80年代前半からのMTV隆盛の勢いに乗り、ロックが映像の分野に大きく進出、まさに現在に至るコンピレーション型サウンドトラックのはしりとなった記念碑的作品であり、当時のミュージックシーンの息吹を感じさせる大ヒット作品。特に「フットルース」「トップガン」は年間オリコン・総合アルバムチャートにてそれぞれ、84年に2位、87年に4位と日本中を席巻する特大ヒットとなった。
ボニー・タイラーと言えば「ヒーロー」が、国内ではTVドラマ「スクール・ウォーズ」(84年10月6日〜85年4月6日)の麻倉未稀による日本語カバーバージョンが広く浸透し、そして同じ84年映画「フットルース」のサントラに原曲が使われヒットした。2つの歴史に残る、映画とドラマの音楽という事もあり、どの80s女性シンガーよりも長く、深く記憶に刻まれる事になった。最大のヒット曲は83年に4週連続全米1位となった「愛のかげり」だが、そのハスキーで、パワフルな声はインパクトも強く、一度聴くと忘れられない力を持っていた。ちなみにあの特徴的なハスキーボイスは77年に歌いすぎで出来た声帯のポリープを除去した後に、完治する前に歌ってしまった結果、かすれてしまった事が原因。
80年代でもっとも成功したガールズ・ポップといえば間違いなくこのバングルスの名前が挙がる。84年にデビュー・アルバム『気分はモノクローム』をリリースし、みずみずしい魅力をアピールした彼女らはプリンスに見初められ、提供された曲「マニック・マンデー」が大ヒット。この曲を収録したセカンド『シルヴァー・スクリーンの妖精』は全米アルバムチャート2位となり大成功を収める。サード『エヴリシング』からも「胸いっぱいの愛」が全米No.1となり成功真っ只中にあったが、その直後90年に突如解散をしてしまった。今年のTVドラマでも大フィーチャリングされたりと、いまだに高い人気を保っている。
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1972年にロギンス&メッシーナとしてデビュー。ソングライターとしてドゥービー・ブラザーズの「What A Fool Believes」でグラミー賞のソング・オブ・ジ・イヤーを受賞。1977年からソロ活動を開始し、フォーク/フュージョン/AOR的作品で人気を博し、全米NO.1も獲得するが、80年代に大きな転機を迎える。フットルース、トップガン、オーバー・ザ・トップ、ロッキー4などのサントラに参加/主題歌を担当し、軒並み全世界規模の大ヒットを記録。一躍80年代サントラの帝王としての地位を獲得した。 1971年にデビューしたアメリカのロックバンド。「アメリカで最も売れていないが最も長続きしているバンド」などと揶揄されていたが、地道なライヴ活動が身を結び、80年発売の『禁じられた夜』が全米年間アルバムチャート1位を記録し、2000万枚以上を売上げてスターダムへ。その後80年代を代表するバンドとして大ヒットを連発した。特に「キープ・オン・ラヴィング・ユー」「涙のレター」「涙のフィーリング」「涙の」ドリーム」など大ヒットバラードを量産。ちなみにヴォーカルの名はケビン・クローニン。 |