90年代プレイバック
『エア・マックス!Gショックス!?』
 〜本格化するレアもの商戦
インターネット以前の欲しい物探し
 現在ではごく普通に行われているようなことでも、“以前であったら容易じゃなかった”と思われることはいくつもあって、たとえば個人による品物の売り買いなんかもその内の一つに数えられる。ヤフオクやモバオク、もちろんそれら以外のサービス諸々を含め、インターネットでの取引きが整備され、充実し、一般化することで、僕たちはいとも簡単に手持ちのアイテムを他人へ、他人のアイテムを自分の元へ、譲ったり譲られたりできるようになった。

 どこかで見聞きして、あ、欲しい、と思った物があったとしたら、携帯電話からでもいいしパソコンからでもいい。すぐさまインターネットで検索して、値段やらディテールやらをチェックするというのが今日的なスタイルだろう。中には製造が既に中止されていたり、限定販売であったためにもう入手困難になっている商品もあるかも知れない。でも、世界は広い。店舗の単位ではアウト・オブ・ストックになっていたとしても、必ずやそれを購入した人間がいるはずなのだ。どんなレア・グッズでも、個人のレベルにまで市場をあたっていけば、大抵は売りに出されているのを見つけられるのである。

 いや確かに、“レア・グッズであるがゆえにプレミアが付いていて、思わず喉から手が出てきそうなほど欲しているにもかかわらず、実際には全く手を出せない。結局のところ、値段に断念せざるをえない”、という状況を誰しも経験したことがあるには違いない。ただしそれが20年も昔、つまりは90年代だったら。当時に比べたなら、それでも現在はいろいろと労は少なくなったのだ、と言いたい。まあ、おかげで散財してしまう向きも多くはなったのだろう。が、あの頃、欲しい物を手に入れるには、よっぽどのことがないかぎり、足で稼がなければならなかった(文字通り)。

 自分の体験に即していえば、やはり印象深いのは90年代の前半、爆発的に流行ったナイキのエア・マックスだ。あれは実に何とも厄介な物件であった。
エア・マックスの狂騒に身を委ねて
 たかがシューズである。けれども、その、たかがシューズの確保に大勢の若者が動員された。’87年に初代のエア・マックスが発売されて以降、ハイ・テックなデザインが目新しくもあり、とにかく人気が人気を呼んで、それを所有していることは、もはやお洒落というよりも一種のステータスになっていったのだ。ピークは、今日でも代表格として知られるエア・マックス95の登場したあたりであろう(’95年だ!)。しかし、雑誌などでいくらそのバリエーションが紹介されようとも、お話にならないぐらいの品薄が続き、現物にお目にかかれる機会は滅多になかった。

 現代のようにインターネットで容易く検索できる環境は整っていなかったから、どこそこで見かけたよ、の噂を人づてに聞くしかない。場当たり的に売っている店を探し回るしかない。「欲望とは他人の欲望を欲望することである」、という風な哲学のテーゼを持ち出すまでもなく、みんなが欲しがっていたらそりゃあ興味を持つさ、であって、なかなか手に入れられないとなれば、なお欲しい。靴屋ばかりではなく、中古の服屋、寂れた雑貨屋、スポーツ用品店などを細かに巡り、ようやくゲットした友達もいた。でもそいつがエア・マックスを履いて出かけているのを見たことは一回もなかったな。

 使ったら価値が下がる=未使用だからプレミアが付く。コレクターの間では当然であるような基準だが、記念硬貨や記念切手に関心を抱いてこなかった自分が、はじめてそれを意識したのは、たぶん、稀少なエア・マックスは履いたら勿体ない、という暗黙のルールを通じてではなかったかと思う。いや、本気でお洒落に取り組んでいた人間はちゃんと使って、履きこなしていたけどね。

 いずれにせよ、90年代の前半において、ナイキのエア・マックスときたら、とんでもないブームであった。「エア・マックス狩り」なる物騒な事件も起きたし、転売の文化史みたいな本が書かれたら、間違いなく、そこに載る。履こうが履くまいが、使い途はどうであれ、みんな欲しがったのである。
高級感を上回ったGショックの価値
 90年代前半にエア・マックスと同様、ハイ・テックなデザインで人気を博したのが、カシオのGショックである。足にはエア・マックスである。腕にはGショックである。どちらも本来は機能性を重視していることが特徴だったのだけれど、それがその時代ならではのメディアや若者の解釈を経て、非常に趣味性の高いアイテムとして受け入れられていったのだった。

 Gショックに関しては、あのフレームが丸くなってギミックの豊富な感じがデジタルの表示とボディの前面に出てからのタイプが、個人的には、ぴん、とくる。正式名称も、いくらぐらいの値段だったかも、すっかりと忘れてしまったし、今やどこかにしまわれてしまって見つけ出せないのだったが、20年近くも前に自分が自分で選んで自分のお金で買った最初の時計というのが、そういうタイプのGショックだったのだ。高校生の頃、友達に付き合ってもらい、田舎から電車を乗り継ぎ、わざわざ都内の大きなデパートに行って買ったのを覚えている。

 当時は、いわゆる渋カジに代表されるようなミクスチャーでいて、ざっと砕けたスタイルのファッションが主になってきており、おそらくはエア・マックスやGショックのヒットもそれと遠からずの現象であったと思う。そこから“都会的なイメージ”は、有名ブランドで身を固めたシティ・ボーイ(死語かな)の“洗練”ではなく、ストリート系(まあね)の“カジュアル”なルックスに肩代わりされていくことになるわけだ。が、あの頃に地方のガキだった立場からすれば、それはつまり、ちょっと背伸びしたなら届きそうな価値観のラインナップ化でもあった。だいたい、エア・マックスやGショックにしたってプレミアが付いている場合を別にすれば、正価は必ずしも目が飛び出るほどではなかったろう。小遣いを貯めたり、少しアルバイトをすることで、何とかできたのである。

 金銭面での負担の軽減は、ある意味で親しみ易さの目安となる。80年代後半のバブル経済がはじけ、商品に付随される情報が、商品そのものの高級さを完全に上回り、それが消費欲求の間近な対象になりうる。こういう段階に入ったことを決定づけられたのが、すなわち90年代なのではなかったか。
新食感というプレミア
 正直、甘い物は苦手なのだ。けれども、チーズ蒸しパンやティラミス、ナタ・デ・ココやパンナ・コッタ、ベルギー・ワッフルなんかは、それぞれブームの頃にはやたら食べたかったし、よく食べた。どれも90年代の一時期を入れ替わるようにして話題になっていったスイーツ(デザート)である。この中にはコンビニやファミレスをベースに販売され、口にするのは難しくなかったはずなのに、需要に供給が追いつかず、図らずもレアな商品になってしまったものも少なくはない。

 再び、「欲望とは他人の欲望を欲望することである」、といった哲学のテーゼを持ち出すまでもないのだが、みんなが美味しい美味しいと言うなら、そりゃあ甘党じゃなくとも食べてみたくなるのが人情ってもの。ミーハー根性には勝てないのであって、口にする機会をブームの最中に目ざとく見つけたならば、それを逃しはしまい。ひとたびチャンスに恵まれたら、身や実はどうであれ、やった、食べた、食べてやったぞ、という気持ちでお腹が膨れていくようであった。ああでも、伊藤園が出しているナタ・デ・ココのヨーグルト飲料は、今でもちょくちょく買ってるな。出会いは軽薄だったかもしれないけれど、本気で好きになっちゃったんだね(いったい何の話だか)。

 ともあれ、インターネットでのコミュニケーションが高度に発達した現在、口コミやメディアによってもたらされる情報が、様々なアイテム、レア・グッズをプレミアム化する速度は以前にも増している一方、それへのアクセスは容易になった。これが良いことなのか悪いことなのかは分からない。ただ、時代が変わっても人間の欲望の本質に大した違いは出ないんだな、と思わされる場面には、しばしばお目にかかる。その際、自分の中で参照されているのは、エア・マックスを必死こいて探したり、Gショックの特性なんて生活に必要ないのに手に入れたり、ナタ・デ・ココの食感に驚いたりした、あの原体験とすべき記憶ばかりなのである。
文/森田真功(1974年生まれ)
90年代に創刊された主なファッション雑誌
[男性向け]
『Gainer』1990年〜(光文社)
『Men's Ex』1994年〜(世界文化社)
『Lightning』1994年〜(エイ出版社)
『smart』1995年〜(宝島社)
『Ollie』1995年〜(三栄書房)
『BRIO』1995年〜(光文社)
『GET ON!』1996年〜2007年(学習研究社)
『warp』1996年〜(トランスワールドジャパン)
『WOOFIN'』1997年〜(シンコーミュージック)
『street Jack』1997年〜(ベストセラーズ)
『キラリ!』1998年〜(マガジン・マガジン)
『Men's egg』1999年〜(大洋図書)
『Samurai magazine』1999年〜(インフォレスト)

[女性向け]
『Oggi』1991年〜(小学館)
『SEDA』1991年〜(日之出出版)
『Zipper』1993年〜(祥伝社)
『ChouChou』1993年〜2009年(角川書店)
『VERY』1995年〜(光文社)
『egg』1995年〜(大洋図書)
『東京ストリートニュース!』1995年〜2000年(学習研究社)
『spring』1996年〜(宝島社)
『Grazia』1996年〜(講談社)
『Cawaii!』1996年〜2009年(主婦の友社)
『GINZA』1997年〜(マガジンハウス)
『nicola』1997年〜(新潮社)
『FRUiTS』1997年〜(ストリート編集室)
『VOGUE』1999年〜(コンデナスト・ジャパン)
『mini』1999年〜(宝島社)
『sweet』1999年〜(宝島社)
(筆者調べ)