<モデスト・マウス 海外でのオフィシャル・インタビューより>
アイザック・ブロック(ヴォーカル・ギター)
Q: アルバム『生命の大航海/ウィ・ワー・デッド・ビフォー・ザ・シップ・イーヴン・サンク』の作曲過程を話してください。
I: 俺たち,全アルバムを俺んちの屋根裏で書いたんだ。
バンドのメンバーがみんな屋根裏とか家のどこかとか、
そこらじゅうでウロウロしてたよ。
だから、絶えず誰かがあれこれ手がけて、演奏してたって感じさ。
誰かがアコーデオンを手にしたり、ギターを手にしたり、
いつも誰かがいてね。それでいて下では誰かがサンドウィッチを
作ってたりしてさ。俺はうたた寝したりして。
作業に参加したり、離れたり、それでどんどんエキサイティングになっていって、
ある地点までくるとみんなが作業に係わってるって感じなんだ。
でも常時ってわけじゃない。俺たち6人がみんな作曲にからんでたけど、
ある時は誰かが書いててって風で、常時6人が同じ場所にいて互いを
じっと見つめながら書いてたわけじゃないんだ。(咳払い)それで、
時には出来てきたものから引き算もしなくちゃならないわけで、
ああ、もう、いいか、こりゃやりすぎだなって感じで。
ひとつのパートを45分て感じで1曲やってみるんだ。
まあ、俺たちのやり方は、仕事に行くって感じじゃないよな。
Q: これで曲が完成したっていうポイントはありますか。
I: プロデュースしてくれたデニス・ヘリングがやってくる頃には、
うん、かなりいいんじゃないかって雰囲気にはなってるよな。
それで彼がちょっと編集的に手伝ってくれて、あれこれシャッフル
してくれるんだ。それって本物のワザだよな。特にこれはこうなんだって
信じ込んでる6人を相手に、まとめていくんだから。
(咳払い)元々6人がこれがいいっていって持ち込んだものをさ。
もうこれでよし!って言うまで、曲が完成したって感じには絶対ならないね。
やろうと思えば、なんだかんだ、永遠にいじくりまわしちまえるんだから。
ああ、オーケイ、これだ!っていわなきゃならないような、
確かなポイントがあるんだ。その結果に満足できるかって?
(咳払い)風鈴とか他の音を探さなきゃいけないってこともないだろ。
まあ、わかんないな。
Q: ポートランドのアートと音楽シーンについてどう思いますか。
I: 実際、正直言って、その質問を聞いてくるやつみんなに答えてきたけど、
俺はそんなことどうでもいいんだ。俺はただそこにいるだけで自己満足
してるんだから。おもしろいことが色々起きてるようだけど、それって、
その手の状況にはまってるやつに対しての質問だぜ。
Q: 作曲からツアーに至るまで、アルバムの制作過程で
あなたが気に入ってる部分はどこですか。
I: ただ演奏すること、作曲すること、だね。多分俺のお気に入りの部分は、
ああ、作曲だな。(咳払い)難しくてうまくいえないけど、だって、
ツアーもかなり最高だからな。かといって、それが全部いつでも最高って
わけじゃないんだ。わかるかな。ひとつひとつが常に最高かって言うとね。
Q: アメリカでアルバムがデビューと同時に1位になったのは、
何かあなたに影響を与えましたか。
I: いや。そういう結果が出た時、ビルボードで1位になったって、
電話とかがきてわかったんだけど。俺はテーブルに座ってて、
ああ、そうかって感じだったよ。俺にとっては何かと同一視できる
ような問題でもなかったね。どうでもよかったんだ。それから、
そういう気分になった直後に、あれ、俺って一体どうしちゃったんだよって
感じになったね。わかるかな。もっと興奮したりするべきなのに。
なんで俺、興奮してないんだって。約一週間後にプロデューサーの
デニスと話しをするまで、そんなんだったな。特にこれってものもなく、
繰り返し練習をしてたよ。でも、なんだか義務感みたいのが出てきてさ。
「ヘイ、よくやったな」、「よくやったな」って。その時って、
よくわかんないけど、ハッピーじゃない自分にがっかりしてたよ。
なんだか満足できないし、なんか違うんだよな。それで会話を通して、
気がついたんだ。明らかにこれが、ナンバー・ワン・レコードを
出してしまった人間が感じるフィーリングなんだって。レコードを作ってる時、
このフィーリングを味わったし、作曲してる時もそういう気分だったね。
スタジオに入っていくと、そういう気分になるんだ。なんやかやとね。
その時点で俺は、でたらめまみれの人間じゃないってことに気がついたんだよ。
もしナンバー・ワン・レコードとかを出しても、どうでもいいやって
誰でも言えるはずさ。でも、実際、それって本当だったよ。
ほんとに、俺にとってはどうでもいいことなんだ。何の意味もないね。
ただ、そうやって俺たちが曲を書いただけのことさ。レコード製作に
取り掛かってると、俺たち自身すべてのものに対して、絶対100%
完璧に満足してなきゃいけないって感じだけど。バンドのみんなが
ハッピーな限り、ちゃんとしたものができるんだ。これと同じものが
他から世に出ることはありえないんだから、それで俺たちの気分が
悪くなると思うかい?その時点で、俺たち、変なレコードを作っちゃったのかな?
俺たち、間違ってるのか?最悪なレコードを作っちまったのか?って
くよくよ思うか?スタジオを出るやいなや、巣から飛び出したら、
もう俺には関係のないことなんだ。いいものだろうと、最低だろうと、
俺は誇りに思ってる。そうでなかったとしても誇りには思ってたと思うけどな。
そういうことだ。
Q: ジョニー・マーはどのようにしてバンドに参加したんですか。
I: 基本的に、他にアイデアがなかったんだ。一緒にプレイしたいなって思う、
自分が知ってる限りの友達や仲間について考えたら、この新しいプロジェクトを
始めるのにはあまりしっくりこなかったんだ。他の誰かが必要だった。
正直言って、俺はスミスの大ファンだったわけでもないんだ。
あの当時、あの雰囲気のスミスはすごく好きだったけどね。
他のもの全部が混ざってるみたいに、煮込み鍋状態だよ。好きだったけど、
ナンバー・ワンってわけじゃなかった。でもトゥリー・ピープルっていうのが
いつもいたんだ。トゥリー・ピープルっていうバンドが、
'ビッグ・マウス・ストライクス・アゲイン'をカヴァーしてさ、
それのギターがすごくよかったんだ。それで1年後、俺がまだ高校にいたころだ。
それがスミスだってわかったんだ。だから、そういう感じで傾倒していって、
興味を持っていったけど、23になるまで、あえてスミスを聞こうともしなかったな。
だけど、あのギターがほんとにガツンてきたんだよ。それからその男が、
トーキング・ヘッズのアルバム、'ネイキッド'とかでも演奏してる人物だって
気付いたんだ。それで結局、スミスのギター演奏も、ジョニーが今までやってきた
色々なプロジェクトにも、心から賞賛できるようになっていったんだ。
だから、誰と一緒に仕事しようかと悩んでたとき、ええい、やっちまうか!
って感じで、てんでバカげてるけど、いいじゃんって感じで進んだんだ。
きっと彼はそんなに多忙じゃないはずだしって。それで彼のマネージャーに、
よかったら俺に電話くれないかって伝言を残してさ。それから2週間、
いや1週間半、2週間後だ。彼から電話がきて、話し合ったんだ。
俺がどんなものを求めているかとか、一緒に俺たちと作曲をしてくれる人を
探してるとか。彼はスタジオ・ミュージシャンとかゲスト・ミュージシャンに
なるのはいやだって、はっきりした考えを持っていてね。
俺だってゲスト・ミュージシャンなんかゴメンだし、まあ、そんな感じだよ。
それで一緒にやろうってことになってね。一回演奏してみようって。
それから、あれこれこんな感じで起きてきたわけさ。
Q: エピックでのあなたのレーベル、グラシアル・ペイスから
次に出るのは何ですか?
I: (バンド)'ラヴ・イズ・ラフター'とか、色々さ。この作品を引っさげて、
アメリカをツアーしてきて、ほんとに気にいってるんだ。
全員同意かどうかはわからないけど、俺は絶対だね。
Q: 'ラヴ・アズ・ラフター'の音楽に傾倒していった理由は?
I: ああ、それって、俺が音楽をどう説明すればいいかとか、音楽の何が好きなのか、
俺自身わかってないっていう大問題に発展していく質問だな。
それって音楽なんだ。だから、そこにあるんだ。わかんないよ。
簡単に言葉で説明できるもんじゃないね。
ジョニー・マー(ギター)
Q: モデスト・マウスにどのようにして参加したんですか。
J: 結局、モデスト・マウスと演奏することになったけど、
まあ、2005年8月にアイザックから電話がきたんだよ。
彼はモデスト・マウスのニュー・アルバムを書きたがっていたから、
俺が作曲過程に参加できないかどうか、聞いてきたんだ。実際、俺が
バンドに参加することに興味があるかどうか、知りたがっていたね。
とにかくやってみようって思ったんだ。どういう感じでやれるか、
どんな風に作曲していけるかね。参加できてすごく嬉しかったよ。
モデスト・マウスは大好きだったし、アメリカ北西部のシーンから
どんどん生まれてくるものも好きだったんだ。ビルト・トゥ・スピルとか、
クアシとか、シンズとか、そういうバンドがね。とにかく、これから
どういうことが起きてくるのか、好奇心をそそられたって感じだね。
だからお互いに音楽的にうまくいくかどうかやってみようって、
10日間ていう期間を決めたんだ。実際、最初っからうまくいったよ。
それでファースト・シングルの'ダッシュボード'を書き始めた。
それから翌日起きたら、なんか時差ボケみたいで、頭をかきながら考えたんだ。
昨日の夜、俺たちほんとに、これだって!いう、最高のシングルを
書いたのかなって。俺は今どこにいるんだ?その後の10日間、俺たちは
もっと激しく向き合って、バンドとして刺激しあうような、作曲の
セッションに取り組んだんだ。ひとつづつ、段々、プレイヤー自身も
どんどん係わっていく状態になっていったね。俺たち、ほんとに意気投合して、
燃え上がったよ。俺が帰る頃にはかなりの曲を書き上げていたし、
かなりの作品がレコード上に収録されることになったんだ。
それから俺はイギリスに帰って、またポートランドに戻りたいって
心底興奮してる自分に気付いたんだ。だから、こういう感じで始まったって
わけだよ。かなり自然発生的に誕生した若いバンドが、ひとつになってみて、
お互いを気に入ってるかどうか確かめたわけさ。それから何曲かを書いてみて、
うまくいけばもう一度やるし、何度も何度もね。もうこれでいいっていうまで。
だから、ほんとに自然だったんだ。俺はスーパースターのセッション・ミュージシャンだぜ!
とか、そんなの何もなかったね。そういうのには、全く興味ないから。
とにかく作曲したかったんだ。作曲過程に加わること自体、彼らが俺に望んで
いたことだし。だから、ほんとにすべてうまくいったよ。
Q: 「俺はバンドに必要だ」と、どの地点で思いましたか?
J: まあ、俺は楽曲や音楽が訴えてるものの、その後をついていくって
感じだったんだけど。音楽に対する自分の思いの深さとかね。
作曲が済んで、えーと、12〜14曲くらい書いたかな。すっごく
リハーサルがしたくなってて、もっと作曲も続けたくなってたんだ。
実際、ある日アイザックの所に向かって運転してるとき、はっと気付いたんだ。
俺はほんとにこの曲に愛着を感じてるよな、どういう結果になるか見届けなくちゃ。
ちゃんとしたものに仕上がるまで、育てていかなくちゃって。
だからバンドに宣言したんだ。なあ、みんな、俺はレコードを作りたいんだ。
他の用事は全部延期してもいい。他にやろうとしてたことがいくつか
あったんだけどね。でも、俺はレコード製作に取り掛かりたいって言ったんだ。
友達になれた男たちと、強烈な製作過程に参加して作業してるんだから。
舞台裏には、誰もちっとも気にしてない部分があったわけさ。
俺たち、お互いが友達としてとても好きになってきたし、関係も
強くなってきてたんだ。だから、表には出ないでサポートする、
みんなの横に立っているっていうアイデアは、実際の作業以上に
奇妙なものになってしまったわけさ。レコードが出てしばらくして、
俺が演奏してるっていうニュースが流れると、アイザックと俺は周囲の
人々に説明せざるをえなくなってさ。なぜ、俺が彼らと一緒に演奏してるのかってね。
すごく概念的な感じだったね。そういうのには興味なかったんだ。
スミス出身の男がどうのこうのって説明したり、アメリカのバンドがああで、
こうでって言ったり。評論家がやればいいんだ。俺の仕事じゃない。
でも、レコードが発表された今、みんな居間とか、車の中とか、寝室で
音楽を聴いて、その耳で審判を下せるわけさ。ああ、ジョニー・マーが
モデスト・マウスと演奏してるぜ、なんだこりゃって。
もう音楽自身がものを語ればいいわけさ。レコードが現に出たんだから。
耳で聞いてくれさえすれば、それで完璧に正解だから。
Q: アルバムがアメリカでいきなり1位デビューというのは、
どう思いましたか。
J: 1位に躍り上がったのは驚いたし、すばらしいことだよ。
すごく嬉しかったね。そんなこと考えてもいなかったし。
特に、1位にならなかったレコードを過去に沢山出してるからね。
だから、凄いことだと思うな。作曲だって、そう狙ってやったわけじゃないし。
そんなのはよくないよね。でも、かなり勇気付けられたな。
興味深い音楽はナンバー・ワンとは縁がないって思ってたから。
そういうのって、概して骨抜きにされたもので、安全で、超コマーシャル物だから。
'わんぱく坊やたち'がトップに昇ったってのは、凄いことだよ。
アメリカの音楽シーンにはいい話が沢山あるよ。
Q: 今、関心のあるバンドはありますか?
J: 今は、UKなら、ザ・クリブスがかなり好きだね。アメリカの
ビルト・トゥ・スピルもいいな。その手のバンドかな。
いつも自分にケリを入れてるんだ。すぐバンドの名前を忘れちゃうんでね。
モデスト・マウスのアメリカ・ツアーで前座を勤めた、マン・マンも好きだよ。
彼らは本当に興味深いバンドなんだ。みんなに彼らのショーを見にいくように
薦めてるんだよ。ザ・グッド・ザ・バッド・アンド・ザ・クイーンの
レコードもいいよ。ほんとにおもしろいんだ。ありきたりのものじゃない
やつなら何でも。(不明瞭)すでにあるものを焼き直してさ。
そういうのがいいんだ。マン・マンやザ・クリブス、ビルト・トゥ・スピル
とかが、今のお気に入りだね。
Q: モデスト・マウスとのツアーはどんな感じですか?
彼らの昔の曲を覚えたりする作業はいかがでしたか?
J: モデスト・マウスとのツアーは本当に楽しかったよ。現時点で
もう54回目のショウになるんだけど、そういうとかなりの人が
びっくりするんだよね。でも去年の11月からツアーしてるからね。
今、レコードが発売されたってわけじゃないんだ。もうとっくに
ツアー中なのさ。未だに色々学べるのはすばらしいことだよ。
主としてアイザックによるとことが大だね。物凄く強烈な誰かと
ステージにあがるのって、いつだって興味深いことだよ。
2晩ごとじゃなかったな。毎晩がそうなんだ。時々あら捜しされちゃう
ようなレヴェルになることもあるけど。でも、確かにその演奏は
力強いもので、彼らのステージを目の当たりに見てきたよ。
俺は好きだな。明らかにアメリカでは何かリアクションが違うんだ。
アメリカのほうが観客も彼らに慣れてるからね。それっていいことだよ。
多くのショーをアメリカでやってきたけど、そこからヨーロッパに
やってくると、凄いんだよ。かすかに演奏法が変わるんだから。
作品とか、そんなに馴染みのない観客を相手にするときはね。そうは言っても、
ロンドンでプレイしたときは売り切れだったよ。11月、ココスで
2000人規模で演奏したけど、満員だったよ。だから俺はいつも言ってるんだ。
イギリスの新聞以外は、モデスト・マウスがどういう存在か、誰でも知ってるってね。
Q: モデスト・マウスに於ける、あなたの個人的ゴールは何ですか?
J: とにかく、みんなにレコードを聞いてほしい。レコードを買ってほしいね。
好きじゃないなって思ってた人でも好きになるから。とにかく凄いんだから。