■収録曲
トラック タイトル time
M01 PYGU 3:40
 
M02 PSALM OF MOTION 3:44
 
M03 FURY UNTO FEATHERS 3:53
 
M04 THE GLASS LANGUAGE 3:38
 
M05 A(MA)ze in(G) 4:47
 
M06 C2H5EMYSTERY 4:32
 
M07 MASQ VANITTII 2:48
 
M08 ENGYNA 3:13
 
M09 ARKWORK 5:31
 
M10 THE ARCHERS OF ARDOUR 3:52
 

INTERVIEW


CHRIS MOSDELL 氏

『EQUASIAN』で自分の本質を表現したかった

----70年代終わりに来日されて、YMO周辺をはじめとする日本のさまざまなミュージ シャンに詞を提供してきたクリスさんが、この『EQUASIAN』でレコーディング・ アーティストとしてデビューしたきっかけはなんだったんでしょう?
「最初のきっかけは、それまでたくさんの歌詞を書いてきて、それらの決まった フォーマットを崩した新しい形の詞を書いてみたいという欲求があの頃に芽生えてたこと。と、同時に詩人としての自分の本質というものが、なかなか理解してもらえないと いうフラストレーションもあった。自分を理解してもらうにはどうしたらいいのか、 そんな自問自答をしているうちに、自分の書く歌詞を文字や言葉だけで受け止めてもらうよりも、音楽とヴィジュアルを伴っての形で見せたほうが理解してもらえるんじゃないかと思ったんだ」
----ヴィジュアルを伴って見せるというのは?
「たとえば、文章を迷路の形をなぞって書いていったり、水をテーマに書いた詩の紙をキッチンに持っていって蛇口の下に置いて、水滴で滲ませたりっていうような行為を実験的に始めるようになっていたんだ。そういうものを、ぼくはヴィジュアル・ ポエムと呼んでいて、一部をYMOに渡したりもしたんだけど、やっぱり他の人の歌詞になるとうまく伝わらないなっていう思いがあった。そういう思いを抱えながら過ごしていたんだけど、あるとき、アルファの社長だった村井さんが、“なら、クリス、お前が自分でレコードにしろよ”って言ってくれた。それでアルバムを作ることになったんだ」
----すると、ご自身のアルバムという形で、ヴィジュアル・ ポエムの世界というものをしっかりと伝えたかった?
「そう。自分ですべてをコントールして」
----そうした経緯で作られることになったこの『EQUASIAN』は、とても変わった音楽作品になりましたね
「まず、『EQUASIAN』の収録曲はどれも数学や化学の方程式から題材を取っているんだ。 まず“PYGU”。これは光と暗闇の方程式。“The Psalm of Motion”は振り子の 原理、“Fury Unto Feathers”は重力、“The Glass Language”はハンマーの圧力、 “A(MA) ze in(G)”は幾何学、“C2H5emystery”は化学調合、“Masq Vanittii”は 相対性理論、“Engyna”は女性器、“Arkwork”は水、“The Archers of Ardour”は アングルといったように、それぞれテーマがあって、そのテーマを持った詩を音楽 とブックレットのアート・ワークで伝えようっていうプロジェクトだった」
----『EQUASIAN』はかなり力の入ったアート・ブックが付属してますよね。
「そう。これらのアートは、原型をぼくが描いて、それを有名な建築家の人が仕上 げてくれたり。詩と音楽とこれらのアートがひとつの方程式として組み合わさって、 初めて『EQUASIAN』という作品になるんだ」
----三位一体?
「そう。光と暗闇がテーマとなった“PYGU”は、サウンドはジャングルのアンビエント音とピグミー族の民俗音楽をミックスしたもので、ヴィジュアルとなるアートは その詩が一塊となって見る人の視覚に訴えるようになっている。聴覚と視覚、そして 言語が一体となった作品なんだ。ぼくは日本の俳句がとても好きで、短い言葉から一 挙に視覚的、聴覚的なイメージが想起されるところが素晴らしいと思っている。芭蕉 の“古池や 蛙飛び込む 水の音”なんて、あんなに少ない言葉で見事にひとつの世界 を多層的に表現してるでしょ。同じことをしようとしたミルトンは『失楽園』であ んなに膨大な言葉を連ねなきゃいけなかったのにね(笑)。ぼくはこの『EQUASIAN』 で芭蕉的なアプローチを目指してるんだ」


PYGU / 詩でジャングルが描かれている
『EQUASIAN』では曲毎にそれに対応する、このようなアートワークが描かれている。


----そのために、サウンドとアートがある?
「そのとおり。“The Psalm of Motion”は振り子の原理をテーマにした作品だけど、 サウンドのほうは振り子のように右チャンネルと左チャンネルを行ったり来たりし てるし、ブードゥー教の音楽をコラージュして、ちょっと催眠効果を出している。振 り子の動きを見つめていると眠くなっちゃうでしょ。“Fury Unto Feathers”でも、ぼ くの声が重力の底に落ちていくような効果を出しているし、それはブックレットの アート・ワークでも視覚的に表現されている。“The Glass Language”では、ぼくはスタ ジオでハンマーを持ってワイン・グラスを叩き割り、その音をサンプリングしたん だけど、ブックレットのアートでは、割れた破片の中に詩の断片が書かれている。こ ういうふうに、『EQUASIAN』は全体が詩とサウンドとアートが相乗効果をもってひと つの世界を作っているんだ」

The Psalm of Motion /
振り子の原理をテーマにした作品
Fury Unto Feathers /
声が重力の底に落ちていくイメージの曲
The Glass Language /
割れた破片の中に詩の断片が書かれている

----「The Glass Language」では、クリスさん自身がグラスを割ってるんですね? (笑)
「もちろん。しかも割ったワイン・グラスは全部ぼくが自費で買って持ち込んだん だ(笑)。いかにぼくが『EQUASIAN』に力を入れていたかわかるでしょ(笑)」
----すごい(笑)。
「エンジニアの人に“割るのはいいんだけど、あんまり散らかさないようにして よ〜”なんて言われたっけ(笑)。あと、“A(MA)ze in (G)”では、ゲスト・ミュージシャ ンに本物の能楽の奏者の人を呼んだんだ。演奏の中ですごく気に入った部分があっ たんで、曲の中でその部分をリフレインしてもらおうと頼んだら、それは能の様式か ら外れるからダメだって断られちゃって。“そこをなんとかお願い!”って、むりやり やってもらったから、能に詳しい人がこの曲を聴くとびっくりするんじゃないかな (笑)」

A(MA)ze in (G) / 幾何学をテーマにした作品C2H5emystery / Chemystry、つまり化学変化がテーマ

----このアルバムのサウンド面では元サディスティックスの今井裕さんが協力して いますけど、今井さんとの共同作業はどのように進んだんですか?
「ぼくがヴィジュアル音符とでもいうべきものを書いて、彼にそれを音にしても らったんだ。たとえば五線譜のあるところに雨の絵を描いて“ここに水滴の音を入れた い”とか。そして雨っぽい音ってなんだろうとってぼくが考えて、水滴の音のサンプリ ングはもちろん、雨のイメージのある音を出す楽器っていうことでマリンバを思いつ いて、今井さんにマリンバを使ってくれるように頼む。曲の最後の方で嵐のイメージ が欲しいから、ロック・ギターを入れてくれ、みたいな」
----クリスさんのイマジネーションを実際に音に置き換えていくというような?
「そうだね。今井さんはそれをすごくうまくやってくれた」
----こうして、音楽を聴き、アート・ブックを見ていると、芭蕉の俳句じゃないで すけど、詩の世界がとてもイマジネティヴに伝わってきますね
「ありがとう」
----というのは、クリスさんの詩は日本人の私たちからすると、日本語に訳しても なかなか難解な詩が多くて。
「それは多分、カット・アップを多用しているからだと思う。ぼくが昔から好んで いるスタイルにカット・アップ、つまり一度書いた詩を行ごとにバラバラにして、そ れをランダムに再構成してみるって手法があるんだ」
----それはウィリアム・バロウズの影響ですか?
「そうそう。バロウズは昔からいちばん好きな作家で、大きな影響を受けた。ぼく がカット・アップって手法を用いるのは一種、バロウズに対するトリビュート的な意 味合いもあるね。ところで、ぼくはいま生活の半分をアメリカ、コロラド州のボール ダーで過ごしているんだけど、そこってバロウズが長年過ごした土地で、彼が住んでい た家も、ぼくの家からほんの数百メートルのところ。なんだか運命的なものを感じる ね。偉大なバロウズのスピリットを毎日吸収している気分だよ」
----なるほど。名作『裸のランチ』が書かれた家の近くなんですね。ところで、 『EQUASIAN』の印象的なジャケットについても解説してください。
「とても非現実的な写真にしたかった。このアルバムのテーマである様々な方程式 の一部分に、ぼくもなるというか…。アジア的でありヨーロッパ的でもあるようなイ メージで、ぼくのつけている衣装はどれも和服と帯をリフォームしたものなんだ。この ジャケットはまだ持ってるけど、帯から作ったこの帽子はなくしちゃったんだよね (笑)」
----(笑)このアルバムを作ることで、当時のクリスさんが抱えていた、ご自分の 本質を理解してもらいたいという希望はかないました?
「そう願いたいけど、ま、それは大きなミステリーだね(笑)」

MASQ VANITTII /
相対性理論がテーマ。顔に詩で描かれた
皺が刻まれてゆく
ENGYNA /
女性器がテーマ。「生産」という文字が頭に浮かぶ
ARK WORK /
水がテーマ。水滴が海になり、また水滴に戻っていく

The Archers of Ardour /
アングルがテーマ