プロフィール

あの事件とは...

ナタリーは言った。
「私たちはアメリカの大統領が(同郷の)テキサス出身ということが恥ずかしいと思ってるわ。」
2003年3月、ロンドンのシェファーズブッシュ・エンパイアで公演中の出来事だった。
翌日、イギリスの新聞のレビューでこう紹介された。
「戦争支持の曲を多くのカントリースターがリリースする時勢に、この発言はパンクロックだ。」

<当時のレポートがご覧いただけます>
1)頑張れディクシー・チックス!第1弾:ブッシュ批判でラジオ局自粛
2)頑張れディクシー・チックス!第2弾:波紋は広がる・・・
3)頑張れディクシー・チックス!第3弾:ブッシュ批判騒動、サウスカロライナ州議会で議題に
4)頑張れディクシー・チックス!第4弾:アル・ゴア元副大統領まで登場!
5)頑張れディクシー・チックス!第5弾:ツアー直前またまた・・・
6)頑張れディクシー・チックス!第6弾:フリートウッド・マックのリンジー・バッキンガムがディクシー・チックスのリメイクについて語る
7)頑張れディクシー・チックス!第7弾:ブルース・スプリングスティーンが、ディクシー・チックス問題に対して自身のサイトで発言!発言の自由の権利を主張!!
8)頑張れディクシー・チックス!第8弾:US『Entertainment Weekly』の表紙でヌードに
9)頑張れディクシー・チックス!第9弾:ワールドツアースタート!
10)頑張れディクシー・チックス!第10弾:サウスカロライナの観衆から暖かく迎えられる
11)頑張れディクシー・チックス第11弾!〜またまたやってくれます
12)TBS系NEWS23で一連の反戦騒動がO.A.
13)頑張れディクシー・チックス!〜ディクシー・チックスのナタリー、言論の自由を語る
14)話題騒然の中で敢行された最新ツアーからの2枚組ライヴCD!




「他人についての曲の方が書きやすいわ。自分をさらけ出す方がはるかに難しい。でも、自分の弱さを出し、感情や信条に正直になった方が、ずっと素晴らしく、意味のある曲が書けるの」。ナタリー・メインズの弁である。

近年で最も期待されるアルバムの1枚に数えられる「TAKING THE LONG WAY」。このニュー・アルバムで、ディクシー・チックスは、今まで以上に自らを赤裸々に表現している。今回のアルバムで初めて全曲(14曲)のソングライティングに関わった彼女達は、私的なテーマや政治的なテーマを深く追求した。そんな彼女達と組んだのは、伝説的プロデューサー、リック・ルービン(これまでにジョニー・キャッシュ、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ランDMC、ニール・ダイアモンド等、あらゆる大物と仕事をしている)。女性バンドの中で史上最高のセールスを誇るディクシー・チックスは、本作品でライターとして、そしてパフォーマーとして、新たな高みに到達したのだ。

「今回は、全てをぐっとパーソナルに感じたわ。自分達が過去にやった曲に立ち戻ってみたら、成熟度、深み、知性が増しているの。曲がより成長している感じね」とナタリーは語る。イーグルス、トム・ペティ・アンド・ザ・ハートブレイカーズ、ママス・アンド・パパスといったクラシック・ロックのアーティストにインスパイアされて作られた「TAKING THE LONG WAY」は、3人の持つ南部娘ながらの親しみやすさに、南カリフォルニアのヴァイブが加わった作品となった。野心的な試みは歌詞にも表れており、田舎町の偏狭さ(“Lubbock or Leave It”)からセレブの心理(“Everybody Knows”)に至るまで、アルバムではあらゆるテーマが語られている。「このアルバムで、私達は人生の様々な側面においてバランスを見つけようとしていたわ。でも、テーマのようなものも入っている――それは、大胆になるということ」と、エミリー・ロビソンは語っている。

大胆といえば、ディクシー・チックスのキャリアがまさにそれである。 彼女達は「カントリー・バンドとしては大物」、「女性バンドとしては大物」という域を超えた活躍をしている。北アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアで数百万枚のアルバムを売り上げるだけでなく、複数のアルバム(「WIDE OPEN SPACES(1998年)」と「FLY(1999年)」)で「ダイアモンド」ステイタス(1,000万枚以上のセールスを上げること)を記録した稀有なグループの1つなのだ。そして、彼女達はグラミー賞を9つも受賞している。また、ライヴも素晴らしいと評判の彼女達。コンサート・チケットの売上は1億ドルを超え、“Goodbye, Earl”といった歯に衣着せぬ曲を歌い、誰に迎合することなく、自分達のやり方を貫いてきた。



しかし、ディクシー・チックスが最もマスコミを賑わせたのは、ナタリー・メインズが同郷(テキサス州)のジョージ・W・ブッシュ大統領についてコメントしたときである。2003年3月、ロンドン公演中の出来事だった。ボイコット運動や死の脅迫にもさらされた彼女達は、このコメントから端を発した騒動について「TAKING THE LONG WAY」からのファースト・シングル“Not Ready to Make Nice”で大胆にも語っている。「たしかにあの曲は確かに一か八かの賭けだった」とエミリー。「とても自伝的だから、私達にとっては特別な曲なの。きっちりと正しく伝えなければって思ってた。この曲が終わってからはそんな重圧から開放され、楽な気持ちで他の曲を作ることができたわ」。

あの事件によって、3人はより成長したとマーティ・マグワイアは語る。「自分が信じることのためなら、自分のキャリアを危険にさらすこともできるってあの事件から学んだわ。エミリーと私で、謝罪するようナタリーに圧力をかけることもできた。でもそれをせず、自分の信念を守ることが一番大切なことだって、強い精神力を持つ自分を誇りに思っていた」。

この騒動後、ディクシー・チックスは2003年の残りを「Top of the World」ツアー(2枚組CDとDVDにコンサートの模様が収録された)に費やし、カントリー・アーティストで史上最高となる年間6200万ドルという驚異的な収益を上げた。また翌年には、2004年の大統領選挙を見据えた歴史的ツアー、「Vote for Change」に参加した。

ニュー・アルバムについて、新たな方向性を求めていたディクシー・チックス。最後のスタジオ・アルバムは2002年の「HOME」だが、これはアコースティック・アルバムで通常のアルバムとは趣を異にしていたため、次のアルバムの方向性についてはっきりとしたものはなかった。そんな中、メンバー全員がリック・ルービンの作品が好きだと気づいた3人は、彼もディクシー・チックスに対して同じ感情を抱いていることを知る。デビューして間もないディクシー・チックスがソニー・ミュージック主催のショウケースで「完全に他のアーティストを食っている」ところを目にしたときから、リックは彼女達のファンだったのだ。

2005年5月、ロサンゼルスでセッションが始まった。マーティは、ルービンが「カントリー・アーティストがロック・アルバムを作っているんじゃなくて、素晴らしいロック・アーティストがカントリー・アルバムを作っているって聴こえるようなアルバムを作ろう」と語った言葉を覚えている。それ以外は、アルバム作りについて特に決まったことはなかった。「仕事のスタイルが全く違っていた。リラックスして、色々と気楽に試せるようにならなければいけない。私達は何か違ったことをやりたいって思っていただけだから、怖かったわ」とナタリーは語っている。

「俺達はどんな曲ができるのか様子を見守りつつ、アルバムを作っていった。彼女達には言いたいことがたくさんある、そう俺は思った。そして、今こそがそれを語るいい時期だろうってね。ここから、本当の意味で彼女達のキャリアがスタートするって感じだろうな。今まで彼女達は、人々から上辺だけの部分で 愛されていたが、今回で初めて真剣に受け止められる。彼女達は、愛されるアーティストから本格的なアーティストへと一挙に変貌したんだ」とルービンは語る。

ルービンはバンドを召集した。こうして、レッド・ホット・チリ・ペッパーズのドラマーであるチャド・スミス、セッション・ミュージシャンとして英雄的存在のラリー・ネクテル、ハートブレイカーズのベンモント・テンチとマイク・キャンベルがレコーディングに参加。 また、ダン・ウィルソン(アルバム14曲中6曲をディクシー・チックスと共作)、ピート・ヨーン、ジェイホークスのゲイリー・ルーリスがソングライティングに関わった。彼女達がめきめきソングライティングの腕を上げていくところを目の当たりにしたとルービン。「レコーディングの間、良き師となる人々と一緒に曲を書き、自らの腕に磨きをかけることで、彼女達は素晴らしいソングライターに成長した」と語っている。

こうして完成した楽曲の数々。その中では幅広い題材が取り上げられている。“Silent House”では、アルツハイマーに苦しむ年老いた親類に対する感情が歌われ、“It’s So Hard When It Doesn’t Come Easy”では、エミリーとマーティも直面した不妊の問題がテーマとなっている。(「私達が障壁を崩さなければって思ったの。不妊って、認知されているよりも一般的な問題だから」とマーティ。)また、チックスは初めてゴスペル色の強い楽曲にも挑戦。昨年放映されたハリケーン・カトリーナの被災者義援テレソン(長時間放送番組)でケブ・モーと共作した“I Hope”がそれである。アルバム・ヴァージョンでは、ジョン・メイヤーの激しいギター・ソロがフィーチャーされている。

もちろん、政治がらみの騒ぎ以外にも、ここ数年で彼女達を賑わしていたことがある。 「HOME」のリリース以降、彼女達が抱える子どもの数は2人から7人へと膨れ上がったのだ。そして、“Baby Hold On”や「子どもたちへのプレゼント」と称する繊細な“Lullaby”等、彼女達の家庭生活が垣間見られる楽曲もアルバムに収録されている。「私達の取り巻きは、ベビーシッターだけよ」と笑いながら語るナタリー。また、今回のツアーは「今までよりも休みを多くとりつつ、長期に及ぶものになるでしょうね」

今夏スタートするツアーは、1年以上の長丁場になる予定だ。「あまり演出や小道具に頼ることのない、オールドスタイルのロック・ショウといった趣になると思う」とナタリー。「今までは、ロックで盛り上がろうってときにはカヴァー曲をやっていたけれど、今回からは自分達の曲ができるから嬉しいわ」。

スーパースター、背教者、革新者、ヒーロー、ヴィラン(悪党)、母親――彼女達は様々な名称で呼ばれてきた。およそ10年間で、ディクシー・チックスはバンドから社会現象へと成長していったのだ。これまで以上に世界の注目が集まる中、彼女達は「TAKING THE LONG WAY」を完成。大きな期待がかかる中で、重圧を見事に跳ね返す素晴らしいアルバムを作ったのだ。

「このアルバムがセラピーになったわ」とナタリー・メインズ。「今では、前よりもずっと穏やかな気分。曲を書き、言うべきことを全て言ったおかげで、前進することができるのだから」。
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