90年代プレイバック
『カリスマ伝説』
 〜混迷の時代を生き急いだスターたち
 華やかな80年代の残響は多くの訃報に打ち消された。
 そして新たな伝説がいくつも生まれた。
 90年代初頭、退屈な田舎のありふれた高校生だった自分にとって、ロック・ミュージックは唯一といっていいほど刺激的なものであった。大げさかな。いやしかし、毎月毎月、音楽雑誌を買ってきてはインタビューを読み、かっこいい発言を拾っては頭の奥にファイルしておく。何の役に立つんだか、であろうが、それをまったく無意味とは信じず、ほとんど生き甲斐にしていたのだから、あながち嘘ではない。要するに、憧れていたんだね。憂鬱な日常を向こうに回し、今までに見たことがない世界を開いていくための鍵が、そこには埋まっているような気がして、おそらくは必死に掘り起こしていたのだった。若気の至り。と言われたなら間違いなくその通りだし、実際、とても正統的な思春期ならではのイニシエーションであったと思う。苦労して手に入れたギターがちっとも上手くならなかった点も含め。

 もちろん、音楽自体に相応の魅力がなければ、少年の心は動かされない。当時、もっとも人気があったのは、やっぱり単純なハード・ロックというか、’86年にデビューしたガンズ・アンド・ローゼズだった。確かにその、オーセンティックだが性急でいて、パワフルなサウンドは、ロック・ミュージックの入門編に似つかわしいものであっただろう。メガ・ヒットが次々に出て、ビルボードのチャートが大変賑わっていた時期でもある。

 ましてや国内では80年代のバンド・ブームを経、洋楽好きが本格派に受け取られる向きもあった。他方、90年代の前半はヤンキー文化がまだポピュラーだった頃で、ガンズのたたずまいには不良っぽいイメージがふんだんであったのもよかった。(今や『BECK』で知られるハロルド作石の)『ゴリラーマン』というマンガに、ガンズやモトリー・クルーにかぶれた高校生が出ていたが、ああいうのが意外とリアリティだったのである。ともあれ、ガンズの人気っぷりと切っても切り離せないのは、フロント・マンであるアクセル・ローズのカリスマに他なるまい。個性的なヴォーカルはもとより、スキャンダラスな言動とパンキッシュなパフォーマンスは、こんなにも不自由な世界でアウトサイダーとして生きられる可能性を再現しているかのようだった。

 とはいえ、ちょっとばかり物騒なことをいえば、てっきりアクセルって若くして死んじゃうんじゃねえか、と思っていた。そうじゃないと彼の破天荒なストーリーに対して辻褄が合わない、くらいに考えていたのだった。もしかしたらそれは、夢見がちな十代のガキが破滅型のロック・スターに抱いた願望であり幻想であったのかもしれない。しかしてそのイメージは、結果的に、アクセル・ローズと対立していたもう一人のカリスマによって現実のものとなってしまう。
世界を一変させたカート・コバーンの死
 カート・コバーンが亡くなったときには大学生になっていた。ひどく衝撃を受けたし、ついには罪悪感のような気分を味わうことになった。罪悪感、の意味するところを説明するのは非常に難しい。

これも高校生の頃の話に遡るのだが、ニルヴァーナの『ネヴァーマインド』は’91年に日本盤がリリースされてすぐに聴いていた。しかし、正直に言おう。その段階では、必ずしも唯一無二とは思えなかったのだった。無論、アルバムの冒頭を飾る「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット」がアンセムなのは間違いない。他にも粒揃いの楽曲が並んでいる。疑うべくもなく、ロック・ミュージックの歴史上に名盤として語り継がれるべき一枚であるだろう。ただ、先ほど名前を出したガンズの『ユーズ・ユア・イリュージョンI』と『ユーズ・ユア・イリュージョンII』もそうだし、メタリカの『メタリカ』やプライマル・スクリームの『スクリーマデリカ』、レッド・ホット・チリ・ペッパーズの『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『ラヴレス』、そしてパール・ジャムの『テン』等々、とにかく話題作が集中して発表されたのが’91年だったのである。

 そればかりではない。周知の通り、カート・コバーンは、苦悩の人として、時代の寵児として、ジェネレーションXの代弁者として、世間から祭り上げられていくことになるのだが、90年代初頭において、そのような十字架は、同じくグランジなるムーヴメントを背負わされたエディ・ヴェダー(パール・ジャムのヴォーカル)を例に挙げるまでもなく、何もニルヴァーナにのみ与えられたものではなかった。むしろここ日本では、まだファースト・アルバムはリリースされていなかったものの、イギリスのマニック・ストリート・プリチャーズの方が、ショッキングな発言などを通じ、注目を集める機会が多かったように記憶している。

閉塞感や虚無感、倦怠とフラストレーションの溜まり場みたいな世界といかに共鳴しうるか。あの頃のリスナーにとって、それは大変切実なテーマであった。とてつもなく暗いテーマである。行き着く先は悲劇であるべきだろう。そして多分、その悲劇が空想上のものではなく、現実的で具体的なものであることを思い知らされるためには、誰かが犠牲にならなければならなかった。もしかすればそれを期待してさえいた。残酷なことに。

 現在みたいに携帯電話やインターネットが便利な時代ではない。しかし、幸か不幸か。’93年にニルヴァーナが『イン・ユーテロ』をリリースして以降、カート・コバーンが奇行を繰り返し、やがては自殺に至るまでの道のりは、衛星放送のニュースやテレビ朝日の深夜にやっていた「CNNヘッドライン」という番組を通し、ほとんどオンタイムでチェックすることができた。実をいえば、それらを見ながら、わくわくしていた。生き急ぐようにして生きてきた人間が今まさに破滅へと進んでいく。悪趣味なのは承知の上で、空前ともいえるショーに興奮していたのだった。先に罪悪感と述べたのはこのことだ。

 まさか、彼が本当にショットガンで頭を撃ち抜き、自殺を果たしたという報せを聞いた瞬間、何かが違ってしまった。それまでわくわくしていた自分を恥じた。予想以上の驚きがあった。あまりにも重たくて、せつなくて、やり切れなくなってしまった。’94年の春だった。世間は細川首相退陣の話題で賑わっていた。
カリスマたちのせつない輝き
 太く短くという言葉があるが、人はしばしば生き急ぐことに憧れる。あるいは生き急いでいる人に憧れる。けれどもその大半は、不運な死を迎え、多くの人に痛ましさと悲しみを残す。尾崎豊の場合はどうだったか(’92年)。hideの場合はどうだったか(’98年)。いずれも突然のことであった。死因はどうであれ、その喪失は社会にとても大きな反響を引き起こした。ニュースやワイドショーで連日話題に上るほどの事件となった。各々リリースが間近であった新譜(尾崎であればアルバム『放熱の証』、hideであればシングル「ピンクスパイダー」)は、遺作として、多くのファンを新たに獲得した。早すぎる逝去は、非常に暗いものであるにもかかわらず、アーティストのキャリアを輝かし、そのカリスマを伝説と呼ぶに相応しくすることがありうる。

 F1ドライバー、アイルトン・セナの悲劇もまた’94年の春に起こった。音速の貴公子と親しまれた彼の死は、レースの中継を通して伝えられた。いや正確には、セナがクラッシュに遭ったサンマリノGPのテレビ放送に割って入ってきた訃報によって、であった。したがって当時、F1に無関心でいられなかった人々は、ほとんど不可避に、なおかつオンタイムでその衝撃を受け止めなければならなかった。事故というものは大抵、何の予兆もなしに発生する。命を巻き込み、奪う。信じるも信じないも関係なく、ただ別れだけを突きつける。

 アイルトン・セナは世界的なレーサーだったが、’92年にF1を一時徹底したホンダがエンジンを提供し続けてきたことから、ここ日本では特別馴染みが深かった。また’87年に中嶋悟が日本人初のF1ドライバーとなり、次いで’88年に鈴木亜久里がデビューしたこともあって、90年代初頭にF1の人気が国内で爆発的に高まっていく。その中心で、アラン・プロストと熾烈なライバル関係を築き、ナイジェル・マンセルと接戦を繰り広げ、実にヒーローらしい活躍を見せていたのがセナである。一時期と比べたならば、’94年というのは、確かにF1のブームが落ち着いてきた頃ではあったろう。だが、それでも日曜の深夜にフジテレビで放送されていたレースの中継は、月曜の朝、会社や学校で出会い頭に熱く語られるトピックの一つに他ならなかった。降って湧いた(としかいいようがない)彼の死は、翌日、愕然とした気分をたくさんの人たちに共有させた。

 善かれ悪しかれ、若きカリスマの死は時代を象徴してしまう。90年代のことが時折寂しく思い出されてくるのは、もしかしたらそのような経験が、今でも色褪せず、記憶に残っているからなのかもしれない。
文/森田真功(1974年生まれ)
全米ビルボード・チャート1獲得アルバム
[1990年]
フィル・コリンズ『バット・シリアスリー』
ボニー・レイット『ニック・オブ・タイム』
シネイド・オコナー『蒼い囁き』
MCハマー『プリーズ・ハマー・ドント・ハーテム』
ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック『ステップ・バイ・ステップ』
ヴァニラ・アイス『トゥ・ジ・イクストリーム』

[1991年]
マライア・キャリー『マライア・キャリー』
R.E.M.『アウト・オブ・タイム』
マイケル・ボルトン『タイム、ラブ・アンド・テンダネス』
ポーラ・アブドゥル『スペルバウンド』
N.W.A.『主張あるニガー』
スキッド・ロウ『スレイヴ・トゥ・ザ・グラインド』
ヴァン・ヘイレン『F@U#C%K』
ナタリー・コール『アンフォゲッタブル』
メタリカ『メタリカ』
ガース・ブルックス『アメリカの心』
ガンズ・アンド・ローゼズ『ユーズ・ユア・イリュージョンII』
U2『アクトン・ベイビー』
マイケル・ジャクソン『デンジャラス』

[1992年]
ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』
サウンドトラック『ウェインズ・ワールド』
デフ・レパード『アドレナライズ』
クリス・クロス『トータリー・クロス・アウト』
ブラック・クロウズ『サザン・ハーモニー』
ビリー・レイ・サイラス『エイキィ・ブレイキィ・ハート』
ガース・ブルックス『果てなき野望』
マイケル・ボルトン『タイムレス (ザ・クラシックス) 』
アイス・キューブ『略奪者』
サウンドトラック『ボディガード』

[1993年]
エリック・クラプトン『アンプラグド』
デペッシュ・モード『ソングス・オブ・フェイス・アンド・デヴォーション』
エアロスミス『ゲット・ア・グリップ』
ジャネット・ジャクソン『ジャネット』
バーブラ・ストライサンド『バック・トゥ・ブロードウェイ』
U2『ズーロッパ』
サイプレス・ヒル『ブラック・サンデー』
サウンドトラック『めぐり逢えたら』
ビリー・ジョエル『リヴァー・オブ・ドリームス』
ガース・ブルックス『イン・ピーセス』
ニルヴァーナ『イン・ユーテロ』
ミート・ローフ『地獄への帰還』
パール・ジャム『Vs』
スヌープ・ドギー・ドッグ『ドギースタイル』
マライア・キャリー『ミュージック・ボックス』

[1994年]
アリス・イン・チェインズ『アナザー・サイド・オブ・アリス』
ジョン・マイケル・モンゴメリー『キッキン・イット・アップ』
トニー・ブラクストン『ラブ・アフェア』
サウンドガーデン『スーパーアンノウン』
エイス・オブ・ベイス『ザ・サイン』
パンテラ『悩殺』
ボニー・レイット『心の絆』
ピンク・フロイド『対』
ティム・マックグロウ『ノット・ア・モーメント・トゥ・スーン』
サウンドトラック『クロウ/飛翔伝説』
ビースティ・ボーイズ『イル・コミュニケーション』
ストーン・テンプル・パイロッツ『パープル』
サウンドトラック『ライオン・キング』
ボーイズIIメン『II』
エリック・クラプトン『フロム・ザ・クレイドル』
R.E.M.『モンスター』
サウンドトラック『マーダー・ワズ・ザ・ケース』
ニルヴァーナ『MTV・アンプラグド・イン・ニューヨーク』
イーグルス『ヘル・フリーゼズ・オーヴァー』
ケニー・G『ミラクルズ』
パール・ジャム『バイタロジー』

[1995年]
ガース・ブルックス『ザ・ヒッツ』
ヴァン・ヘイレン『バランス』
ブルース・スプリングスティーン『グレイテスト・ヒッツ』
2パック『ミー・アゲインスト・ザ・ワールド』
ライヴ『スローイング・コッパー』
サウンドトラック『フライデー』
フーティー・アンド・ザ・ブロウフィッシュ『クラックド・リア・ビュー』
ピンク・フロイド『P.U.L.S.E』
マイケル・ジャクソン『ヒストリー』
サウンドトラック『ポカホンタス』
セレーナ『ドリーミング・オブ・ユー』
ボーン・サグズン・ハーモニー『E・1999・エターナル』
サウンドトラック『デンジャラス・マインド/卒業の日まで』
アラニス・モリセット『ジャグド・リトル・ピル』
マライア・キャリー『デイドリーム』
スマッシング・パンプキンズ『メロンコリーそして終りのない悲しみ』
ザ・ドッグ・パウンド『ドッグ・フード』
アリス・イン・チェインズ『アリス・イン・チェインズ』
R・ケリー『R・ケリー』
ビートルズ『アンソロジー1』

[1996年]
サウンドトラック『ため息つかせて』
2パック『オール・アイズ・オン・ミー』
ビートルズ『アンソロジー2』
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン『イーヴィル・エンパイア』
フーティー・アンド・ザ・ブロウフィッシュ『ジョンソン』
フージーズ『ザ・スコア』
メタリカ『ロード』
NAS『イット・ワズ・リトゥン』
ア・トライブ・コールド・クエスト『ビーツ,ライムズ&ライフ』
パール・ジャム『ノー・コード』
ニュー・エディション『ホーム・アゲイン』
セリーヌ・ディオン『FALLING INTO YOU』
ニルヴァーナ『フロム・ザ・マディ・バンクス・オブ・ザ・ウィシュカー』
カウンティング・クロウズ『リカヴァリング・ザ・サテライツ』
ヴァン・ヘイレン『グレイテスト・ヒッツ』
ビートルズ『アンソロジー3』
2パック『ザ・ドン・キラミナティ:ザ・7デイ・セオリー』
スヌープ・ドギー・ドッグ『ドッグファーザー』
ブッシュ『レザーブレイド・スーツケース』
ノー・ダウト『トラジック・キングダム』

[1997年]
サウンドトラック『グリッドロック』
リアン・ライムス『アンチェインド・メロディ』
ライヴ『シークレット・サマディ』
サウンドトラック『プライベート・パーツ』
U2『ポップ』
スカーフェイス『アンタッチャブル』
エアロスミス『ナイン・ライヴズ』
ノトーリアス・B.I.G.『ライフ・アフター・デス』
メアリー・J・ブライジ『シェア・マイ・ワールド』
ジョージ・ストレイト『キャリング・ユア・ラヴ・ウィズ・ミー』
スパイス・ガールズ『スパイス』
ウータン・クラン『ウータン・フォーエヴァー』
ボブ・カーライル『バタフライ・キッセズ』
プロディジー『ザ・ファット・オブ・ザ・ランド』
サウンドトラック『メン・イン・ブラック』
パフ・ダディ&ザ・ファミリー『ノー・ウェイ・アウト』
ボーン・サグズン・ハーモニー『ジ・アート・オブ・ウォー』
フリートウッド・マック『ザ・ダンス』
マスターP『ゲットーD』
リアン・ライムス『ユー・ライト・アップ・マイ・ライフ』
マライア・キャリー『バタフライ』
ボーイズIIメン『エヴォリューション』
ジャネット・ジャクソン『ベルベット・ロープ』
ザ・ファーム『ザ・ファーム』
メイス『ハーレム・ワールド』
バーブラ・ストライサンド『ハイアー・グラウンド』
メタリカ『リロード』
ガース・ブルックス『大地の心、僕の歌』

[1998年]
セリーヌ・ディオン『レッツ・トーク・アバウト・ラヴ』
サウンドトラック『タイタニック』
デイヴ・マシューズ・バンド『クラウデッド・ストリート』
ガース・ブルックス『ザ・リミテッド・シリーズ』
DMX『イッツ・ダーク・アンド・ヘル・イズ・ホット』
サウンドトラック『シティ・オブ・エンジェル』
マスターP『今世紀最後の首領』
サウンドトラック『アルマゲドン』
ビースティ・ボーイズ『ハロー・ナスティ』
スヌープ・ドッグ『ダ・ゲーム・イズ・トゥ・ビー・ソールド』
コーン『フォロウ・ザ・リーダー』
ローリン・ヒル『ミスエデュケーション』
マリリン・マンソン『メカニカル・アニマルズ』
ジェイ・Z『ボリューム2...ハード・ノック・ライフ』
アラニス・モリセット『サポーズド・フォーマー・インファチュエイション・ジャンキー』
ガース・ブルックス『ダブル・ライブ』

[1999年]
DMX『フレッシュ・オブ・マイ・フレッシュ・ブラッド・オブ・マイ』
ブリトニー・スピアーズ『ベイビー・ワン・モア・タイム』
シルク・ザ・ショッカー『完全無欠のシルク・ザ・ショッカー』
フォクシー・ブラウン『チャイナ・ドール』
TLC『ファンメール』
NAS『アイ・アム』
ラフ・ライダーズ『ライド・オア・ダイVol.1』
ティム・マックグロウ『プレイス・イン・ザ・サン』
リッキー・マーティン『リッキー・マーティン』
バックストリート・ボーイズ『ミレニアム』
リンプ・ビズキット『シグニフィカント・アザー』
クリスティーナ・アギレラ『クリスティーナ・アギレラ』
ディクシー・チックス『フライ』
イヴ『ラフ・ライダーズ・ファースト・レディー』
ナイン・インチ・ネイルズ『フラジャイル』
クリード『ヒューマン・クレイ』
サンタナ『スーパーナチュラル』
レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン『バトル・オブ・ロサンゼルス』
フェイス・ヒル『ブリーズ』
コーン『イシューズ』
セリーヌ・ディオン『ザ・ベリー・ベスト』
ノトーリアス・B.I.G.『ボーン・アゲイン』
(筆者調べ)