90年代プレイバック
『さよなら20世紀!』〜90年代エンターテイメントの実績 世紀末まであとわずか。サブ・カルチャーは様々な可能性を残していった。
サイコ・サスペンスの流行
 俗に「失われた10年」という。いささか不名誉な呼称のそれは、90年代の日本に訪れたバブル経済崩壊後の景気後退を指しているのは周知の通り。である、が、しかし2010年代に入った現在もまだ、不況の回復は十分になっていない。このことから「失われた20年」であったり「失われた30年」であったりと「失われた」期間は更に延長し続けているという見方もあるわけだ。かくして、所謂ロスト・ジェネレーションにあたる自分たちの世代が学生の頃に経験した就職難などは、今の若い世代にとっても共通のリアリティを持ちえるのだと思う。結局のところ、売り手市場のヤングと理想を題材にした映画『就職戦線異状なし』('91年)の苦悩なんて知らないまま生きてきたぜ、であろう。

 いやはや、暗い話で申し訳ないものの、裏を返すなら、それ以前とそれ以降を分け隔てるほどの転換が90年代にはあった、と言えないか。先の『就職戦線異状なし』ではないけれども、ひっきょうサブ・カルチャーは世相に影響されがちなものである。たとえばアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』('95年)がそうであるように、どちらかというと暗いテーマの作品が大きくヒットし、皮肉にもその暗さの中から豊かな表現が次々に生まれていった。これを「失われた10年」の功罪の「功」に挙げちゃいたい。

 嚆矢(こうし)は海外のテレビ・ドラマ『ツイン・ピークス』('90年〜'91年)や映画『羊たちの沈黙』('91年)だろうが、ダークな色合いのサイコ・サスペンスが輸入され、ここ日本でも流行していったのは、ある意味で予兆的であった。並行して心理学やトラウマがにわかにブームとなるのだったが、深夜枠のテレビ・ドラマ『NIGHT HEAD』('92年〜'93年)を手掛けた飯田譲治が、今度はゴールデンタイムでテレビ・ドラマ『沙粧妙子 最後の事件』('95年)の脚本を務めると、やはりプロファイリングや猟奇殺人を題材にしたテレビ・ドラマ『サイコメトラーEIJI』('97年)を演出した堤幸彦が、同様の手法をマニアックに洗練させた『ケイゾク』('99年)で注目を集めるなど。ダークな色合いのサイコ・サスペンスは徐々にスタンダードとなったのだった。トラウマをモチーフにし、ベストセラーとなった天童荒太のミステリ小説『永遠の仔』('99年)は、『ケイゾク』の中谷美紀と渡部篤郎を再び共演させ、'00年にテレビ・ドラマ化された。

 後に映画化もされた『ケイゾク』には、『新世紀エヴァンゲリオン』を意識した点がいくつか見られたけれど、それより一足早く放送されてヒットしたテレビ・ドラマ『踊る大捜査線』('97年)にも、同アニメからの影響が窺えただろう。また両者の背景には、デヴィッド・フィンチャーが監督した映画『セブン』('95年)の巻き起こしたセンセーションが間違いなくあった。『就職戦線異状なし』で就職活動中の大学生を演じた織田裕二が、映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』('98年)では刑事となり、『羊たちの沈黙』のレクター博士を模したかのようなサイコパスに助言を得るのは、90年代のサブ・カルチャーを振り返る上で案外興味深い。まさか『振り返れば奴がいる』('93年、織田裕二が主演したテレビ・ドラマ)って、このことじゃあるまい。
不安や危機感を乗り越えて迎えられる00年代
  果たして「2000年問題」とは何だったのか。いよいよ'99年も終わりを迎えようかという年の瀬には、あれだけ深刻に考えられ、世間を騒がせながら、実際には肩透かし程度の結果にしかならなかったし、もはやほとんど思い出されることはない。無論、平穏無事が一番である。大事件や大事故に至らなかったのだからよかったね。そして現在がある。しかし「2000年問題」が耳目を引いたのは多分、当時ならではの危機感、つまり世紀末を前にしてテクノロジーへ依存していくことの不安が、ある種の具体性を帯びたためなのだと思う。

 1999年の12月31日から2000年の1月1日へ。日付変更に伴うコンピューターのトラブルにより、通信機器や金融機関の停止、ミサイルの誤発射などを含め、様々なパニックが起こりうるのでは、と想定されたのが「2000年問題」であった。本当にやばい事態になるのかどうかは不明であったものの、端的に言ってそれは、SFの世界に描かれてきた終末をイメージさせた。Windows 95のリリース以降、パソコンが一般家庭に普及し出していたことも無縁ではなかったろう。テクノロジーに背かれ、人類がダメージを負うというのは、映画『ターミネーター2』('91年)のバックグラウンドに置かれていた光景でもある。『ノストラダムスの大予言』にあった「1999年7の月」が過ぎてもなお「恐怖の大王」の正体は不明なまま。それを信じているわけじゃないにしたって、湾岸戦争('91年)に遠目ながら驚かされ、阪神・淡路大震災('95年)や地下鉄サリン事件('95年)の衝撃を経た後では、妙に身構えてしまうところがあった。

 まあ「2000年問題」それ自体は杞憂に終わるのだった。が、ハルマゲドンは必ずしも他人事でない。このような心情は当時、おそらく大勢に共有されたものだった。シチュエーションは異なれど、『インディペンデンス・デイ』('96年)や『アルマゲドン』('98年)を始め、地球規模のディザスター・ムービーが数多く作られ、90年代の後半にヒットしていったのは、世界の終わりが幅広く重要なテーマとして受け取られていたことを暗に教えている。

 左様な危機感とは別に、テクノロジーへ依存することの不安を、押井守はアニメ『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』('95年)を通じ、鮮烈なヴィジョンに変えた。そしてそこからのインスピレーションを発展させる形で、正しく世紀末に登場したのが、ご存知の通り、ウォシャウスキー兄弟が監督した映画『マトリックス』('99年)である。VFXやワイヤー・アクションの駆使された『マトリックス』の映像は、新世紀の到来を告げるほどに眩しかった。ほら、あの弾丸を避けるシーンにわくわくして、体を反らす物真似をしちゃったことがあるでしょ?実際、00年代に入ると沢山のエンターテイメントや作品にそれを模倣した場面が見かけられるようになった。また'00年にソフト化された際には、プレイステーション2の発売と共にDVDを普及させる決定打になったことで知られている。という意味でも『マトリックス』は、90年代と00年代とを繋げる架け橋の役割を果たしたのだった。
音楽は世につれ、世は音楽につれ
 レコードやカセット・テープはCDやMDに。フロッピー・ディスクやロム・カセットはCD-ROMに。ビデオ・テープやLDはやがてDVDに。90年代には、電子媒体の更新が続々と進んでいった。今もそうだが、技術の進歩というのは全く油断も隙もあったもんじゃない。レコードのコレクションをCDで買い直したり、ビデオ・テープやLDのコレクションをDVDやブルーレイ・ディスクで買い直したり。その都度、四苦八苦する姿のマニアだけが、もしかしたら普遍的なのではないだろうか。

 さて、個人的な話である。が、音楽をよく聴くようになったのは、80年代の後半から90年代の初頭にかけて、ハード・ロックやヘヴィ・メタルが流行り、アメリカから出てきたグランジやオルタナティヴ・ロックが「新しいもの」と認識されてきた頃だった。既にCDのパッケージが主流になっていたから、レコード(ヴィニール)にさほど愛着を抱かず来た。ただし、カセット・テープだ。あれには大変お世話になった。

 中学生だった時分、そして高校生だった時分に、お金がないからさ。友達とCDを貸し借りしてはそれをカセット・テープにダビングしたのだし、好きなラジオ番組をオンエア・チェックしてはそれを録音するのに使っていた。ノーマル・ポジションのカセット・テープに比べて多少値が張ろうと、お気に入りの音源などは、なるたけハイ・ポジションやメタル・ポジションに残しておきたかった。大学生になってからもCDプレイヤー付きの自動車に乗っていたわけではないので、カセット・テープで音楽を聴く機会はまだ結構あった。つまりは青春といおうか、色々沢山な思い出のサウンド・トラックとしてカセット・テープを入れたデッキは響いていた。

 レコードに関していえば、懐かしいというよりむしろ、ヒップホップやテクノを聴く人達が周囲に増えてきてからの方が身近に感じられた次第である。そういう新しい様式の音楽が次第にポピュラーとなっていったのが90年代でもあったわけだ。子供の頃、バラエティ番組『志村けんのだいじょうぶだぁ』('87年〜'93年)で目にしたターンテーブルとDJのコントは、単に愉快なアトラクションでしかなかった。それがどんな技術なのか詳しくは知らなかった。90年代の前半にはディスコやジュリアナ東京であったろうが、後半になるにつれて更に本格的なダンス・ミュージックとクラブ・ミュージックの知識が、ここ日本にも広まっていく。映画『トレインスポッティング』('96年)に使われたアンダーワールドの「ボーン・スリッピー」は、現在も定番中の定番だよね。

 邦楽のシーンでは90年代の終盤に、世代の若い重要なアーティスト達が続々とデビューし始めるのだった。が、とりわけ日本語のラップをメジャーに知らしめたドラゴン・アッシュ('97年にデビュー)の活躍や、ファースト・シングル「Automatic」('98年)を大ヒットさせ、00年代に和製R&Bのブームをもたらした宇多田ヒカルの存在は非常に大きいと思う。ミクスチャー・ロックのテイストを取り入れたファースト・シングル「A・RA・SHI」('99年)で、世界の終わりを否定し、新しい時代のスタートを宣誓した嵐は、21世紀の今や国民的なアイドルとなった。
文/森田真功(1974年生まれ)
90年代に起こった社会的な出来事
[1990年]
 第1回大学入試センター試験が実施。ローリング・ストーンズ初来日公演。ポール・マッカートニー初来日公演。ソ連初代大統領にゴルバチョフが就任。イラクがクウェートに侵攻。東西ドイツ再統一。『スラムダンク』連載開始。『ちびまる子ちゃん』アニメ放送開始。

[1991年]
 湾岸戦争勃発。大相撲横綱・千代の富士が現役を引退。ジュリアナ東京がオープン。雲仙普賢岳で火砕流が発生。F1レーサー中嶋悟が現役を引退。『東京ラブストーリー』『101回目のプロポーズ』が大ヒット。SMAPがCDデビュー。ソビエト連邦崩壊。

[1992年]
 東京佐川急便事件。暴力団対策法が施行。新幹線のぞみ運転開始。『金田一少年の事件簿』『花より男子』連載開始。長崎ハウステンボスが開業。ロス暴動発生。バルセロナ・オリンピック開催。毛利衛がスペースシャトル・エンデバーに搭乗。チェッカーズが解散。

[1993年]
 ビル・クリントンがアメリカ合衆国大統領に就任。『行け!稲中卓球部』連載開始。能登沖地震が発生。福岡ドームが開場。東京ディズニーランド開園10周年。皇太子成婚。屋内スキー場ザウスがオープン。レインボーブリッジ開通。逸見政孝死去。

[1994年]
 郵便料金値上げ。リレハンメル冬季オリンピック開催。松本サリン事件発生。村山内閣発足。向井千秋が日本人初の女性宇宙飛行士としてスペース・シャトルに搭乗。ビートたけしがバイク事故。ジュリアナ東京が閉店。大江健三郎がノーベル文学賞を受賞。『るろうに剣心』『名探偵コナン』連載開始。

[1995年]
 埼玉愛犬家連続殺人事件犯人逮捕。阪神・淡路大震災が発生。野茂英雄がロサンゼルス・ドジャースに入団。地下鉄サリン事件が発生。警察庁長官狙撃事件が発生。オウム真理教の村井秀夫が刺殺される。オウム真理教の麻原彰晃が逮捕。ビートルズの新曲「フリー・アズ・ア・バード」がリリース。ザ・ブルーハーツが解散。

[1996年]
 岡本太郎死去。横山やすし死去。渥美清死去。藤子・F・不二雄死去。羽生善治が将棋のタイトル七冠を独占。東京国際展示場が開場。森且行がSMAPを脱退。イギリスのチャールズ皇太子とダイアナ妃が離婚。O-157が流行。『遊☆戯☆王』『花ざかりの君たちへ』連載開始。『名探偵コナン』アニメ放送開始。たまごっちが発売。

[1997年]
 神戸連続児童殺傷事件。大阪ドームが開場。東電OL殺人事件が発生。ダイアナ元英皇太子妃が事故死。第1回フジロック・フェスティバルが開催。X JAPANが解散。モーニング娘。がデビュー。『ワンピース』『GTO』連載開始。『ポケットモンスター』がアニメ放送開始。

[1998年]
 石ノ森章太郎死去。黒澤明死去。アントニオ猪木引退。郵便番号が7桁化される。長野冬季オリンピック開催。iMacが発売される。和歌山毒物カレー事件が発生。椎名林檎、浜崎あゆみ、aikoがデビュー。『HUNTER×HUNTER』が連載開始。

[1999年]
 ジャイアント馬場死去。EUがユーロ通貨を導入。日本銀行がゼロ金利政策を実施。石原慎太郎が東京都知事当選。光市母子殺害事件。コロンバイン高校銃乱射事件。ソニーがAIBOを発売。池袋通り魔殺人事件発生。桶川ストーカー殺人事件。京都小学生殺害事件が発生。『NARUTO』『20世紀少年』連載開始。

(筆者作成)