’72年にイギリスのバーミンガムでK.K.ダウニング(g.)、イアン・ヒル(b.)、ロブ・ハルフォード(vo.)、ジョン・フィンチ(ds.)の4人によって結成された。’74年にガル・レコードと契約。それと同時期にグレン・ティプトン(g.)を迎え、その年にデビュー・アルバム『ロッカー・ローラ』を発表した。
翌年、ドラマーをアラン・ムーアにチェンジした彼らは、セカンド・アルバム『運命の翼』をリリース。”第15回レディング・フェスティバル”にも出演した。
’77年、プロデューサーにディープ・パープルのロジャー・グローヴァーを、ドラマーにセッション・プレイヤーとして有名なサイモン・フィリップスを迎え、CBS U.K移籍後、初のアルバム『背信の門』(全英23位)を発表。また、パーマネント・メンバーとしてレス・ビンクス(ds.)を迎えて制作されたアルバム『ステンド・クラス』(’78年/全英27位)も好セールスを記録した。
’78年8月に初来日。
’79年には2度目の来日公演を行う。この時の模様はライブ・レコーディングされ、『イン・ジ・イースト』(’79年/全英10位)として発表。レス・ビンクス(ds.)はこのアルバムを最後に脱退した。
’80年、元トラピーズのデイヴ・ホーランド(ds.)を迎えた彼らは、初の全英トップ10入りした『ブリティッシュ・スティール』(全英4位)を発表。
’81年2月発表の『黄金のスペクタクル』(全英14位)をはじめ、意欲的にアメリカ・マーケットを狙い、全米で200万以上のセールスを記録した’82年7月発表の『復讐の叫び』(全英11位、全米17位)、前作と同様に成功を収めた’84年1月発表の『背徳の掟』(全英19位、全米18位)といったクオリティの高いアルバムを発表し続け、確実に支持層を拡大。
特に結成15周年にあたる’86年4月に発表された『ターボ』(全英33位)、全米17位)では、ギター・センサイザーの導入という大胆かつ斬新なアプローチを提示し、世界をアッと言わせ、また一部では賛否をめぐる論争さえも巻き起こった。
その後、’86年に行われたワールド・ツアーの模様を収録したライヴ・アルバム『プリースト…ライヴ!』を’87年6月に発表。
’88年6月に『ラム・イット・ダウン』(全英24位、全米31位)を発表。
その後ドラマーのデイヴ・ホーランドが脱退。新たに元レーサー・Xのスコット・トラヴィスを迎えるというメンバー・チェンジを行った彼らは、’90年9月に『ペイン・キラー』(全英24位、全米26位)を発表し、それに伴いワールド・ツアーを敢行した。しかし、そのツアー終了以来ジューダス・プリーストはバンド活動を休止。
’92年には映画<バッフィ・ザ・バンパイア・キラー>のサウンドトラックの中でロブが初のソロによるナンバー「ライト・カムズ・アウト・オブ・ブラック」を披露。そして、彼は脱退を表明した。
’93年にヒストリー・アルバム『メタル・ワークス』が発表され、いよいよ解散かと思われたジューダス・プリーストは、その噂を否定。新たなヴォーカリストにリッパー・オーエンズが決定し、バンド活動の再開を表明している。