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槇原敬之の6thシングル「北風」がリリースされた1992年の冬。当時、雨宮さんは甲府にある高校の2年生。この曲はラジオやテレビで流れる流行歌の一つとして、かすかに記憶している程度だった。
「17歳の頃、いわゆる反抗期でしたね。何となくクラスに馴染めず、家ではいつももやもやしてて、早くどこかに出ていきたいと考えてました。だから、一人で行動することが多かったように思います。『なぜか一人で……』という歌詞に共感したのは多分、そんな自分と重なったからでしょう」
似たような人たちと似たような価値観の中で生活していくのが嫌だった。雨宮さんはそんな理由で京都の大学を受験。自分を知る者が誰もいない街で一人暮らすことを選ぶ。
「京都の街はすごくしっくりきたんです。のんびりした雰囲気が自分に合っていたんでしょうね」
この曲と出逢ったのは大学3年の時。槇原ファンの友人から薦められた初のベスト盤『SMILING』の中の1曲だった。
「ちょうど飛び級して大学院に入った年。5月に司法試験の最初の関門である択一試験に合格したんですが、その直後に出たアルバムだったと思います。よく聴いたのは冬になってからですね。京都の寒い冬にピッタリの曲だなぁ、と感じた記憶があります」 |
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大学院時代は毎日、自転車で大学へ通い、司法試験に向けての勉強に明け暮れていたという雨宮さん。『自転車が凍えている』のフレーズは比喩ではなく実感だったと笑う。
「当時、勉強以外の思い出はほとんどありませんね。階段を一段ずつあがるように成績があがっていったので不安はあまりなかったんですが、よく息抜きに京都の街を自転車で走っていました。この曲は大好きな京都を思い出させる歌。北風が冷たかったなぁ、って(笑)」
1999年に司法試験の最終合格を果たした雨宮さんは、翌年春に6年間の京都生活を終えて東京へ。1年半の研修期間を経て昨年10月、弁護士として音楽関係のネットビジネスを展開する民間企業に就職した。今は契約書づくりや法務全般の相談を受けながら、この世界で必要不可欠な著作権法について勉強中。
「一般企業に社員として入社するのはすごく希なケースだと思いますが、日々、いろいろなプロジェクトが立ち上がっていくのを目の当たりにするのがすごく楽しいんです。クリエイターの皆さんと関わりながらテキストにない勉強ができる、恵まれた環境だと思ってます」
ちょっとした調べものやお使いには今も自転車。時にはウォークマンで「北風」を聴きながら、オフィスのある六本木の街を駆け抜けている。 |
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