抗できる唯一のアメリカ人アーティストとまでいわれるようになっていた。そのため、コロンビアレコーズは、急遽それまでのヒット曲を寄せ集めて、このベストを8枚目のアルバムとして発表した。アナログレコードには、ミルトン・グレイザーが製作したすばらしいディランのポスターがついていたが、残念ながらCD版には縮小画しかついていない。わずか4年間に大きな変貌をとげたディランを知るには格好のアルバムだろう。1999年にオリジナルマスターテープをもとにリマスターした改善盤が発売された。
5月17日:映画『ドント・ルック・バック』がサンフランシスコで劇場公開。
6月〜10月:ウッドストックのビッグ・ピンクでバンドと演奏活動を再開。このとき録音した音源の一部は後に『ベースメント・テープス』として正式発売される。
10月3日:ウディ・ガスリー死去。
10月17日:ナシュヴィルで『ジョン・ウェスリー・ハーディング』のレコーディングをはじめる。
12月27日:『ジョン・ウェスリー・ハーディング』発売。
 
《ジョン・ウェズリー・ハーディング》
1.ジョン・ウェズリー・ハーディング
2.ある朝でかけると
3.聖オーガスティンを夢でみた
4.見張塔からずっと
5.フランキー・リーとジュダス・プリーストのバラッド
6.漂流者の逃亡
7.拝啓地主様
8.おれはさびしいホーボー
9.あわれな移民
10.悪意の使者
11.入江にそって
12.アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト
 1967年10月と11月の3日間、ディランはモーターバイク事故以来初めてナッシュヴィルのスタジオに入り、この9枚目のアルバムを録音した。ビートルズの《サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハート・クラブ・バンド》に代表されるように、多くのロックアーティストたちが競い合うように、手の込んだ複雑な音作りの方向に進む時代に、ディランはシンプルなサウンドに戻って新境地を開拓し、多くのファンや評論家に衝撃を与えた。いわゆるカントリーロックに移行するきっかけとなった重要作品だ。なお、このアルバムには後にジミ・ヘンドリックスによって大ヒットを記録した〈見張塔からずっと(オール・アロング・ザ・ウォッチタワー)〉が収録されている。余談だが、ジャケットにビートルズの4人の顔が隠されているのに気づいているだろうか?
 
1月20日:ニューヨークのカーネギーホールで開かれたウディ・ガスリー・メモリアル・コンサートに出演。
6月5日:父親、エイブラハム・ジママン死去。
11月:ジョージ・ハリソンがウッドストックのディラン宅を訪問。ふたりで何曲かレコーディングをする。
 
2月13日〜14 日:ナシュヴィルで『ナッシュヴィル・スカイライン』のレコーディングをはじめる。
4月9日:『ナッシュヴィル・スカイライン』発売。
 
《ナッシュヴィル・スカイライン》
1.北国の少女
2.ナッシュヴィル・スカイライン・ラグ
3.トゥ・ビー・アローン・ウィズ・ユー
4.アイ・スリュー・イット・オール・アウェイ
5.ペキー・デイ
6.レイ・レディ・レイ
7.ワン・モア・ナイト
8.嘘だと言っておくれ
9.カントリー・パイ
10.今宵はきみと
 初めてこの10枚目のアルバムを聞いたときは、何度も自分の耳を疑ったものだ。なぜなら、このアルバムではディランの特徴であったしわがれ声が消え、かわりに別 人のような澄んだ甘い声が聞こえてきたからだ。しかも、収録曲のほとんどが純粋カントリーソングといってもいいようなラブソングだった。しかし、〈レイ・レディ・レイ〉は久し振りにシングルとしても大ヒットを記録した。なお、〈北国の少女〉は2枚目のアルバムに収録されていた曲だが、ここではカントリー音楽の大御所であるジョニー・キャッシュとデュエットで歌っている。なお、2000年のステージで初めて8と9をライヴで歌った。
4月24日:ナッシュヴィルで『セルフ・ポートレート』のレコーディングをはじめる。
5月1日:TV番組『ジョニー・キャッシュ・ショウ』に出演し、3曲歌う。
8月31日:イギリスのワイト島フェスティヴァルに出演。この時のライヴレコーディングの一部が『セルフ・ポートレイト』に収録。
12月9日:現在、ウォールフラワーズで活躍している、ジェイコブ・ディラン誕生。
 
3月5日:『セルフ・ポートレート』のレコーディングを終了。
5月1日:ニューヨークで『新しい夜明け』のレコーディングをはじめる。
6月8日:『セルフ・ポートレート』発売
 
《セルフ・ポートレイト》
1.オール・ザ・タイアード・ホーシズ
2.アルバータ#1
3.忘却の彼方に
4.デイズ・オブ・フォーティ・ナイン
5.朝の雨
6.イン・サーチ・オブ・リトル・セイディ
7.レット・イット・ビー・ミー
8.リトル・セイディ
9.ウギ・ブギ
10.ベル・アイル(美しい島
11.リヴィング・ザ・ブルース
12.ライク・ア・ローリング・ストーン
13.コパー・ケトル
14.ゴッタ・トラヴェル・オン
15.ブルー・ムーン
16.ボクサー
17.マイティ・クイン
18.テイク・ミー・アズ・アイ・アム
19.マリーへのメッセージ
20.イッツ・ハーツ・ミー・トゥー
21.ミンストレル・ボーイ
22.シー・ビロングズ・トゥ・ミー
23.ウィグワム
24.アルバータ#2
 11枚目はシンガー・ソングライターの王者とみなされていたディランが、他人の作品を歌った異色問題作。しかもオリジナルのアナログ盤はタイトルに自画像とつけた2枚組大作として発売された(CD盤は1枚)。インストゥルメンタル曲(9、23)、ゴードン・ライトフットの名曲(6)、サイモン&ガーファンクルのヒット曲(16)、エヴァリー・ブラザーズのヒット曲(19)、さらにスタンダード曲(15)など、こうした曲をディランが歌うなんてだれが予想できただろうか。ただし、伝説的なワイト島コンサートのライヴ4曲(12、17、21、22)も収録されているので、熱心なファンは聞いたほうがいい。なお、カバーアートはディラン自身が描いた自画像だ。
6月9日:プリンストン大学名誉音楽博士号を受ける。
10月21日:『新しい夜明け』発売。
 
《新しい夜明》
1.イフ・ナット・フォア・ユウ
2.せみの鳴く日
3.時はのどかに流れゆく
4.ジプシーに会いに行った
5.ウィンタールード
6.イフ・ドッグズ・ラン・フリー
7.新しい夜明
8.サイン・オン・ザ・ウィンドウ
9.ワン・モア・ウィークエンド
10.ザ・マン・イン・ミー
11.3人の天使
12.ファーザー・オブ・ナイト
 問題作の前作からわずか4か月後に発売された12枚目は、ふたたび一転して全曲ディランのオリジナル作品で占められている。発売当時は、真のディランがもどってきたとファンや評論家はこぞって大絶賛した。たしかに、サウンドも力強いフォークロックであり、カバーアートもいかにもディランらしいものだったし、タイトルもすばらしい時代がつづくことを示唆するようなものだった。なお、〈イフ・ナット・フォア・ユウ〉はオリビア・ニュートン・ジョンがカヴァーして大ヒットを記録した。
11月11日:ディラン初の著作『タランチュラ』出版。(日本語版は角川書店)
 
2月8日:映画『イート・ザ・ドキュメント』がニューヨークで初公開される。
3月16,17,18日:ニューヨークでレオン・ラッセルとレコーディング。
5月24日:30歳の誕生日をイスラエルで迎える。嘆きの壁の前に立つディランとサラの写真が新聞に掲載された。
8月1日:ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで開かれたバングラデシュ・コンサートに出演。昼夜2回のステージで歌う。
9月24日:ニューヨークでハッピー・トラウムとレコーディング。
10月5日:デヴィッド・ブロムバーグとレコーディング。
11月4日:ニューヨークで、シングル「ジョージ・ジャクソン」をレコーディング。
11月17日:『ボブ・ディラン・グレイテスト・ヒット第2集』発売。
 
《グレイテスト・ヒット第2集》
DISC-1
1.河のながれを見つめて
2.くよくよするなよ
3.レイ・レディ・レイ
4.メンフィス・ブルース・アゲイン
5.アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト
6.オール・アイ・リアリー・ウォント
7.マイ・バック・ペイジズ
8.マギーズ・ファーム
9.今宵は君と

DISC-2
1.シー・ビロングズ・トゥ・ミー
2.見張塔からずっと
3.マイティ・クイン
4.親指トムのブルースのように
5.はげしい雨が降る
6.イフ・ナット・フォア・ユウ
7.イッツ・オール・オーヴァー・ナウ・ベイビー・ブルー
8.明日は遠く
9.マスターピース
10.アイ・シャル・ビー・リリースト
11.どこにも行けない
12.ダウン・イン・ザ・フラッド
 13枚目のアルバムは、またしても2枚組大作だ(CD盤も2枚組)。しかもベスト盤であるにもかかわらず、当時、未発表だった曲が6曲(DISC-1の1 DISC-2の8、9、10、11、12)も収録されている。ディランが新作をつくらないために、コロンビア・レコーズがファンを満足させるために企画したアルバムだろう。のちに《バイオグラフ》《ブートレッグ・シリーズ第1〜3集》などが発売されたが、現在でも、DISC-1の1、DISC-2の9、10、11、12はこのアルバムにしか収録されていない。1999年にオリジナルマスターテープをもとにリマスターした改善盤が発売された。
11月17日:ニューヨークでアレン・ギンズバーグのレコーディングに参加。
12月20日:ライヴアルバム『コンサート・フォア・バングラ・デシュ』発売。
 
1月1日:ニューヨークのアカデミー・オブ・ミュージックでおこなわれたザ・バンドのニューイヤーズ・イヴ・ショウに飛び入り出演。この音源はザ・バンドのアルバムに収録されている。
1月12日:ライヴアルバム『トリビュート・トゥ・ウディ・ガスリー・パート1』発売。
4月:ライヴアルバム『トリビュート・トゥ・ウディ・ガスリー・パート2』発売。
9月:ニューヨークでスティーヴ・グッドマンのレコーディングに参加。
10月:ニューヨークでダグ・ザームのレコーディングに参加。また、ロジャー・マッギンのレコーディングにも参加。
11月23日〜:メキシコのドゥランゴで映画『ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯』の撮影開始。
 
1月20日:メキシコシティでサウンドトラック『パット・ギャレット&ビリー・ザ・キッド』のレコーディングをはじめる。
2月:マリブでブッカー・T&プリシラ・ジョーンズのレコーディングに参加。
4月24日:詩集『Writings & Drawings 』出版。(日本語版は晶文社)
5月:『ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯』公開。
7月13日:サウンドトラック盤『パット・ギャレット&ビリー・ザ・キッド』発売。
 
《パット・ギャレット&ビリー・ザ・キッド》
1.メイン・タイトル・テーマ(ビリー)
2.酒場のテーマ
3.ビリー・ザ・キッド・1
4.小屋のテーマ
5.河のテーマ
6.七面鳥狩り
7.天国への扉
8.ファイナル・テーマ
9.ビリー・ザ・キッド・4
10.ビー・ザ・キッド・7
 14枚目のアルバムは、ディランが初めててがけたサウンドトラック。しかもディランは音楽だけでなく、俳優としても映画に初出演した。サム・ペキンパー監督、クリス・クリストファスン主演のこの西部劇に、ディランはエイリアスという名の少年の役で画面 に登場する。映画には全編ディランの音楽しか流れない。ただし、ディランのヴォーカルが聞けるのは4曲(3、7、9、10)だけで、他はインストルメンタル曲だ。なお、〈天国への扉〉はエリック・クラプトンやガンズ・アンド・ローゼズなどがカバーし、ディランの代表曲となった。
8月:バリー・ゴールドバーグのレコーディングに参加。マリブでザ・バンドと全米ツアーのリハーサルをはじめる。
11月2日:サンタモニカで『プラネット・ウェイヴズ』のレコーディングをはじめる。
11月16日:『ディラン』発売。
 
《ディラン》
1.西部のユリ
2.好きにならずにいられない
3.サラ・ジェーン
4.バラッド・オブ・アイラ・ヘイズ
5.ミスター・ボーシャングル
6.メリー・アン
7.ビッグ・イエロー・タクシー
8.フール・サッチ・アズ・アイ
9.スペイン語は愛の言葉
 15枚目のアルバムだが、正式なディランの作品として考えないほうがいい。当時、ディランはデビュー以来在籍していたコロンビア・レコーズを離れ、新たにアサイラム・レコーズと一時的に契約を交わした。そのため、コロンビア・レコーズが勝手に古い残りテープのなかから9曲を選んで1枚のアルバムに仕上げたのがこの作品だ。しかも、《セルフ・ポートレイト》の残りテープから選曲したため、ディランのオリジナル作品は1曲も収録されていない。ただし、エルヴィス・プレスリーで知られる2曲(2、8)が収録されているので、熱心なファンは一聴する価値があるかもしれない。なお、このCDは権利上の理由で、現在はオーストラリアでのみ発売されている。
 
1月3日:シカゴからザ・バンドをバックにした8年振りの全米ツアーをはじめる(2月14日にロサンゼルスで終了するまで、21都市で40回のコンサートを行なう)
1月17日:『プラネット・ウェイヴズ』発売。
 
《プラネット・ウェイヴズ》
1.こんな夜に
2.ゴーイング・ゴーイング・ゴーン
3.タフ・ママ
4.ヘイゼル
5.君の何かが
6.いつまでも若く(スロー)
7.いつまでも若く
8.悲しみの歌
9.天使のような君
10.さよならと云わないで
11.ウェディング・ソング
 アサイラム・レコーズから発売された第1作(通算16枚目)は、ディランにとって初めて全米1位 を記録するアルバムになった。1966年のモーターバイク事故以来、コンサート・ツアーを行わなかったディランは、ザ・バンドをバックに8年振りに全米ツアーを企画し、そのためにこれまた初めて正式にザ・バンドをバックにこのアルバムを作ったのだ。長年にわたっていらいらさせられてきたディラン・ファンは、このアルバムを大歓迎した。たしかに、全曲ディランのオリジナル曲で、しかもファンが期待したとおりの力強いヴォーカルがこのアルバムで聞くことができる。カバーアートにはディランの絵が使われ、アナログ盤には、ディラン自身のライナーノーツもついていた。なお、〈いつまでも若く〉は現在ウォールフラワーズを率いて活躍するディランの末息子ジェイコブのためにつくった曲で、多くのアーティストが取り上げる名曲となった。
2月21日:ビヴァリー・ウィルシャー・ホテルで開かれたデヴィッド・ゲッフィンの誕生パーティに出席。
4月:ジャック・レヴィーと初めて会う。
5月9日:ニューヨークのフェルトフォーラムで開かれた『フレンズ・オブ・チリ・ベネフィット・コンサート』に出演。
6月20日:ライヴアルバム『偉大なる復活』発売。
 
《偉大なる復活》
DISC-1
1.我が道を行く
2.レイ・レディ・レイ
3.雨の日の女
4.天国への扉
5.悲しきベイブ
6.やせっぽちのバラッド
7.クリップル・クリーク
8.アイ・シャル・ビー・リリースト
9.エンドレス・ハイウェイ
10.オールド・ディキシー・ダウン
11.ステージ・フライト

DISC-2
1.くよくよするなよ
2.女の如く
3.イッツ・オールライト・マ
4.ザ・シェイプ・アイム・イン
5.ホエン・ユー・アウェイク
6.ザ・ウェイト
7.見張塔からずっと
8.追憶のハイウェイ61
9.ライク・ア・ローリング・ストーン
10.風に吹かれて
 17枚目は、1月3日から2月14日まで、21都市で40回のステージ、65万人を動員し、当時史上最大のロックコンサートツアーとなったディラン/ザ・バンドの全米ツアーのライヴアルバム。しかも、ディランにとって初の完全ライヴ・アルバムだ。2枚組の大作であるが、充分にその価値はあるだろう。ツアー最終日の録音が多いため、ディランの声はかなりハスキーさを増しているものの、充実した内容のアルバムに仕上がっている。なお、DISC-1の7、8、9、10、11、DISC-2の4、5、6の8曲はザ・バンドのステージ。
7月:ミネソタに戻り、親戚や友人と会う。セントポールでデヴィッド・クロスビーに新曲を聴かせる。
9月16日:『血の轍(ブラッド・オン・ザ・トラック)』のレコーディングをニューヨークではじめる。
11月:『血の轍(ブラッド・オン・ザ・トラック)』のテスト盤完成。
12月27、30日:ミネアポリスで『血の轍(ブラッド・オン・ザ・トラック)』の収録曲の内5曲をレコーディングしなおす。
 
1月17日:『血の轍(ブラッド・オン・ザ・トラック)』発売。
 
《血の轍(ブラッド・オン・ザ・トラックス)》
1.ブルーにこんがらがって
2.運命のひとひねり
3.きみは大きな存在
4.愚かな風
5.おれはさびしくなるよ
6.朝に会おう
7.リリー、ローズマリーとハートのジャック
8.彼女にあったら、よろしくと
9.嵐からの隠れ場所
10.雨のバケツ
 18枚目のこのアルバムこそ、ディランの全作品のなかの最高傑作と断言できる。収録された10曲すべてがすばらしい作品だが、なかでも1、2、3、4、8、9は傑作だ。現在でもディランはコンサートでこれらの曲をしばしば歌っている。このアルバムも発売と同時に、全米チャート1位 を記録した。なお、このアルバムは発売直前に5曲(1、3、4、7、8)が録音しなおされて発売された。この5曲のオリジナル録音のうち〈リリー、ローズマリーとハートのジャック〉を除く4曲は、のちに《バイオグラフ》と《ブートレッグ・シリーズ第1〜3集》に収録された。また、初回アナログ盤には、裏ジャケットにピート・ハミルのライナーノーツ(グラミー賞でベスト・ライナーノーツ賞を受賞)が掲載されていたが、半年後にデザインが変更されてライナーノーツは消えてしまった。いくつかの謎を秘めたアルバムだが、最高傑作であると同時に必聴盤であることにかわりはない。近々、ボーナストラックを追加したリマスター版CDが発売される予定だ。
3月23日:サンフランシスコで開催されたSNACKコンサートにニール・ヤング、ザ・バンドたちと出演。
5月:南フランスで画家のデヴィッド・オッペンハイムと休暇を過ごす。
6月:ニュージャージー州トレントン刑務所を訪れ、ルービン・ハリケーン・カーターと初めて会う。
6月26日:『地下室(ベースメント・テープス)』発売
 
《地下室(ベースメント・テープス)》
DISC-1
1.オッズ・アンド・エンズ
2.オレンジ・ジュース・ブルース
3.100 万ドルさわぎ
4.ヤズー・ストリート・スキャンダル
5.アカプルコへ行こう
6.ケイティは行ってしまった
7.ロー・アンド・ビホールド
8.ベッシー・スミス
9.物干しづな
10.リンゴの木
11.おねがいヘンリー夫人
12.怒りの涙

DISC-2
1.なにもないことが多すぎる
2.おもいぞパンのビン
3.エイント・ノウ・モア・ケイン
4.堤防決壊(ダウン・イン・ザ・フラッド)
5.ルーベン・リーマス
6.タイニー・モントゴメリー
7.どこにも行けない
8.ヘンリーには言うな
9.なにもはなされなかった
10.ドアをあけて
11.長距離電話交換手
12.火の車
 1966年に交通事故にあったディランは活動を休止しウッドストックで半隠遁生活を送っていた。謎めいたこの時期に(1967年4〜10月)、ザ・バンドといっしょにビッグピンクと呼ばれた家の地下室でプライベート録音したのがこの19枚目のアルバム。本来は、音楽出版社に送るデモテープとして録音したものだったが、ブートレッグとして広く出回ってしまったこともあり、ファンの間では正式発売が待たれていた作品だ。当時70曲あまりを録音したと伝えられているが、このアルバムには24曲しか収録されなかった。なお、この時期の最高傑作といわれる〈アイ・シャル・ビー・リリースト〉は、のちに《ブートレッグ・シリーズ第1〜3集》に収録された。
7月3日:ニューヨークのジ・アザー・エンドでランブリン・ジャック・エリオットと歌う。
7月:1年ぶりにジャック・レヴィーと出会ったディランは、ふたりで曲をつくることにする。ふたりはイーストハンプトンのディランの別荘で14曲つくったという。
7月14日:ニューヨークで『欲望』のレコーディングをはじめる。
8月:サラといっしょにミネソタで休暇を過ごす。
9月10日:シカゴのTV曲で特番『ワールド・オブ・ジョン・ハモンド』に出演し録音したばかりの新曲「ハリケーン」などを歌う。
10月:ニューヨークのスタジオ・インストゥルメンタル・レンタル・スタジオで2週間のリハーサル。 
10月23日:ローリング・サンダー・レヴューの一行を連れて、グリニッチヴィレッジのガーディス・フォーク・シティに現れる。
10月25日:コロンビア・レコーズのウォルター・イエトニコフのオフィスを訪ね、「ハリケーン」をできるだけ早く発売するように要請。
10月30日〜12月8日:マサチューセッツ州プリマスからローリング・サンダー・レヴュー・ツアー(第1期)をはじめる。このツアーで長編映画『レナルド&クララ』を撮影した。
12月8日:ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで元黒人ボクサー救済コンサート『ナイト・オブ・ザ・ハリケーン1』がおこなわれる。
 
1月16日:『欲望』発売
 
《欲望》
1.ハリケーン
2.イシス
3.モザンビーク
4.コーヒーもう一杯
5.オー・シスター
6.ジョーイー
7.ドゥランゴのロマンス
8.ブラック・ダイアモンド湾
9.サラ
 通算20枚目となるこのアルバムも発売と同時に全米チャート1位を記録した。新作にかぎっていえば、74年の《プラネット・ウェイヴズ》、75年の《血の轍》、そしてこのアルバムと、ディランは3年連続で全米アルバムチャートの1位 を記録するという快挙を達成したことになる。まさに、ディランの絶頂期といえるだろう。また、このアルバムはディランの作品のなかでは異色といえる。なぜなら、〈サラ〉を除いたすべての曲が、ジャック・レヴィとの共作であるからだ。そのためもあってか、起伏の多い美しいメロディーラインなど、これまでのディランの曲とは一風違った作品が多く収録されている。
1月22日〜23日:ロサンゼルスでリハーサル。
1月25日:テキサス州ヒューストンで『ナイト・オブ・ザ・ハリケーン2』がおこなわれる。
1月28日:ジョニ・ミッチェルのコンサート飛び入りで出演し2曲歌う。
3月30日:マリブでエリック・クラプトンのレコーディングに参加。
4月12〜17日:フロリダ州クリアウォーターでツアーのためのリハーサル。
4月18日:フロリダ州を皮切りにローリング・サンダー・レヴュー・ツアー(第2期)をはじめる(5月24日にソルトレイク・シティで終了するまで、25回のコンサートを行なう)
4月18日〜5月25日:『ローリング・サンダー・レヴュー』第2期ツアーをはじめる。
5月23日:コロラド州フォートコリンズのコンサートで『TVスペシャル』とライヴアルバムを収録。
9月10日:ライヴアルバム『激しい雨』発売
 
《激しい雨》
1.マギーズ・ファーム
2.いつもの朝に
3.メンフィス・ブルース・アゲイン
4.オー・シスター
5.レイ・レディ・レイ
6.嵐からの隠れ場所
7.きみは大きな存在
8.アイ・スリュウ・イット・オール・アウェイ
9.愚かな風
 21枚目は、1975〜76年に行なった歴史的ツアー『ローリング・サンダー・レヴュー』の最終日前日のライヴ。ディランは巨大産業化に向かっていたロックビジネスの軌道修正をしようと、このコンサート・ツアーをはじめた。つまり、予告宣伝をほとんど行なわない、小さな会場を中心にした真の音楽ファンだけを対象にするツアーだった。そのためもあって、ディランは稲妻のような強大なエネルギーをみごとに発散している。必聴ライヴ盤と断言する。なお、このツアーで同時につくられた長編映画『レナルド&クララ』、このライヴアルバムと同じステージをTV放送したときのビデオも一部で出回っている。
11月:ソングブック『The Songs Of Bob Dylan From 1966 Through 1975 』出版。
11月25日:サンフランシスコのウィンターランドでおこなわれたザ・バンドの解散コンサート『ラスト・ワルツ』に出演。
 
3月1日:サラが離婚を申請する。
3月:ロサンゼルスでレナード・コーエンのレコーディングに参加。
9月:ディランがサンタモニカにランダウンスタジオを開設。12月に、ここでワールドツアーのリハーサルをはじめる。
 
1月24日:サンタモニカで日本とオーストラリア向けに記者会見。
1月25日:映画『レナルド&クララ』公開。
1月17日:東京羽田空港で記者会見。
2月20日〜4月1日:日本(武道館8回、枚方体育館3回)、オーストラリア、ニュージーランド・ツアー。2月28日と3月1日の日本武道館のコンサートはライヴレコーディングされ、のちにライヴアルバム『武道館』として発表される。また、初来日記念として、日本で企画した貴重な音源を収録した3枚組アルバム『傑作(マスターピース)』が発売された。
4月7日:ザ・バンドの『ラスト・ワルツ』発売。
4月25日:サンタモニカのランダウンスタジオで『ストリート・リーガル』のレコーディングをはじめる。
5月1日:『ストリート・リーガル』のレコーディングを終了。
6月1〜7日:ロサンゼルスで7日間連続コンサート。
6月15日:『ストリート・リーガル』発売。
 
《ストリート・リーガル》
1.チェンジング・オブ・ザ・ガード
2.ニュー・ポニー
3.ノー・タイム・トゥ・シンク
4.ベイビー・ストップ・クライイング
5.イズ・ユア・ラヴ・イン・ヴェイン
6.セニョール
7.トゥルー・ラヴ・テンズ・トゥ・フォゲット
8.ウイ・ベター・トーク・ディス・オーバー
9.ホエア・アー・ユウ・トゥナイト
 1978年2月に、ディランは総勢11名にものぼるバックバンドをしたがえて初来日コンサートを行ったが、その直後の5月にスタジオに入り完成させたのがこの22枚目のアルバム。ディランがサンタモニカに借りたランダウンスタジオで録音されたこのアルバムは、ファンの間でも意外と見過ごされがちであるが、〈チェンジング・オブ・ザ・ガード〉〈イズ・ユア・ラヴ・イン・ヴェイン〉〈セニョール〉など傑作も含まれている。1999年にオリジナルマスターテープをもとにリマスターした改善盤が発売され、見過ごされがちだったこのアルバムを再評価する人が増えている。
6月15日〜7月15日:ヨーロッパ・ツアー。
9月15日〜12月16日:カナダ、アメリカ・ツアー。
11月22日:ライヴアルバム『武道館』発売
 
《武道館》
DISC-1
1.ミスター・タンブリン・マン
2.嵐からの隠れ場所
3.ラヴ・マイナス・ゼロ
4.やせっぽちのバラッド
5.くよくよするなよ
6.マギーズ・ファーム
7.コーヒーもう一杯
8.ライク・ア・ローリング・ストーン
9.アイ・シャル・ビー・リリースト
10.イズ・ユア・ラヴ・イン・ヴェイン
11.ゴーイング・ゴーイング・ゴーン

DISC-2
1.風に吹かれて
2.女の如く
3.オー・シスター
4.運命のひとひねり
5.見張塔からずっと
6.アイ・ウォント・ユウ
7.オール・アイ・リアリー・ウォント
8.天国への扉
9.イッツ・オールライト・マ
10.いつまでも若く
11.時代は変る
 1978年2月20日、ディランの初来日コンサートがはじまった。当時、ぼくはCBSソニーのディラン担当ディレクターであったため、幸運にも製作者側スタッフとして2月28日、3月1日の2日間をライヴ録音することができた。さらに、選曲、ミキシング、ジャケット・デザインなども日本側に一任されたため、個人的にはもっとも思い入れの深いアルバムとなった。本来は日本のみ発売される予定だったが、結局、23枚目のアルバムとして全世界で発売された。総勢11人編成のバックバンドをしたがえ、ディランはよく知られた代表曲を大胆な新アレンジで歌っている。当然、賛否両論が沸き起こったが、現在振り返ってみると、貴重なライヴアルバムと断言できる。
 
4月30〜5月4日:アラバマ州マッスルショールズスタジオで『スロー・トレイン・カミング』をレコーディング。
8月18日:『スロー・トレイン・カミング』発売
 
《スロー・トレイン・カミング》
1.ガッタ・サーヴ・サムバディ
2.プレシャス・エンジェル
3.アイ・ビリーヴ・イン・ユー
4.スロー・トレイン
5.ゴナ・チェンジ・マイ・ウェイ・オブ・シンキング
6.ドゥ・ライト・トゥ・ミー・ベイビー
7.ホェン・ユー・ゴナ・ウェイク・アップ
8.マン・ゲイヴ・ネームズ・トゥ・オール・ジ・アルマルズ
9.ホェン・ヒー・リターンズ
 24枚目のアルバムは、世界じゅうのディラン・ファンに大きな衝撃を与えた。デビュー以来、いくつもの大きな変化をしつづけていたディランだったので、ファンも多少の変化には驚かなくなっていたが、ディランはボーンアゲイン・クリスチャンに改宗し、このアルバムを発表したのだ。たしかに、収録されたほとんどの作品が、キリスト教と深くかかわる内容だ。ただし、ディランは宗教音楽をはじめたわけではなく、より普遍的な人間観を見いだしたかったのだろう。マッスル・ショールズ・スタジオで録音されたこともあり、このアルバムは非常にタイトなサウンドに仕上がっている。なお、〈ガッタ・サーヴ・サムバディ〉でディランは初めてグラミー賞(最優秀男性ロック・ヴォーカル賞)を受賞した。また、〈マン・ゲイヴ・ネームズ・トゥ・オール・ジ・アルマルズ〉の歌詞を使った絵本も発売されている。
10月20日:TV『サタデー・ナイト・ライヴ』に出演
11月1日〜12月9日:サンフランシスコからキリスト教に関わった歌だけを歌う第1期ゴスペル・ツアーをはじめる。バックミュージシャンは、フレッド・タケット(ギター)、スプーナー・オールダム(キーボード)、テリー・ヤング(キーボード)、ティム・ドゥラモンド(ベース)、ジム・ケルトナー(ドラムズ)
 
1月11日〜2月9日:オレゴン州ポートランドから第2期ゴスペル・ツアーをはじめる。
2月11〜15 日:アラバマ州マッスルショールズスタジオで『セイヴド』をレコーディング。
2月22日:グラミー賞で男性ベスト・ロック・ヴォーカル賞を受賞
4月17日〜5月21日:トロントから第3期ゴスペル・ツアーをはじめる。
6月20日:『セイヴド』発売
 
《セイヴド》
1.ア・サティスファイド・マインド
2.セイヴド
3.コヴィナント・ウーマン
4.ホワット・キャン・アイ・ドゥ・フォー・ユー
5.ソリッド・ロック
6.プレッシング・オン
7.イン・ザ・ガーデン
8.セイヴィング・グレイス
9.アー・ユー・レディ
 25枚目は、ボーンアゲイン・クリスチャン時代のディラン3部作のひとつ。ジャケット・デザインが前作以上に宗教色が濃いために発表当時は酷評されたが、最近になって再評価の声が高まっている。また、この時期のコンサート・ツアーも最近になって非常に高い評価を受けはじめるようになっている。そうした観点から、このアルバムを聞きなおしてみるといいかもしれない。とくに、〈コヴィナント・ウーマン〉〈ソリッド・ロック〉〈イン・ザ・ガーデン〉など傑作も含まれている。
11月9日〜12月4日:サンフランシスコから第4期ゴスペル・ツアーをはじめる。
 
3月26日:サンタモニカのランダウンスタジオで『ショット・オブ・ラヴ』のレコーディングをはじめる。スタジオをいくつか変えて5月に終了させる。
6月10日〜7月25日:シカゴから『ショット・オブ・ラヴ』ツアーをはじめる。ツアーはそのままヨーロッパを回る。
8月12日:『ショット・オブ・ラヴ』発売
 
《ショット・オブ・ラヴ》
1.ショット・オブ・ラヴ
2.ハート・オブ・マイン
3.プロパティ・オブ・ジーザス
4.レニー・ブルース
5.ウォータード・ダウン・ラヴ
6.ザ・グルームズ・スティル・ウェイティング・アット・ジ・オルター
7.デッド・マン、デッド・マン
8.イン・ザ・サマータイム
9.トラブル
10.エヴリィ・グレイン・オブ・サンド
 ボーンアゲイン・クリスチャン時代の3部の最後を飾るのが、この26枚目のアルバムだ。いまから振り返ってみると、この3部作のアルバムは、いずれもジャケットにディランの顔が登場していない。なにか、隠された謎があるのだろうか。いろいろと考えさせられる時代のディランだが、このアルバムに収録された〈エヴリィ・グレイン・オブ・サンド〉は、多くのアーティストにカバーされる名曲となった。
10月16日〜11月21日:ミルウォーキーから第2期『ショット・オブ・ラヴ』ツアーをはじめる。
 
1月:サンタモニカのランダウンスタジオでアレン・ギンズバーグとレコーディング。
3月15日:『ソングライターズ・ホール・オブ・フェイム』殿堂入り。
6月6日:カリフォルニア州パサデナのローズ・ボウルで開かれた『ピース・サンデー』にジョーン・バエズと出演。
 
2月16日:ニューヨークのローンスター・カフェのリック・ダンコ&レヴォン・ヘルムのショーに飛び入りで歌う。
4月11日〜5月17日:ニューヨークのパワーステーションで『インフィデルズ』をレコーディング。
11月1日:『インフィデルズ』発売。
 
《インフィデルズ》
1.ジョーカーマン
2.スウィートハート
3.ネイバーフッドの暴れ者
4.ライセンス・トゥ・キル
5.マン・オブ・ピース
6.ユニオン・サンダウン
7.アイ・アンド・アイ
8.ドント・フォール・アパート・オン・ミー・トゥナイト
 27枚目のこのアルバムは、発売当時、またしても真のディランがもどってきたと騒がれた。アルバムタイトルのインフィデルズには、無神論者、あるいは異教徒といった意味がある。つまり、多くのファンは、ディランがボーンアゲイン・クリスチャン信仰をやめたことをこのアルバムで表明したととらえたのだ。実際のところは定かではないが、とにかくダイア・ストレイツのマーク・ノプラーをプロデューサーに迎えたこのアルバムは、ディランの再復活を信じさせる内容だ。〈ジョーカーマン〉〈ライセンス・トゥ・キル〉〈アイ・アンド・アイ〉など、傑作が収録されている。なお、このアルバムのレコーディング・セッションで同時に録音された最高傑作といわれる〈ブラインド・ウィリー・マクテル〉は、のちに《ブートレッグ・シリーズ第1〜3集》に収録された。
 
2月28日:グラミー授賞式にプレゼンターとして出席
3月22日:TV『デヴィッド・レターマン・ショー』に出演
4〜5月:マリブでツアーのためのリハーサル。
5月28日〜7月8日:イタリアのヴェローナからヨーロッパ・ツアーをはじめる(7月8日にアイルランドで終了するまで、27回のコンサートを行なう)
7月26日:ニューヨークのデルタサウンド・スタジオで『エンパイア・バーレスク』のレコーディングをはじめる。1985年3月までいくつかのスタジオでレコーディングを続けた。
12月3日:『リアル・ライヴ』発売。
 
《リアル・ライヴ》
1.追憶のハイウェイ61
2.マギーズ・ファーム
3.アイ・アンド・アイ
4.ライセンス・トゥ・キル
5.悲しきベイブ
6.ブルーにこんがらがって
7.戦争の親玉
8.やせっぽちのバラッド
9.北国の少女
10.トゥームストーン・ブルース
 28枚目のアルバムは、1984年のヨーロッパ・ツアーのライヴ。バック・ミュージシャンはミック・テイラー(ギター)、イアン・マクレガン(キーボード)、グレッグ・サットン(ベース)、コリン・アレン(ドラムズ)の4人編成。このヨーロッパ・ツアーの途中、7月7日のロンドンのウェンブリー・スタジアムのコンサートには7万人以上が集まり、カルロス・サンタナ、エリック・クラプトン、クリッシー・ハインド、ヴァン・モリスンなどもゲストとしてステージに上がった。なお、〈ブルーにこんがらがって〉はオリジナルと大幅に歌詞を変えて歌っている。
 
1月28日:『ウィー・アー・ザ・ワールド』のレコーディングに参加。
3月3〜4日:『エンパイア・バーレスク』のレコーディングが終了。
4月下旬:東京の赤坂、六本木などで「タイト・コネクション」のビデオクリップを撮影。
6月8日:『エンパイア・バーレスク』発売。
 
《エンパイア・バーレスク》
1.タイト・コネクション
2.シーイング・リアル・ユー・アット・ラスト
3.アイル・リメンバー・ユー
4.クリーン・カット・キッド
5.ネバー・ゴナ・ビー・ザ・セイム・アゲイン
6.トラスト・ユアセルフ
7.エモーショナリー・ユアーズ
8.フォーリング・フロム・ザ・スカイ
9.サムシングス・バーニング・ベイビー
10.ダーク・アイズ
 29枚目のアルバム。ポール・シュレイダーが監督した〈タイト・コネクション〉のプロモーションビデオは東京で撮影された。このヴィデオには、ディランの相手役として倍償美津子が出演、他にも佐野元春、沢田研二なども顔を出している。ただし、完成したプロモーションビデオはほとんど放映されなかった。このアルバムには、現在でもディランがしばしばライヴで取り上げる曲(1、2、3、4、8)が数多く収録されている。なお、7はオージェイズによって、大ヒットした。
7月13日:ライヴ・エイド・コンサートに、キース・リチャード、ロン・ウッドと出演、トリをつとめる。
7月25日:モスクワで開かれた『第12回青少年学生国際フェスティヴァル』に出演。
9月22日:イリノイ州シャンペインで開かれた『ファーム・エイド』に出演。
10月28日:『バイオグラフ』発売。
 
《バイオグラフ》
DISC-1
1.レイ・レディ・レイ
2.連れてってよ
3.イフ・ナット・フォア・ユー
4.アイル・ビー・ユア・ベイビー・トゥナイト
5.アイル・キープ・イット・ウィズ・マイン
6.時代は変る
7.風に吹かれて
8.戦争の親玉
9.ハッティ・キャロルの寂しい死
10.パーシーズ・ソング
11.ゴチャマゼの混乱
12.トゥームストーン・ブルース
13.グルームズ・スティル・ウェイティング・アット・ジ・オルター
14.我が道を行く
15.ライク・ア・ローリング・ストーン
16.レイ・ダウン・ユア・ウィアリー・チューン
17.サブタレニアン・ホームシック・ブルース
18.アイ・ドントビリーヴ・ユー

DISC-2
1.ジョアンナのヴィジョン
2.エヴリィ・グレイン・オブ・サンド
3.マイティ・クイン
4.ミスター・タンブリン・マン
5.拝啓地主様
6.悲しきベイブ
7.天使のような君
8.100万ドルさわぎ
9.ラモーナに
10.きみは大きな存在
11.アバンダンド・ラヴ
12.ブルーにこんがらがって
13.イッツ・オール・オーバー・ナウ、ベイビー・ブルー
14.窓からはい出せ
15.寂しき4番街
16.イシス
17.ジェット・パイロット

DISC-3
1.カリビアン・ウィンド
2.アップ・トゥ・ミー
3.ベイビー、アイム・イン・ザ・ムード・フォー・ユー
4.アイ・ウォナ・ビー・ユア・ラヴァー
5.アイ・ウォント・ユー
6.わたしの心
7.こんな夜に
8.女の如く
9.ドゥランゴのロマンス
10.セニョール(ヤンキー・パワーの話)
11.ガッタ・サーヴ・サムバディ
12.アイ・ビリーヴ・イン・ユー
13.時はのどかに流れゆく
14.アイ・シャル・ビー・リリースト
15.天国への扉
16.見張塔からずっと
17.ソリッド・ロック
18.いつまでも若く
 30枚目の作品は、ディランのデビュー25周年を記念して企画編集されたアルバム。先に発売された2種類の《グレイテスト・ヒット》と違って、このアルバムは収録された全53曲のうち、20曲が未発表曲であったり既発売曲とは異なる別 ヴァージョンやライヴレコーディングで占められている。したがって、ディランの25年の歩みを知るには恰好のアルバムといえるだろう。さらに、キャメロン・クロウとディラン自身によるすばらしいライナーノーツと曲目解説も魅力的だ。
10月28日:詩集『Lyrics 1962-1985』出版。
11月13日:ニューヨークのホイットニーミュージアムでディランの25周年を祝う催しが開かれる。
11月20〜23日:ロンドンでユーリズミックスのデイヴ・スチュアートとレコーディング。
12月:ロサンゼルスでトム・ペティ&ザ・ハートブレーカーズとツアーのためのリハーサルをはじめる。
 
1月20日:ワシントンDCのジョン・F・ケネディ・パフォーミング・アーツ・センターで開かれた『マーチン・ルサー・キングの日』コンサートに出演。
1月25日:ディランの元マネジャー、アルバート・グロスマン死去。
2月5日〜3月10日:ニュージーランドのウェリントンからトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズをバックにした『トゥルー・コンフェッションズ』ツアーがはじまる。二度目の来日コンサート(3月5日:日本武道館、6日:大坂城ホール、8日愛知体育館、10日:日本武道館)が実現した。
2月24、25日:シドニーでのコンサートがTV放送用にビデオ収録される。
4月1日:カーティス・ブローのレコーディングに参加。
4月28〜5月19日:カリフォルニアのスカイライン・スタジオで『ノックト・アウト・ローデッド』のレコーディング。
6月6日:ロサンゼルス・フォーラムで開催されたアムネスティ・コンサートに出演。
6月9日〜8月6日:カリフォルニア州サンディエゴから『トゥルー・コンフェッションズ』全米ツアーがはじまる(8月6日にカリフォルニア州パソローブルズで終了するまで、41回のコンサートを行なう)。
6月20日:ビデオ『ボブ・ディラン/ライヴ86』(シドニーのライヴ)発売。
7月2日:オハイオ州アクロンのグイトフル・デッドのコンサートで3曲歌う。
7月7日:ワシントンDCのグイトフル・デッドのコンサートで3曲歌う。
8月8日:『ノックト・アウト・ローデッド』発売。
 
《ノックト・アウト・ローデッド》
1.ランブル
2.ゼイ・キルド・ヒム
3.ドリフティン・トゥー・ファー
4.プレシャス・メモリーズ
5.メイビー・サムデイ
6.ブラウンズヴィル・ガール
7.マイ・マインド・メイド・アップ
8.アンダー・ユア・スペル
 31枚目のアルバムだが、さまざまに異なるレコーディングの時期、他人の作品など、1枚のアルバムとしての意図はあまり感じられない。年に1枚という契約上の理由から発売されたアルバムかもしれない。それでも〈ブラウンズヴィル・ガール〉は一聴する価値がある傑作だ。
8月17日:ロンドンで初の主演映画『ハート・オブ・ファイアー』の製作発表記者会見がおこなわれる。ディランは年老いたロックスターのビリー・パーカー役で主演。共演はフィオナ、ルパート・エヴァレット。
8月27−28日:イギリスで『ハート・オブ・ファイアー』のサウンドトラックをレコーディング。
11月10日:トロントで開催されたジュノ賞でプレゼンターを務める。
 
2月19日:ハリウッドのパロミノで開かれたタジ・マハールのコンサートに飛び入り出演。
2月:ウォーレン・ジーヴォンのレコーディングに参加。
2月28日:エリザベス・テーラーの55歳の誕生パーティに出席
3月5日:ロサンゼルスで『ダウン・イン・ザ・グルーヴ』のレコーディングをはじめる。
3月11日:ガーシュウィン死後50周年追悼コンサートに出演
4月15日:メンフィスでリンゴ・スターとレコーディング。
4月20日:ロサンゼルスのスポーツアリーナで開かれたU2のコンサートに飛び入り出演。
6月16日:『ダウン・イン・ザ・グルーヴ』のレコーディングが終了。
6月:カリフォルニア州サンラファエルでグレイトフル・デッドとリハーサル。メンフィスでU2のレコーディングに参加。
7月4日:マサチューセッツ州フックスボロのサリヴァンスタジアムから、グレイトフル・デッドと組んで6回だけのスタジアム・コンサート・ツアーをはじめる。
7月10日:ペンシルバニア州フィラデルフィアのJFKスタジアム。
7月12日:ニュージャージー州ジャイアンツスタジアム。
7月19日:オレゴン州ユージンのアウツェンスタジアム。
7月24日:カリフォルニア州オークランドのオークランドスタジアム。
7月26日:カリフォルニア州アナハイムのアナハイムスタジアム。
9月5日〜10月17日:イスラエルのテルアヴィヴからトム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズをバックにしたヨーロッパ・ツアー『テンプルズ・イン・フレイムズ』をはじめる(10月17日にロンドンで終了するまで、30回のコンサートをおこなう)。
10月9日:映画『ハート・オブ・ファイア』公開
10月20日:『ハート・オブ・ファイア』のサウンドトラック盤発売。ディランの歌が3曲収録されているが、残念ながら、現在CDは絶版となっている。
 
1月20日:『ロックンロール・ホール・オブ・フェイム』殿堂入り
2月:U2のレコーディングに参加。
4月3日:マリブにあるディランの自宅ガレージでトラヴェリング・ウィルベリーズのデビューシングルとなる「ハンドル・ウィズ・ケア」をレコーディング。
5月17〜20日:ロサンゼルスのデイヴ・スチュアート・スタジオで『トラヴェリング・ウィルベリーズ・ヴォリューム1』をレコーディング。
5月29日:ニューヨークのローンスター・カフェでレヴォン・ヘルムのショーに飛び入り出演。
5月31日:『ダウン・イン・ザ・グルーヴ』発売
 
《ダウン・イン・ザ・グルーヴ》
1.レッツ・スティック・トゥゲザー
2.ホェン・ディド・ユー・リーヴ
3.サリー・スー・ブラウン
4.デス・イズ・ノット・ジ・エンド
5.ハド・ア・ドリーム・アバウト・ユー
6.アグリエスト・ガール
7.シルヴィオ
8.ナインティ・マイルズ・アン・アワー
9.シェナンドゥ
10.ランク・ストレンジャー・トゥ・ミー
 32枚目のアルバムも前作と同様、傑作とは言えないだろう。ただし、前作よりはましだ。ディラン自身のオリジナル曲は〈デス・イズ・ノット・ジ・エンド〉〈ハド・ア・ドリーム・アバウト・ユー〉の2曲と、グレイトフル・デッドの作詞者として知られるロバート・ハンターと共作した〈アグリエスト・ガール〉〈シルヴィオ〉の2曲だけだ。ただし、〈シルヴィオ〉は現在もよくステージで歌われている。
6月7日〜10月19日:カリフォルニア州コンコードから『インターステート88』ツアー(のちにネヴァー・エンディング・ツアーと呼ばれるようになる)をはじめる(10月19日にニューヨークで終了するまで、全米各地で71回のコンサートを行なう)。バックバンドはG・E・スミス(ギター)、ケニー・アーロンソン(ベース)、クリス・パーカー(ドラムズ)の3人。
8月24日:『フォークウェイズ:ヴィジョン・シェアード』発売。
10月18日:『トラヴェリング・ウィルベリーズ第1集』発売。
12月4日:ニール・ヤングの呼びかけで、カリフォルニア州オークランドで開かれた『ブリッジ・スクール・ベネフィット・コンサート』に出演。
 
2月6日:ライヴアルバム『ディラン&ザ・デッド』発売
 
《ディラン&ザ・デッド/ライヴ》
1.スロー・トレイン
2.アイ・ウォント・ユー
3.ガッタ・サーヴ・サムバディ
4.クィーン・ジェーン
5.ジョーイ
6.見張塔からずっと
7.天国への扉
 1987年7月に、ディランはグレイトフル・デッドをバックに6回のスタジアム・ツアーを行った。そのときのライヴが2年後に33枚目のアルバムとして発売された。60年代から活躍をつづける2大巨頭の歴史的な組み合わせということもあり、どちらのファンも大興奮したが、このライヴアルバムに収録された演奏には、残念ながら期待した以上のものは生まれていない。それでもジェリー・ガルシアの死でデッドは解散してしまったので、いまとなっては二度と実現しない貴重なライヴ盤だ。
2月12日:ロサンゼルス・フォーラムのグレイトフル・デッドのコンサートに出演。
3、4月:ニューオリンズで『オー・マーシー』をレコーディング。
5月27日〜9月10日:スウェーデンからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(スウェーデン、フィンランド、アイルランド、イギリス、オランダ、ベルギー、フランス、スペイン、イタリア、トルコ、ギリシア、アメリカ)。バックバンドは、G・E・スミス(ギター)、クリストファー・パーカー(ドラムズ)、ケニー・アーロンソン(ベース:6月10日以降はトニー・ガーニエに代わる)の3人。
9月18日:『オー・マーシー』発売。
 
《オー・マーシー》
1.ポリティカル・ワールド
2.涙零れて
3.エヴリシング・イズ・ブロークン
4.鐘を鳴らせ
5.黒いコートの男
6.モスト・オブ・ザ・タイム
7.ホワット・グッド・アム・アイ?
8.自惚れの病
9.お前の欲しいもの
10.シューティング・スター
 オリジナルアルバムとしては、何枚か駄作がつづいた時期のディランだったが、この34枚目のアルバムは、80年代のディランを代表する傑作だ。ディランは、1989年3〜4月にダニエル・ラノアをプロデューサーに迎え、ニューオリンズで新作ばかり14曲を録音した。そのうちの10曲が、このアルバムとして発売された。ここに収録された曲は、いずれも創造力のよみがえったディランと評価できるだろう。とくに、〈涙零れて〉〈鐘を鳴らせ〉〈黒いコートの男〉〈お前の欲しいもの〉など傑作がそろっている。必聴盤。
9月24日:チャリティTVショー『テレソン89』にピーター・ヒンメルマンとハリー・ディーン・スタントンと組んで出演。
10月10日〜11月15日: ニューヨークからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部)
11月20日:インディアナ州でサウンドトラック『フラッシュバック』に収録するために「ピープル・ゲット・レディ」をレコーディング。
 
1月:ロサンゼルスで『アンダー・ザ・レッド・スカイ』のレコーディングをはじめる。
1月12日〜2月8日:コネチカット州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部、ブラジル、フランス、イギリス)
2月24日:ロサンゼルスのユニヴァーサルアンフィシアターで開かれたロイ・オービソン追悼コンサートに再結成したバーズと出演。
3月1日:ロサンゼルス・フォーラムのトム・ペティ&ザ・ハートブレーカーズのコンサートに飛び入り出演。
4〜5月:『トラヴェリング・ウィルベリーズ第3集』のレコーディング。
5月27日〜6月18日:カナダのモントリオールからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(カナダ、アメリカ中西部)
6月27日〜7月9日:アイスランドからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アイスランド、デンマーク、ノルウェイ、フィンランド、西ドイツ、ベルギー、スイス)
8月12日〜9月12日:カナダからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(カナダ、アメリカ中西部、南部)
9月11日:『アンダー・ザ・レッド・スカイ』発売
 
《アンダー・ザ・レッド・スカイ》
1.ウィグル・ウィグル
2.アンダー・ザ・レッド・スカイ
3.アンビリーヴァブル
4.ボーン・イン・タイム
5.TV・トーキング・ソング
6.テン・サウザンド・メン
7.ツー・バイ・ツー
8.ゴッド・ノウズ
9.ハンディ・ダンディ
10.キャッツ・イン・ザ・ウェル
 35枚目のアルバムは、スラッシュ、ジョージ・ハリスン、エルトン・ジョン、スティーヴィ・レイ・ヴォーン、アル・クーパー、ブルース・ホーンズビーなど豪華なゲスト、さらにドン・ウォズをプロデューサーに迎えて録音されたこともあり、ファンの間には発売前から大きな期待が流れたが、実際に完成したアルバムは期待した以上のできではなかった。何回かオーバーダビングを繰り返して作るという通 常の方法をとったために、ディランの最大の魅力である即興性と創造性がうまく表現されなかったのかもしれない。それでも〈アンダー・ザ・レッド・スカイ〉〈ボーン・イン・タイム〉〈ゴッド・ノウズ〉など傑作が収録されている。なお、このアルバムを最後にディランは新しい曲をほとんど書かなくなってしまった。
10月11日〜11月18日:ニューヨークからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部、中西部)。ギターがG・E・スミスからシーザー・ディアスに代わる。
10月30日:『トラヴェリング・ウィルベリーズ第3集』発売。
 
1月:アルバム『フォア・アワー・チルドレン』のためにマリブの自宅で「This Old Man」をレコーディング。
1月28日〜3月2日:スイスからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(ヨーロッパ、アメリカ東部、メキシコ)。バンドは、ジョン・ジャクソン(ギター)、イアン・ウォーレス(ドラムズ)、トニー・ガーニエ(ベース)の3人。
2月20日:グラミー賞『ライフタイム・アチーヴメント・アワード』を受賞。ステージで過激なアレンジで「戦争の親玉」を歌う。
3月26日:『ブートレッグ・シリーズ第1〜3集』発売
 
《ブートレッグ・シリーズ第1〜3集》
DISC-1
1.ハード・タイムズ・イン・ニューヨーク・タウン
2.ヒー・ワズ・ア・フレンド・オブ・マイン
3.マン・オン・ザ・ストリート
4.ノー・モア・オークション・ブロック
5.ハウス・カーペンター
6.トーキン・ベア・マウンテン・ピクニック・マサカー・ブルース
7.レット・ミー・ダイ・イン・マイ・フットステップス
8.ランブリング・ギャンブリング・ウィリー
9.トーキン・ハヴァナ・ギラ・ブルース
10.クイット・ユア・ロウ・ダウン・ウェイズ
11.ウォリッド・ブルース
12.キングスポート・タウン
13.ウォーキン・ダウン・ザ・ライン
14.ウォールズ・オブ・レッド・ウィング
15.・オブ・ヴィクトリー
16.トーキン・ジョン・バーチ・パラノイド・ブルース
17.フー・キルド・デイヴィ・ムーア?
18.オンリー・ア・ホーボー
19.ムーンシャイナー
20.船が入って来るとき
21.時代は変る
22.ラスト・ソーツ・オン・ウディ・ガスリー

DISC-2
1.セヴン・カーシズ
2.エターナル・サークル
3.スージー(ザ・コフ・ソング)
4.ママ・ユー・ビーン・オン・マイ・マインド
5.フェアウェル・アンジェリーナ
6.サブタレニアン・ホームシック・ブルース
7.イフ・ユー・ガッタ・ゴナ・ゴー・ゴー・ナウ
8.シッティング・オン・ア・バーブド・ワイヤー・フェンス
9.ライク・ア・ローリング・ストーン
10.悲しみは果てしなく
11.アイル・キープ・イット・ウィズ・マイン
12.シーズ・ユア・ラヴァー・ナウ
13.アイ・シャル・ビー・リリースト
14.サンタフェ
15.イフ・ナット・フォー・ユー
16.ウォールフラワー
17.ノーバディ・エクセプト・ユー
18.ブルーにこんがらがって
19.コール・レター・ブルース
20.愚かな風

DISC-3
1.彼女に会ったらよろしくと
2.ゴールデ・ルーム
3.キャットフィッシュ
4.セヴン・デイズ
5.イェ・シャル・ビー・チェンジド
6.エヴリー・グレイン・オブ・サンド
7.ユー・チェンジド・マイ・ライフ
8.ニード・ア・ウーマン
9.アンジェリーナ
10.サムワンズ・ゴッタ・ア・ホールド・オブ・マイ・ハート
11.テル・ミー
12.ロード・プロテクト・マイ・チャイルド
13.フット・オブ・プライド
14.ブラインド・ウィリー・マクテル
15.ホエン・ザ・ナイト・カムズ・フォーリング・フロム・ザ・スカイ
16.シリーズ・オブ・ドリームズ
 36枚目のアルバムは、ディラン・ファンの夢をかなえる作品だ。収録された全58曲が、未発表曲(45曲)、別 ヴァージョン、ライヴなどで占められている。まさにファン必携の宝物と断言できる。正式アルバムに収録されなかった理由が理解できないほど未発表曲にも傑作がそろっている。なかでも、DISC-3の〈ブラインド・ウィリー・マクテル〉はディランの全作品のなかの最高傑作と評価する声も多い。その他にも、DISC-1には60年代初期のフォークシンガー時代の貴重な曲が収録されているし、DISC-2にはフォークロック時代の、そしてDISC-3には70年代以降のかずかずの傑作が収録されている。さらに、故ジョン・ボールディのライナーノーツも的を得ている。
4月19日〜5月12日:ニューオリンズからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部、東部)
5月24日:50歳の誕生日
6月6日〜29日:ローマからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(イタリア、ユーゴスラヴィア、ハンガリー、オーストリア、ドイツ、スウェーデン、ノルウェイ、デンマーク)
7月4日〜27日:マサチューセッツ州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部、カナダ)
8月8日〜21日:アルゼンチンのブエノスアイレスからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アルゼンチン、ウルグアイ、ブラジル)
9月15日:チャリティTV番組『チャバッド・テレソン』でキンキー・フリードマンと歌う。
10月17日:スペインのセルビアで開催されたギター・レジェンドに出演。ジャック・ブルース・バンド、リチャード・トンプソン・キース・リチャーズと共演。
10月24日〜11月20日:テキサスからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部、中西部、東部)
 
1月18日:『デヴィッド・レターマン・ショウ』のビデオ収録。
3月18日〜5月23日:オーストラリアのパースからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる(オーストラリア、ニュージーランド、ハワイ、アメリカ西部)。バンドにバッキー・バクスター(ペダルスティール)が加入し、ジョン・ジャクソン(ギター)、トニー・ガーニエ(ベース)、イアン・ウォーレス(ドラムズ)の4人となる。4月27日以降、チャーリー・キンタナ(ドラムズ)が加わり、ダブルドラムズの5人となる。
5月5日:サンフランシスコでジェリー・ガルシアのコンサートに飛び入り出演。
6月4日:シカゴでデヴィッド・ブロムバーグとレコーディング。
6月26日〜7月12日:スウェーデンからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(スウェーデン、フランス、イタリア、スイス)
8月17日〜9月13日:カナダのトロントからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(カナダ、アメリカ中西部、南部)
10月9日〜11月15日:ピッツバーグからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部)。ドラムズがウィンストン・ワトソンに代わり、4人となる。
10月16日:ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでデビュー30周年記念コンサートが開かれる
11月3日:『グッド・アズ・アイ・ビーン・トゥ・ユー』発売
 
《グッド・アズ・アイ・ビーン・トゥ・ユー》
1.フランキーとアルバート
2.ジム・ジョーンズ
3.ブラックジャック・デイヴィー
4.キャナディ・アイ・オー
5.オン・トップ・オブ・ザ・ワールド
6.リトル・マギー
7.辛い時代
8.ステップ・イット・アップ・アンド・ゴー
9.あしたの晩
10.アーサー・マクブライド
11.別れるっていうんだね
12.ダイアモンド・ジョー
13.蛙の求婚
 1962年のデビューアルバム以来、30年振りに全曲ディラン一人によるギター弾き語りアルバムが37枚目として発売された。しかも、全曲自作品ではなく、ほとんどがトラディショナル・フォークソングだ。ディランは、実にふしぎなアーティストだ。新作としては豪華なゲストミュージシャンを迎えて録音した《アンダー・ザ・レッド・スカイ》につづくアルバムが、シンプルなギター1本の、しかも1回のテイクで完成させたスタジオライヴのアルバムになるとは、だれが予想できただろう。ただ、ディランのオリジナル曲でないことが唯一のマイナス要素だが、それでもこのアルバムを聞くと、ディランが表現力豊かなヴォーカリストであることと、同時にアコースティックギターの名手であることも再確認できる。
 
1月13日:CBS−TV『ア・カントリー・ミュージック・セレブレイション』のビデオ収録。ウィリー・ネルソンとデュエットで「ハートランド」を歌う。
1月17日:クリントン大統領就任記念コンサートに出演。
2月5日〜25日:アイルランドのダブリンからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アイルランド、イギリス、オランダ、ドイツ、ルクセンブルク、フランス)
4月12日〜27日:ケンタッキー州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部)
4月28日:ウィリー・ネルソンの50歳の誕生日を祝うTV番組『ザ・ビッグ・シックス・オー』のビデオ収録。
5月:『奇妙な世界に(ワールド・ゴーン・ロング)』をレコーディング。
6月12日〜7月17日:ロンドンからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(イギリス、イスラエル、ギリシア、イタリア、フランス、スペイン、アイルランド、ポルトガル、スイス)
8月20日〜10月9日:オレゴン州からサンタナと組んでネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ)
8月23日:ライヴアルバム『30〜アニヴァーサリー・コンサート・セレブレーション』発売
 
《30〜トリビュート・コンサート》
DISC-1
1.ライク・ア・ローリング・ストーン
2.ヒョウ皮のふちなし帽
3.風に吹かれて
4.フット・オブ・プライド
5.戦争の親玉
6.時代は変る
7.悲しきベイブ
8.ホワット・ワズ・イット・ユー・ウォンテッド?
9.今宵はきみと
10.追憶のハイウェイ61
11.セヴン・デイズ
12.女の如く
13.船が入ってくるとき
14.ゴーイン・ノーウェア

DISC-2
1.親指トムのブルースのように
2.見張塔からずっと
3.アイ・シャル・ビー・リリースト
4.くよくよするなよ
5.エモーショナリー・ユアーズ
6.マスターピース
7.アブソリュートリー・スウィート・マリー
8.ライセンス・トゥ・キル
9.雨の日の女
10.ミスター・タンブリン・マン
11.イッツ・オールライト・マ
12.マイ・バック・ペイジズ
13.天国への扉
14.北国の少女
 ディランの38枚目アルバムというよりも、ディランの作品に対するトリビュート・アルバムといったほうがいいだろう。1992年10月16日に、ニューヨークのマディスン・スクエア・ガーデンで多くのアーティストを迎えてディランのレコード・デビュー30周年を祝うコンサートが開催された。そのコンサートのライヴ・アルバムがこれだ。ディラン自身が参加しているのは、DISC-2の〈イッツ・オールライト・マ〉〈マイ・バック・ペイジズ〉〈天国への扉〉〈北国の少女〉の4曲だけ。その他はそれぞれディランと縁の深いアーティストが歌っている。順に列記しておこう。DISC-1の1、2ジョン・メレンキャンプ、3スティーヴィ・ワンダー、4ルー・リード、5エディ・ヴッダー&マイク・マックリーディ(パール・ジャム)、6トレイシー・チャップマン、7ジョニー・キャッシュ&ジューン・カーター、8ウィリー・ネルソン、9クリス・クリストファスン、10ジョニー・ウィンター、11ロン・ウッド、12リッチー・ヘイヴンス、13クランシー・ブラザーズ&トミー・メイケム、14メアリー・チェイピン・カーペンター&ロザンヌ・キャッシュ&ショーン・カルヴィン、DISC-2の1、2ニール・ヤング、3クリッシー・ハインド、4エリック・クラプトン、5オージェイズ、6ザ・バンド、7ジョージ・ハリスン、8、9トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ、10ロジャー・マッギン&トム・ペティ。なお、このコンサートはビデオでも発売されている。
10月26日:『奇妙な世界に(ワールド・ゴーン・ロング)』発売
 
《奇妙な世界に》
1.奇妙な世界に
2.ラヴ・ヘンリー
3.ラグド&ダーティ
4.ブラッド・イン・マイ・アイズ
5.壊れた機関車
6.デリア 7.スタッカ・リー
8.二人の兵士
9.ジャッカ・ロウ
10.孤独な巡礼
 39枚目のこのアルバムは、1992年の《グッド・アズ・アイ・ビーン・トゥ・ユー》の第2作というべき作品。つまり、ブルースやトラディショナル曲を中心に、ディランがギター1本で、すべて1回のテイクで完成させたという。このアルバムでも、いかにディランがすぐれたブルースシンガー、アコースティック・ギターの名手であるかがわかる。〈ブラッド・イン・マイ・アイズ〉のロンドンの街を歩くディランを移したビデオクリップがつくられた。グラミー賞(ベスト・フォーク・アルバム賞)受賞。
11月16、17日:ニューヨークのサパークラブでビデオ収録のためのコンサート。
11月19日:『レイト・ショウ・ウィズ・デヴィッド・レターマン』に出演。
 
2月5日〜26日:仙台からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(仙台、横浜、東京、名古屋、大阪、小倉、広島、浦和、マレーシア、シンガポール、香港)
3月23日:ロサンゼルスのユニヴァーサルアンフィシアターで開かれた『ザ・リズム&ブルース・コンサート』に出演。
4月5日〜5月8日:イリノイ州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ中西部、南部)
5月9〜11日:メンフィスでレコーディング。
5月20日〜22 日:奈良の東大寺で開かれた『あおによし〜ザ・グレート・ミュージック・エクスピアリアンス94』に出演。ニュー東京フィルハーモニック・オーケストラをバックに歌う。この模様は全世界50か国にTV中継された。
7月3日〜25日:パリからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(フランス、イタリア、ドイツ、オーストリア、チェコ、ポーランド)
8月10日〜29日:メイン州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部)
8月14日:『ウッドストック94』に出演。
8月23日:ディランが歌う「ユー・ビロング・トゥ・ミー」を収録した映画『ナチュラル・ボーン・キラー』のサウンドトラック盤発売。
10月1日〜11月13日:ニューヨーク州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部、南部)
10月17日:マディソン・スクエア・ガーデンのグレイトフル・デッドのコンサートに飛び入り出演。
11月9日:ディランの画集『Drawn Blank 』発売。
11月15日:『ボブ・ディラン・グレイテスト・ヒット第3集』発売
 
《グレイテスト・ヒット第3集》
1.ブルーにこんがらがって
2.チェンジング・オブ・ザ・ガード
3.ザ・グルームズ・スティル・ウェイティング・アット・ジ・オルター
4.ハリケーン
5.いつまでも若く
6.ジョーカーマン
7.ディグニティ
8.シルヴィオ
9.鐘を鳴らせ
10.ガッタ・サーヴ・サムバディ
11.夢のつづき
12.ブラウンズヴィル・ガール
13.アンダー・ザ・レッド・スカイ
14.天国への扉
 40枚目のアルバムは、70年代以降の代表曲を集めた作品。このアルバムの価値は、ディラン自身が選曲したことと、〈ディグニティ〉が収録されていることだ。この曲は1989年の《オー・マーシー》のレコーディング・セッションで録音されたものをブランダン・オブライエンが手を加えて完成させ、このアルバムで初めて発表された。当時、どうしてアルバムに収録しなかったか理解できないほど、すばらしい作品だ。なお、アメリカではビデオクリップ、歌詞、ライナーノーツ、バイオグラフィーなどを収録したCDプラス盤も発売された。
11月17、18日:ニューヨークのソニースタジオで『MTVアンプラグド』のビデオ収録。ジョン・ジャクソン(ギター)、バッキー・バクスター(ペダルスティール)、ウィンストン・ワトソン(ドラムズ)、トニー・ガーニエ(ベース)の4人のツアーバンドに加え、ブレンダン・オブライエン(キーボード)も参加。
12月14日:MTVで『ボブ・ディラン・アンプラグド』放映。
 
2月7日:CD−ROM『ハイウェイ61インタラクティヴ』発売。
3月1日:『奇妙な世界に(ワールド・ゴーン・ロング)』でグラミー賞『ベスト・トラディショナル・フォーク・アルバム』を受賞。
3月11日〜4月11日:チェコのプラハからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(チェコ、ドイツ、オランダ、フランス、ベルギー、イギリス、アイルランド)
4月25日:ライヴアルバム『MTVアンプラグド』発売
 
《MTVアンプラグド》
1.トゥームストーン・ブルース
2.シューティング・スター
3.見張塔からずっと
4.時代は変る
5.ジョン・ブラウン
6.廃墟の街
7.雨の日の女
8.ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット
9.ディグニティ
10.天国への扉
11.ライク・ア・ローリング・ストーン
12.神が味方
 41枚目のアルバムは、ディランが1988年にスタートさせたネヴァーエンディング・ツアーのバックバンドにブレンダン・オブライエン(キーボード)を加えた編成で『MTVアンプラグド』に出演したときのライヴ。したがって、アンプラグドといってもバンド編成は通 常のコンサートと変わらないため、全曲ロック色の濃い仕上がりになっている。最近のディランを知るには、恰好のライヴ盤だ。なお、このコンサートの模様はビデオでも発売されている。
5月10日〜6月7日:カリフォルニア州サンディエゴからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ西部)
6月15日〜25日:ヴァーモント州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメカ東部)
6月29日〜7月30日:ノルウェイのオスロからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(ノルウェイ、デンマーク、ドイツ、イギリス、スペイン、フランス、スイス)
8月9日:ジェリー・ガルシア死去。ディランは葬儀に出席。
9月2日:オハイオ州クリーヴランドで『ロックンロール・ホール・オブ・フェイム』創設記念コンサートに出演。
9月23日〜11月11日:フロリダ州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部)
10月24日:CDプラス版『ボブ・ディラン・グレイテスト・ヒット第3集』発売。
11月19日:ロサンゼルスのシュラインオーディトリアムで開かれた『フランク・シナトラ80歳誕生日トリビュート』に出演。
12月7〜17日:パティ・スミスと組んだ『パラダイス・ロスト・ツアー』。(アメリカ東部)
 
1月:「リング・オブ・ファイアー」をレコーディング。
2月2日:フェニックスのビルトモア・ホテル・パヴィリオンで野村證券のプライベートコンサートに出演。
4月13日〜5月18日:ニュージャージー州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部)
6月15日〜7月27日:デンマークからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(デンマーク、ドイツ、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、イギリス、イタリア、オーストリア、ノルウェイ、フィンランド、スウェーデン)
8月3、4日:ジョージア州アトランタの『ハウス・オブ・ブルース』でコンサート。
8月:サウンドトラック盤『フィーリング・ミネソタ』発売。
9月28日:ノーベル文学賞の正式候補となる。
10月17日〜11月23日:カリフォルニア州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ西南部)ドラムズがデヴィッド・ケンパーに代わる。
 
1月13〜28日:マイアミのクライテリアスタジオで『タイム・アウト・オブ・マインド』をレコーディング。
2月9日〜24日:東京からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(東京、倉敷、福岡、名古屋、大阪、仙台、秋田、札幌)バンドは、ジョン・ジャクソン(g)、ラリー・キャンベル(g)、バッキー・バクスター(g)、トニー・ガーニエ(b)、デヴィッド・ケンパー(d)。
3月31日〜5月3日:カナダのニューファウンドランドからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(カナダ、アメリカ東部)。ギターがジョン・ジャクソンからラリー・キャンベルに代わる。
4月5日:アレン・ギンズバーグ死去。
5月22日:ビバリーヒルズのヒルトンホテルで開かれたチャリティショウに出演。
5月25日:ロサンゼルスの病院に入院。6月2日に退院。
6月2日:『ザ・ベスト・オブ・ボブ・ディラン』発売
 
《ザ・ベスト・オブ・ボブ・ディラン》
1.風に吹かれて
2.時代は変わる
3.くよくよするなよ
4.ミスター・タンブリン・マン
5.ライク・ア・ローリング・ストーン
6.女の如く
7.見張塔からずっと
8.レイ・レディ・レイ
9.アイ・シャル・ビー・リリースト
10.イフ・ナット・フォア・ユー
11.天国への扉
12.いつまでも若く
13.ブルーにこんがらがって
14.オー、シスター
15.ガッタ・サーヴ・サムバディ
16.ジョーカーマン
17.エブリシング・イズ・ブロークン
18.嵐からの隠れ場所
 このベスト盤はヨーロッパで企画されたもので、アメリカでは発売されていない。1963年のアルバム《フリーホイーリン・ボブ・ディラン》から1989年の《オー・マーシー》まで37年間にディランが発表したアルバムのなかから代表的な18曲が選ばれている。フォーク時代、フォークロック時代、カントリーロック時代、70年代充実期、ゴスペルロック時代、完熟期と様々に変化してきたディランを知るには手頃なアルバムだろう。もっとも、ディランのすべてを1 枚のアルバムで知ろうというのは、かなり無理があると思うが。なお、このアルバムに収録されている〈嵐からの隠れ場所〉はオリジナルとはちがう、トム・クルーズ主演の映画『エージェント』のサウンドトラックに使われた別 ヴァージョンだ。
8月3日〜31日:ニューハンプシャー州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部、中西部)
8月19日:『ソングス・オブ・ジミー・ロジャース:ア・トリビュート』発売。
9月27日:イタリアのボローニャで開かれた『世界聖餐祝賀式』に出演。ローマ法王の前で歌う。
9月30日:『タイム・アウト・オブ・マインド』発売
 
《タイム・アウト・オブ・マインド》
1.ラヴ・シック
2.ダート・ロード・ブルース
3.スタンディング・イン・ザ・ドアウェイ
4.ミリオン・マイルズ
5.トライン・トゥ・ゲット・トゥ・ヘヴン
6.ティル・アイ・フェル・イン・ラヴ・ウィズ・ユー
7.ノット・ダーク・イエット
8.コールド・アイアンズ・バウンド
9.メイク・フィール・マイ・ラヴ
10.キャント・ウェイト
11.ハイランズ
 1990年の《アンダー・ザ・レッド・スカイ》以降、ディランは新曲を書かなかった。しかし、毎年100 回近く世界各地でコンサートを行っていると、若い年齢の観客が増加していることに気づき、若い世代のために新曲を書こうと思ったという。こうして7 年振りに全曲新曲によるアルバムが発表された。《オー・マーシー》と同じ、ラノワを再びプロデューサーに起用して生まれたこのアルバムは、《血の轍》に勝とも劣らない傑作だ。全44枚のなかでも最高の1 枚と断言できる。11曲とも完成度の高い内容で、ディランの表現力もみごとだ。サウンドも緻密、かつ大胆だ。とくに16分におよぶ大作〈ハイランズ〉は圧巻。グラミー賞(最優秀アルバム賞)受賞。
10月1日〜5日:イギリスでネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。
10月24日〜11月14日:ミシシッピ州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部)
11月30日:ラルフ・スタンリーとレコーディング。
12月1日〜20日:ジョージア州アトランタから『クラブ・ツアー』をはじめる。(アトランタ、ワシントンDC、ニューヨーク、フィラデルフィア、シカゴ、ロサンゼルスの6都市で1000人前後の小さなクラブで歌う)
12月7日:ホワイトハウスで『ケネディ・センター・オナーズ・ライフタイム・アチーヴメント・アワード』受賞。
 
1月13日〜2月22日:コネチカット州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部、1月はヴァン・モリソンと組んでツアーする)バンドからギターのジョン・ジャクソンが抜ける。
2月25日:グラミー賞で『年間最優秀アルバム賞』『最優秀コンテンポラリーフォーク・アルバム賞』『最優秀男性ロックヴォーカル賞』を受賞。
3月30日〜4月15日:フロリダ州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(フロリダ州、アルゼンチン、ブラジル、チリ。南米ではローリング・ストーンズのオープニングをつとめる)
5月13日〜23日:ヴァン・モリソン、ジョニ・ミッチェルと組んでワシントン州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ西部)
5月19日:ディランも参加したラルフ・スタンリー&フレンズのアルバム『クリンチ・マウンテン・カントリー』発売。
5月30日〜7月12日:ドイツからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(ドイツ、スウェーデン、ノルウェイ、デンマーク、オランダ、ベルギー、イギリス、フランス、スイス、オーストリア、イタリア、スペイン)
8月19日〜9月12日:オーストラリアからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(オーストラリア、ニュージーランド)
9月17日〜27日:ハワイからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ西部)
10月13日:『ボブ・ディラン/ロイヤル・アルバート・ホール』発売
 
《ボブ・ディラン/ロイヤル・アルバート・ホール》
DISC-1
1.シー・ビロングス・トゥ・ミー
2.フォース・タイム・アラウンド
3.ジョアンナのヴィジョン
4.イッツ・オール・オーバー・ナウ
5.廃墟の街
6.女の如く
7.ミスター・タンブリン・マン

DISC-2
1.テル・ミー・ママ
2.アイ・ドント・ビリーヴ・ユー
3.連れてってよ
4.親指トムのブルースのように
5.ヒョウ皮のふちなし帽
6.いつもの朝に
7.やせっぽちのバラッド
8.ライク・ア・ローリング・ストーン
 うれしいことに、CD時代になってから古い録音テープが先端技術によってすばらしい音に再生され、次々に発表されるようになった。CDとなって発表された数々の貴重な音源のなかでも最も興奮させられるのが、このライヴアルバムだろう。フォークからフォークロックに移行したディランは、1965〜66年にホークスをバックに各地で論争を巻き起こしたワールドツアーを行った。このアルバムは、66年5 月17日、マンチェスターのコンサートをそのまま完全録音したものだ。緊張感が漂う前半のアコースティック、聴衆の野次とそれに応えるディランなど異様な雰囲気の後半のエレクトリックと、当時のディランのステージが見事に再現されている。ロック史上最高のライヴ。
10月15日〜11月7日:カナダからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(カナダ、アメリカ中西部、東部)
10月31日:ニューヨークでジョーン・オズボーンとレコーディング。
 
1月26日〜3月2日:フロリダ州からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部、東部、中西部)
4月:新曲「シングス・ハヴ・チェンジド」をレコーディング。
4月6日:『ジョニー・キャッシュ・トリビュート・ショウ』のビデオ収録。
4月7日〜5月2日:ポルトガルのリスボンからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(ポルトガル、スペイン、フランス、スイス、オーストリア、ドイツ)
6月5日〜7月31日:ポール・サイモンと組んで、コロラド州デンヴァーからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(南部を除くアメリカ全土)。バッキー・バクスター(ペダルスティール)に代わって、チャーリー・セクストン(ギター)が加入。
6月30日:ニューヨークのマディソンスクエア・ガーデンで開かれた『エリック・クラプトン&フレンズ・トゥ・ベネフィット・クロスローズ・センター・アンティグア』に出演。
9月2日〜18日:ポール・サイモンと組んで、フロリダ州デンからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部)
10月12日:TVドラマ『ダーマ&グレッグ』にゲスト出演。
10月26日〜11月20日:フィル・レッシュ&フレンズと組んで、シカゴからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ中西部、東部)
12月9日:リック・ダンコ死去。
 
1月7日: DVD『ドント・ルック・バック』発売。
1月27日:母親ビアトリス・ラットマン死去。
2月15日:ディランの新曲「タイム・ハヴ・チェンジド」を収録したサウンドトラック『ワンダー・ボーイズ』発売。
2月23日:ロサンゼルスのステープルズセンターで開かれた『グラミー賞授賞式』にローリン・ヒルとプレゼンターとして出席。
3月10日〜4月6日:アナハイムからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ西部、中西部)
5月6日〜31日:スイスのチューリッヒからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(スイス、ドイツ、スウェーデン、フィンランド、ノルウェイ、デンマーク、イタリア)
5月8日:『ベスト・オブ・ボブ・ディラン第2集』発売。
 
《ベスト・オブ・ボブ・ディランVol. 2》
1. シングス・ハヴ・チェンジド
2. 激しい雨が降る
3. 悲しきベイブ
4. サブタレニアン・ホームシック・ブルース
5. 寂しき4番街
6. 追憶のハイウェイ61
7. 雨の日の女
8. アイ・ウォント・ユー
9. アイル・ビー・ユア・ベイビイ・トゥナイト
10. マイティ・クイン
11. 運命のひとひねり
12. ハリケーン
13. チェンジング・オブ・ザ・ガード
14. ライセンス・トゥ・キル
15. シルヴィオ
16. ディグニティ
17. ノット・ダーク・イエット
<日本のみのボーナス・トラック>
18. いつまでも若く
 アメリカでは発売されていないヨーロッパで企画されたベストアルバムの第2集。映画『ワンダー・ボーイズ』のために書きおろした新曲「シングス・ハヴ・チェンジド」が収録されているのがうれしい。また、アップルのTVコマーシャルソングに使われた「いつまでも若く」(『バイオグラフ』にのみ収録されているデモヴァージョン)が、日本版のみボーナス・トラックとして追加されているので、貴重盤でもある。長いディランの活動のすべてを1枚ですませるのは無理だが、入門用と考えると便利なアルバムだ。
5月15日:スウェーデンのストックホルムで音楽のノーベル賞といわれる『ポーラー・ミュージック・プライズ』授賞式に出席。スウェーデン国王より授与される。
6月16日〜7月30日:オレゴン州ポートランドから、フィル・レッシュ&フレンズと組んでネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ、カナダ)
8月8日: グレイトフル・デッド・トリビュート・アルバム『ストーン・ローゼズ』発売。ディランの「フレンズ・オブ・ザ・デヴィル」収録。
8月:サウンドトラック『ザ・バラッド・オブ・ランブリン・ジャック・エリオット』発売。ディランの「アクニ」(1961年)収録。
8月22日:『ザ・ベスト・オブ・ブロードサイド1962ー1988』発売。ディランの「ザ・バラッド・オブ・ドナルド・ホワイト」(1963年)収録。
9月13日〜10月6日:アイルランドのダブリンからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アイルランド、イギリス、オランダ、ドイツ、ベルギー、フランス)
10月29日〜11月19日:ウィスコンシン州マディソンからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ中部、北東部)
10月31日:『エッセンシャル・ボブ・ディラン』発売。
 
《THE ESSENTIAL BOB DYLAN 》
 ヨーロッパで編集された『ベスト・オブ・ボブ・ディランVol. 1』と『ベスト・オブ・ボブ・ディラン vol.2』を曲目、曲順を変えて2枚組にしたUS編集の2枚組ベスト盤。
12月:ディーン・マーティンのヒット曲「リターン・トゥ・ミー」をTVドラマ『ソプラノズ』のサウンドトラックのためにレコーディング。めずらしく、一部の歌詞をイタリア語で歌っている。
 
1月3日: 「シングズ・ハヴ・チェンジド」がグラミー賞にノミネートされる。
1月: ディランの「見張塔からずっと」のリミックスヴァージョンを収録したファンクスター・デラックスのアルバム『キープ・オン・ムーヴィング』発売。
1月21日: 「シングズ・ハヴ・チェンジド」がゴールデン・グローブ賞を受賞。授賞式に出席したディランはスピーチをした。
2月9日: ギブソン・ギター・アワードで「ベスト・アコースティック・ギタリスト」にノミネートされる。
1月21日: ロサンゼルスのビヴァリー・ヒルトンホテルで開かれたゴールデン・グローヴ・アワード授賞式に出席。「シングズ・ハヴ・チェンジド」がベスト・オリジナル・ソング賞を受賞。
2月11日: ボブとジェイコブ・ディランがロサンゼルス・フォーラムでエルトン・ジョン&ビリー・ジョエルのコンサートを見る。
2月13日: 「シングズ・ハヴ・チェンジド」がアカデミー賞にノミネートされる。
2月28日: 『ボブ・ディラン・ライヴ! 1961-2000 〜39イヤーズ・オブ・グレート・コンサート・パフォーマンス』発売。
 
《ボブ・ディラン・ライヴ! 1961-2000 〜39イヤーズ・オブ・グレート・コンサート・パフォーマンス》
1. サムバディ・タッチド・ミー
2. ウェイド・イン・ザ・ウォーター
3. ハンサム・モーリ−
4. ラモーナに
5. アイ・ドント・ビリーヴ・ユー
6. グランド・クーリ−・ダム
7. 天国への扉
8. 悲しきベイブ
9. 嵐からの隠れ場所
10. デッド・マン、デッド・マン
11. スロー・トレイン
12. ディグニティ
13. コールド・アイアンズ・バウンド
14. ボーン・イン・タイム
15. カントリー・パイ
16. シングス・ハヴ・チェンジド
 ディランの21世紀最初のツアーとなった日本公演にあわせて日本で企画された特別 ライヴアルバム。収録された16曲のうち11曲が初めて発表された、あるいは他のアルバムには収録されていない貴重な音源となっている。正式デビューする前の1961年から、2000年の最新ライヴまで、さまざまに変わりつづけてきたディランの長い道のりを1枚のライヴアルバムで楽しめるのは最高だ。ローリング・ストーン誌のアルバム評は星4個半の評価をつけて絶賛した。
2月25日〜3月31日: 大宮からネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(大宮、仙台、秋田、横浜、東京、大阪、福岡、広島、名古屋、浜松、東京、3月18日からオーストラリア)
3月25日: 「シングズ・ハヴ・チェンジド」でアカデミー賞受賞。ディランはシドニーから衛生中継で出演、演奏とスピーチをおこなった。
4月18日〜5月6日: コロラド州ボルダーからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部)
5月8日: ディランの「リターン・トゥ・ミー」を収録したサウンドトラック『ザ・ソプラノズ/ペッパーズ&エッグズ』発売。ディランの「堤防決壊」を収録したザ・バンドのアルバム『ロック・オブ・エイジズ』「発売。
5月9〜26日: ニューヨークのスタジオでニューアルバムの録音。1日1曲のペースで2週間ほどで終了。
5月12日: ニューヨークのマディスン・スクエア・ガーデンでボクシングのミドルウェイト級タイトルマッチを見る。
5月24日: 60歳の誕生日。
5月24日: デュルースのディランの生家がインターネットオークションで売りに出される。
6月5日: フィラデルフィアのラサール大学図書館にディラン・コレクションが創設される。過去には、シェイクスピア、ホーマーのコレクションを所有しているが、現代作家ではディランが初めて。
6月24日〜7月28日: ノルウェイからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(ノルウェイ、スウェーデン、デンマーク、ドイツ、スイス、イタリア、イギリス、アイルランド)
7月16日: ニューアルバム『ラヴ・アンド・セフト』の詳細がUSA TODAY に掲載される。
7月23日: ローマのホテル・デ・ラ・ヴィラでヨーロッパ各国のために記者会見をおこなう。
8月10日〜25日: アイオワ州デモインからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ中西部)
9月:『タイムレス:ハンク・ウィリアムス・トリビュート・アルバム』発売。ディランの「アイ・キャント・ゲット・ユー・オフ・オブ・マイ・マインド」収録。
9月11日: アメリカで同時多発テロが起きる。『 ラヴ・アンド・セフト 』発売。
 
《ラヴ・アンド・セフト》
1. トゥイードル・ディー&トゥイードル・ダム
2. ミシシッピ
3. サマー・デイズ
4. バイ・アンド・バイ
5. ロンサム・デイ・ブルース
6. フローター(トゥ・マッチ・トゥ・アスク)
7. ハイ・ウォーター(フォー・チャーリー・パットン)
8. ムーン・ライト
9. オネスト・ウイズ・ミー
10. ポー・ボーイ
11. クライ・ア・ホワイル
12. シュガー・ベイビー
 21世紀になって初めて発売されたスタジオ録音ニューアルバム。つねに前人未踏の新しい世界を開拓してきたディランが、またもや世界じゅうのファンを驚かせる傑作を生んだ。ロック、ブルース、フォークといったいままでのジャンルを越え、まさにアメリカン・ポピュラー・ミュージックのあらゆる要素を感じさせるヴァラエティ豊かな12曲の新作が収録されている。60歳を迎えたディランが、いままでのさまざまな経験をもとに『メニー・サイズ・オブ・ボブ・ディラン』とタイトルしてもいいようなすばらしい内容のアルバムを生みだした。またしてもディランの作品のなかに1枚の傑作が加わった。
9月25日: カリフォルニア州サンタモニカのホテルでローリング・ストーン誌のインタヴューを受ける。 ハンク・ウィリアムズ・トリビュート・アルバム『タイムレス』が発売される。このなかでディランは「アイ・キャント・ゲット・ユー・オフ・オブ・マイ・マインド」 を歌っている。ディラン以外にはベック、キース・リチャーズ、エミルウ・ハリス、ルシンダ・ウィリアムズ、シェリル・クロウ、トム・ペティ、ジョニ・キャッシュなどが参加している。
10月5日〜11月24日: ワシントン州スポケインからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。アリーナ規模の会場を中心に全米とカナダをまわった。
10月16日:ディランの「ア・レッド・キャデラック・アンド・ア・ブラック・ムスタッシュ」を収録したCD『グッド・ロッキン・トゥナイト:ザ・レガシー・オブ・サン・レコーズ』発売。
11月:ディランの「ロール・オン・ジョン」を収録したCD『ゼア・イズ・ノー・アイ:ミュージック・フォー・フォトグラフス』発売。
11月19日: ディランが参加した「インターフィア」「キング・オブ・キングズ」を収録したロニー・ウッドのCD『ノット・フォー・ビギナーズ』発売。
11月29日: ジョージ・ハリスン死去。
 
1月31日〜2月24日: フロリダ州オーランドからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部) ドラムがジョージ・リセリに代わる。
2月27日: ロサンゼルスのステイプル・センターで開かれた44回グラミー賞授賞式に出席。「クライ・ア・ホワイル」を歌った。
3月4日:ロサンゼルスでメイヴィス・ステイプルズと「ゴナ・チェンジ・マイ・ウェイ・オビ・シンキング」をレコーディング。新曲「ウェイティング・フォー・ユー」もこのときに録音したと思われる。
3月19日:ディランの「マン・オブ・ピース」を収録したグレイトフル・デッドのCD『ポストカーズ・オブ・ザ・ハンギング:ザ・グレイトフル・デッド・プレイ・ザ・ミュージック・オブ・ボブ・ディラン』発売。
4月5日〜5月12日: スウェーデンのストックホルムからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(スウェーデン、ノルウェイ、デンマーク、ドイツ、イタリア、スイス、オーストリア、フランス、ベルギー、オランダ、イギリス)ジム・ケルトナーが 病気のジョージ・リセリの代役を務める。
4月16日: ディランの「ヘイゼル」を追加収録したザ・バンドのCDボックスセット『ザ・ラスト・ワルツ』発売。
5月28日: ディランの新曲「ウェイティン・フォー・ユーを」収録したサウンドトラック『ヤーヤー・シスターの聖なる秘密』発売。
7月2日:ロサンゼルスで映画『ディランの頭のなか』の撮影がはじまる。
7月18日:映画『ディランの頭のなか』のためのコンサートがカリフォルニア州キャノガパークのレイアート・スタジオでおこなわれる。ドラムにはジョージ・リセリが復帰。
8月2日〜9月1日: マサチューセッツ州ウースターからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部&中西部、カナダ)
8月3日: 37年ぶりにニューポート・フォーク・フェスティヴァルに出演。
9月24日: ディランの「トレイン・オブ・ラヴ」を収録したCD『キンドレッド・スピリッツ:ア・トリビュート・トゥ・ザ・ソングズ・オブ・ジョニー・キャッシュ』発売。
10月4日〜11月22日: ワシントン州シアトルからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ全域。このときから、ディランはギターを弾かず、キーボードに専念する)
11月19日:ディランの「天国への扉」(少女コーラスがオーヴァーダブされたヴァージョン)を収録したCD『ヴォイシズ・オブ・ホープ:セベラ・ファウンデーション』発売。
11月22日:ヴァージニア州リッチモンドのハリウッド墓地で新曲「クロス・ザ・グリーン・マウンテン」のプロモーションビデオを撮影。
11月26日:ブートレッグ・シリーズ第5集『ボブ・ディラン・ライヴ1975:ローリング・サンダー・レヴュー』発売。
 
《ボブ・ディラン・ライヴ1975:ローリング・サンダー・レヴュー》
DISC-1
1.今宵はきみと
2.悲しきベイブ
3.はげしい雨が降る
4.ハッティ・キャロルの寂しい死
5.ドゥランゴのロマンス
6.イシス
7.ミスター・タンブリン・マン
8.運命のひとひねり
9.風に吹かれて
10.ママ、ユー・ビーン・オン・マイ・マインド
11.アイ・シャル・ビー・リリースト
DISC-2
1.イッツ・オール・オーヴァー・ナウ、ベイビー・ブルー
2.ラヴ・マイナス・ゼロ/ノー・リミット
3.ブルーにこんがらがって
4.ザ・ウォーター・イズ・ワイド
5.悲しみは果てしなく
6.オー、シスター
7.ハリケーン
8.コーヒーもう一杯
9.サラ
10.女の如く
11.天国への扉
BONUS DVD
1.ブルーにこんがらがって
2.イシス
3.イシス(オーディオのみ)
 現在続行中のネヴァー・エンディング・ツアーの原型と考えられる歴史的ツアー、1975年の『ローリング・サンダー・レヴュー』のライヴアルバム。ディランの最大の魅力である創造性と即興性がみごとに発揮されたステージが、驚くほどすばらしいサウンドでよみがえる。数多いディランのライヴアルバムのなかでもトップ3に入る必聴盤だ。強烈なエネルギーを放出するバックバンドに駆り立てられるように、ディランは鬼気せまるヴォーカルを聞かせてくれる。1976年第2期ローリング・サンダー・レヴューのライヴアルバム、『激しい雨』も同時に聞くといい。
 
1月16〜26日: サンダンス・フィルム・フェスティヴァル開催。ディランが主演した映画『ボブ・ディランの頭のなか(マスクド・アンド・アノニマス)』が22日に金髪のカツラをつけたディランも出席してプレミア上映される。
1月21日:ブルースの権威あるW・C・ハンディ・アワードにディランの「ステップチャイルド」がノミネートされる。
2月4日: ディランの新曲「クロス・ザ・グリーン・マウンテン」を収録したサウンドトラック『ゴッズ・アンド・ジェネラルズ』発売。
2月8〜26日:オーストラリアのキャンベラからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(オーストラリア、ニュージーランド)バンドからチャーリー・セクストンが抜け、ビリー・バーネットが加入。
3月21日:ミュージカル『 フォーエヴァー・ヤング:ザ・ミュージック・オブ・ボブ・ディラン』がサンフランシスコで開幕。
4月:『ガッタ・サーヴ・サムバディ:ゴスペル・ソングス・オブ・ボブ・ディラン』発売。
4月11日:『レット・フリーダム・シング:ジス・ランド・イズ・ユア・ランド』発売。ディランの「イェ・プレイボーイズ・アンド・プレイガールズ」(1963年)収録。
4月18日〜5月18日:テキサス州ダラスからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部)バンドからビリー・バーネットが抜け、フレディ・コエラが加入。
7月12日〜8月23日:コロラド州ウィンターパークからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。7月29日〜8月8日はザ・デッドとジョイントコンサート。(アメリカ中部、東部)
7月22日:サウンドトラック『ディランの頭のなか』発売。
 
《ディランの頭のなか》
1. マイ・バック・ページ(真心ブラザーズ)
2. ガッタ・サーヴ・サムバディ(シャーリー・シーザー)
3. ダウン・イン・ザ・フラッド(堤防決壊)(ボブ・ディラン)
4. イッツ・オール・オーヴァー・ナウ,ベイビー・ブルー(グレイトフル・デッド)
5. モスト・オブ・ザ・タイム(ソフィー・セルマーニ)
6. こんな夜に(ロス・ロボス)
7. ダイアモンド・ジョー(ボブ・ディラン)
8. ライク・ア・ローリング・ストーン(アルティコロ・トレントゥーノ)
9. コーヒーもう一杯(セルタブ・エレネル)
10. 彼女にあったら,よろしくと(フランチェスコ・デ・グレゴーリ)
11. ディキシー(ボブ・ディラン)
12. セニョール(ジェリー・ガルシア・バンド)
13. コールド・アイアンズ・バウンド(ボブ・ディラン)
14. シティ・オブ・ゴールド(デキシー・ハミングバーズ)
7月25日:ニューヨーク、ロサンゼルスで『ボブ・ディランの頭のなか』公開。
9月12日:ジョニー・キャッシュ死去。
9月:ディランのアルバム15タイトルがSACDで発売される。
10月9日〜11月25日:フィンランドのヘルシンキからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(フィンランド、スウェーデン、ノルウェイ、デンマーク、ドイツ、チェコ、ハンガリー、オーストリア、イタリア、スイス、オランダ、ベルギー、フランス、イギリス、アイルランド)
 
2月28日〜4月14日:オクラホマ州タルサからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ中部、南部、東部、カナダ)4月4日まではリッチー・ヘイワードが加わり、ダブルドラムのバンド構成。
3月:高級ランジェリーで有名なヴィクトリアズ・シークレットのTVコマーシャルに出演。撮影はイタリアのヴェニスでおこなわれた。共演したモデルは、アドリアーノ・リマ。
3月30日:ブートレッグ・シリーズ第6集『ボブ・ディラン・ライヴ1964:アット・フィルハーモニック・ホール』発売。
 
《ボブ・ディラン・ライヴ1964:アット・フィルハーモニック・ホール》
Disc -1
1.時代は変る
2.スパニッシュ・ハーレム・インシデント
3.ジョン・バーチ・パラノイド・ブルース
4.ラモーナに
5.デイヴィー・ムーアを殺したのは誰?
6.エデンの門
7.出いくのなら
8.イッツ・オールライト・マ
9.アイ・ドント・ビリーヴ・ユウ
10.ミスター・タンブリン・マン
11.はげしい雨が降る

Disc -2
1.第3次世界対戦を語るブルース
2.くよくよするなよ
3.ハッティ・キャロルの寂しい死
4.ママ、ユー・ビーン・オン・マイ・マインド
5.銀の剣
6.神が味方
7.悲しきベイブ
8.オール・アイ・リアリー・ウォント
5月5日:ロサンゼルスのウィルターン劇場で開かれた「ウィリー・ネルソン&フレンズ:アウトロ−ズ&エンジェルズ」に出演し、ネルソンと1曲デュエットする。この模様は5月31日に全米でテレビ放映された。
6月4〜11日:ニューハンプシャー州ギルフォードからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部)ギターがフレディ・コエラからスチュ・キンボールに代わる。
6月2日: みうらじゅん氏選曲、ジャケット・デザインによる『アイデン&ティティ』発売
 
《アイデン&ティティ》
1. マギーズ・ファーム
2. 愚かな風
3. イフ・ドッグズ・ラン・フリー
4. アイ・スリュー・イット・オール・アウェイ
5. サブタレニアン・ホームシック・ブルース
6. ライク・ア・ローリング・ストーン
7. いつもの朝に
8. 時代は変わる
9. フランキー・リーとジュダス・プリーストのバラッド
10. 嵐からの隠れ場所
11. 悲しきベイブ
12. 我が道を行く
13. 雨のバケツ
14. フット・オブ・プライド
15. 明日は遠く
16. イッツ・オール・オーバー・ナウ
17. ウディに捧げる歌
18. アイ・スリュー・イット・オール・アウェイ
6月7日:ニューヨークのアポロ劇場で開かれた「ジャズ・アット・リンカーン・センター・ベネフィット・コンサート」に出演、ウィントン・マルサリス・セプテットをバックに2曲歌う。
6月11日:ボナルー・フェスティヴァルに出演。
6月18日〜7月18日:アイルランドのカーディフからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アイルランド、イギリス、ドイツ、イタリア、フランス、スペイン、ポルトガル)
6月23日:セントアンドリューズ大学から名誉博士号を授与される。ディランは大学のガウンを着て授与式に出席した。
8月4日〜9月4日:ニューヨーク州ポーキープシーからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(ウィリー・ネルソンと組んでアメリカ東部、中部の野球場を回る)
10月:初めての自叙伝『ボブ・ディラン自伝Chronicles, Volume One』を出版。日本語版はソフトバンク・クリエイティブが2005年に出版。
10月19日:『エンジョイ・エヴリー・サンドイッチ:ザ・ソングス・オブ・ウォーレン・ジーヴォン』発売。ディランの「ミューティナー」(2002年)収録。
10月13日〜11月21日:カリフォルニア州サンフランシスコからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ西部、南部、東部)(10月14日ギターを90秒間演奏)
11月20日:『ボブ・ディランズ・アメリカン・ジャーニー1956ー1966』がシアトルのEMPでオープン。2006年4月まで継続公開される。
12月5日:19年ぶりとなるテレビインタビューがCBSの『60ミニッツ』で放送される。
 
1月:『ボブ・ディラン自伝』が全米書評家賞にノミネートされる。
3月7日〜4月30日:ワシントン州シアトルからマール・ハガードと組んでネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ西部、中部、東部)長年ギタリストを務めたラリー・キャンベルが抜ける。バンドは、デニー・フリーマン(g)、トニー・ガーニエ(b)、ドニー・ヘロン(g)、スチュ・キンボール(g)、ジョージ・リセリ(d)の構成となる。
4月5日:『ボナルー・ミュージック・フェスティヴァル2004』発売。ディランの「入り江に沿って」(2004年)収録。
5月25日〜7月12日:フロリダ州フォートマイヤーズからウィリー・ネルソンと組んでネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ南部、東部、中部)
7月16日:ワシントン州シアトルで開催されたアマゾン・ドット・コム10周年記念特別コンサートにディランが出演、この模様はインターネットで全世界に配信された。
7月17〜31日:カナダのヴィクトリアからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(カナダ、アメリカ中西部)
8月30日:ブートレッグ・シリーズ第7集『ボブ・ディラン:ノー・ディレクション・ホーム:サウンドトラック』発売。
 
《ボブ・ディラン:ノー・ディレクション・ホーム:サウンドトラック》
Disc -1
1.ホエン・アイ・ガット・トラブルズ
2.ランブラー、ギャンブラー
3.わが祖国
4.ウディに捧げる歌
5.ディンクス・ソング
6.アイ・ウォズ・ヤング・ホエン・アイ・レフト・ホーム
7.サリー・ギャル
8.くよくよするなよ
9.いつも悲しむ男
10.風に吹かれて
11.戦争の親玉
12.はげしい雨が降る
13.船が入ってくるとき
14.ミスター・タンブリン・マン
15.自由の鐘 Chimes of Freedom
16.イッツ・オール・オーヴァー・ナウ・ベイビー・ブルー

Disc -2
1.シー・ビロングズ・トゥ・ミー
2.マギーズ・ファーム
3.悲しみは果てしなく
4.トゥームストーン・ブルース
5.親指トムのブルースのように
6.廃墟の街
7.追憶のハイウェイ61
8.ヒョウ皮のふちなし帽
9.メンフィス・ブルース・アゲイン
10.ジョアンナのヴィジョン
11.やせぽっちのバラッド
12.ライク・ア・ローリング・ストーン
8月30日:スターバックスがディランのCD『ボブ・ディランズ・コンサート・アット・ギャスライト・クラブ、ニューヨーク1962』を発売。
9月13日:『ボブ・ディラン・スクラップブック1956−66』発売。日本語版はソフトバンク・クリエイティブが出版。
9月20日:DVD『ノー・ディレクション・ホーム』発売。日本版はパラマウント・ホーム_エンターテインメントが2006年6月に発売。
9月26−27日:マーティン・スコセッシ監督のドキュメント映画『ノー・ディレクション・ホーム』が全米でテレビ放送される。
10月11日:ディランの新曲「テル・オール・ビル」を収録したサウンドトラック『スタンドアップ(ノース・カントリー)』発売。
10月17日〜11月27日:スウェーデンのストックホルムからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(スウェーデン、ノルウェイ、デンマーク、ドイツ、オランダ、ベルギー、フランス、チェコ、イタリア、イギリス、アイルランド)
11月15日:DVD『ニューポート・フォーク・フェスティヴァル』発売。1963、64、65年のディランの演奏シーンの一部が収録されている。
 
1月10日:『ザ・ベスト・オブ・ボブ・ディラン』発売(日本未発売)。
1月25日〜3月19日:サンディエゴのオールドグローブ劇場でトワイラ・サープ演出のミュージカル『タイムズ・ゼイ・アー・ア・チェンジン』が公演される。ステージのバンドのギターは、ジョン・ジャクソンが担当。
1月31日〜2月3日:ニューヨーク州ポーキープシーのバーダフォン1869オペラハウス(1000人収容)を借り切り、ツアーバンド(トニー・ガーニエ、ジョージ・リセリ、ドン・ヘロン、スチュ・キンボール、デニー・フリーマン)といっしょに『モダン・タイムズ』用の新曲をリハーサル。
2月上旬:ニューヨークのマンハッタンにあるクリントン・スタジオでレコーディング。
2月7日:DVD『ザ・ゴスペル・ソングス・オブ・ボブ・ディラン』発売。
2月9日:『ノー・ディレクション・ホーム』がグラミー賞で「最優秀長編ミュージックビデオ賞」を受賞。
4月1日〜5月11日:ネヴァダ州リノからマール・ハガードと組んでネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ西部、南部)現在のバンドは、スチュ・キンボール(ギター)、デニー・フリーマン(ギター)、ドニー・ヘロン(ヴァイオリン、ペダルスティール、バンジョー)、トニー・ガーニエ(ベース)、ジョージ・リセリ(ドラム)。ディランはヴォーカルとオルガンに専念。
5月3日:XMサテライトFMでディランが毎週水曜日、1時間の番組『テーマ・タイム・ラジオ・アワー』でDJを務める。
6月上旬:ニューヨークのチェルシーホテルで、厳選された一部のメディア向けにニューアルバムの視聴会が開かれる。
6月:アメリカのペイスト誌の100ベスト・リヴィング・ソングライターの1位にディランが選出される。
6月24日〜7月19日:アイルランドのキルケニーからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アイルランド、イギリス、デンマーク、ドイツ、フランス、スペイン、イタリア、ギリシア)
夏:トッド・ヘインズ監督によるディランの伝記映画『アイム・ノット・ゼア』の撮影がルーマニアではじまる。コリン・ファレル、リチャード・ギア、ジュリアン・ムーア、ケイト・ブランシェット、クリスチャン・ベール、シャーロット・ゲインズブルクなどが出演。
8月:ゲイリー・クーパーのマッドボーンのアルバム『フレッシュ・マッド』にピアノで参加。
8月12日〜9月9日:ミシガン州コムストックパークからネヴァー・デンディング・ツアーをはじめる(アメリカ中西部、東部)。『ザ・ボブ・ディラン・ショー』と銘打ったツアーで、ジミー・ヴォーン、ジュニア・ブラウン、エレナ・ジェイムズ&コンティネンタル・トゥーと組んでマイナーリーグの球場を回った。
8月29日:『モダン・タイムズ』発売。翌週のビルボードのアルバムチャートで初登場1位を記録する。iTuneが800曲を収録するディランのデジタルボックスセット『ザ・コレクション』のダウンロード販売をはじめる。
 
《モダン・タイムズ》
1. サンダー・オン・ザ・マウンテン
2. スピリット・オン・ザ・ウォーター
3. ローリン・アンド・タンブリン
4. ホェン・ザ・ディール・ゴーズダウン
5. サムデイ・ベイビー
6. ワーキングマンズ・ブルース #2
7. ビヨンド・ザ・ホライズン
8. ネティ・ムーア
9. ザ・レヴィーズ・ゴナ・ブレイク
10. エイント・トーキン
9月18日:サウスサンフランシスコで開かれたジネンテック社30周年祝賀式で歌う。
9月25日:ニューヨークのブルックスアトキンスシアターでミュージカル『ザ・タイムズ・ゼイ・アー・チャンジン』のプレミア上演がはじまる。正式開幕は10月26日。
10月11日〜11月20日:カナダのヴァンクーヴァーからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(カナダ、全米)
11月9日:ニューヨークのエイヴリー・フィッシャー・ホールで22人のアーティストが参加したトリビュートコンサート『ミュージック・オブ・ボブ・ディラン』が開かれる。
 
3月:ジェイコブ・ディランの息子が通うカリフォルニア州カラバサスの幼稚園をディランが何度も訪問し、園児たちに歌を歌って聴かせた。家に帰った子供たちは「ギターを持った変なおじさんが歌を歌いに来るよ」と両親に伝えたと言う。
3月27日〜5月5日:スウェーデンのストックホルムからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる(スウェーデン、ノルウェイ、デンマーク、ドイツ、ベルギー、オランダ、イギリス、フランス、スイス、イタリア)。ディランはキーボードに加え、久しぶりにギターも演奏する。
4月:『テーマ・タイム・ラジオ・アワー』の第2シーズンの放送が9月開始と発表される。
4月24日:ディランの新曲「ハックス・チューン」を収録したサウンドトラック『ラッキー・ユー』発売。
5月:クラシックレコーズがディランの『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』の回収前のオリジナル盤のアナログで再発売すると発表。ローリング・ストーン誌40周年記念号にインタヴューが掲載される。
6月12日:新たにボーナストラック、DVDを追加したボックスセット『ザ・トラヴェリング・ウィルベリーズ』発売。
6月13日:スペインの文化勲章にあたるプリンス・オブ・アスチュリアス・アート・アワード受賞。
6月18〜21日:ニューヨーク州ポーキープシーのバーダフォン・オペラハウスでツアーのためのリハーサル。
6月22日〜7月28日:ニュージャージー州アトランティックシティからネヴァー・エンディング・ツアーをはじめる。(アメリカ東部、中部、西部、カナダ)
8月8日〜23日:ニュージーランド、オーストラリアをネヴァー・エンディング・ツアーで回る。
9月16日:オースティン・シティ・リミッツ・フェスティヴァル出演。
10月1日: 1CDベスト&3CDボックスセット『ディラン』発売(日本発売10月24日)。
 
《ディラン》
 
11月21日:映画『アイム・ノット・ゼア』プレミア公開。