ココロノウタ

『ココロノウタ』

チュール

【初回生産限定盤】KSCL-1662〜KSCL-1663/アルバム/2010.12.1/¥3,200(税込)
【通常版】KSCL-1664/アルバム/2010.12.1/¥3,059(税込)


ココロノウタの魅力について

 チュ−ルの『ココロノウタ』は誰の真似でもなく,それでいて誰 もが持ち得る感情を描いた作品集だ。気持ちがゴロンと届く歌があ り,一方で新人とは思えないほど音やアレンジにこだわった曲があ る。でも本人たちに訊ねると,やはりそこはファ−スト・アルバム。 「自分の22年間の日記帳の総まとめ」(酒井由里絵)であり,「曲 によって様々な成長が伺える」(重松謙太)ものになったという。
 「誰もが持ち得る感情」と書いたが,これはポップ・ミュ−ジッ クの必須条件でもある。例えば「可愛い君へ」。子供の頃,親や親 戚,兄弟に対して,善かれと思ってやったことが裏目に出てしまっ た経験は誰にでもある。そんなホロ苦くも心温まる家庭でのエピソ −ドを歌いつつ,それを慰める側の目線でまとめあげた歌だ。そし て「足跡コレクション」。そこには“小さな冒険”が呼び覚まされ る。道に迷ったら不安だけど,それを上回る勇気が湧いたなら,知 らない道こそがワクワクの対象。「子供の頃,ショッピング・モ− ルで迷った経験を思いだして書いた」(酒井)そうだが,調子が出 てきた主人公は自分に対して「見つけちゃダメ」と冒険の継続を願 い叫んでる。気がつくと,周りの様々なもの引き連れて,パレ−ド するように歩幅を拡げてる。「アレンジもそんな感じにしたかった」 (酒井)らしく,でもホント,そんな音になってる。この曲に限ら ず,サウンドの描写力もこのレコ−ディングで鍛えられた様子だ。 「ギタ−弾くにも,どう歌の世界観に寄り添うかを優先した」(重 松)と語るあたり,実に心強い。
  ラヴ・ソングもモチロンあるが,このアルバムでは“淡さ”こそ が魅力だ。「苺日和」には,恋の初期症状がリアルに描かれている。 ふと異性が自分の心を占有し始めた時,まず感じるのは違和感だろ う。歌の冒頭でそれを示しつつ,でもそれが恋と悟った瞬間,主人 公は俄然行動的になる。実際の酒井由里絵はどうだったのだろうと, そんな想像もしたくなった歌である。それが「ため息」となると, 恋もかなり進行してる様子なのだ。何しろ相手の洗濯物を干してる のだから…。空想が産んだラブ・ソングかもしれない。でも「幸せ な時だからこそ出るため息」(酒井)がテ−マだったという。実際 に“ハァ〜”と歌詞表現としても出てくる。しつこいが“ハァ〜” が実に良い。自由なソング・ライティングの姿勢が出ている。  ここ数年,春になると話題の“桜ソング hも収録されている。タ イトルは「約束の木の下で」。桜吹雪の中,ポツンと咲き遅れた蕾 に“自分は出遅れてるかも…”という心情を重ねるあたり,凡庸に は終わらせない。「雨音ワルツ」はヨ−ロピアンな肌触りで絵画的 な作風を見せて,音楽性の幅を見せる。聴き終わったあとの余韻こ そが御馳走となる一曲だ。酒井のボ−カリストとしての声の深みを 感じる出来ばえだ。  反抗心を歌ったものはさほど目立たない。[反抗=ロック]とい うステレオタイプな姿勢で曲作りをしているわけじゃないからだろ か。「それが大人ってもんなのか」にしても,“大人は分かってく れない!!”と吐き捨てる歌ではなく,自分自身の“大人性”を問い 掛ける歌になっているわけだ。カントリ−・ロック調の踝のあたり はね上げる感覚のビ−トが心地よい。  さて,ここまで『ココロノウタ』に収録された様々な楽曲に関し て書いてきたが,彼らにとってのここ2〜3年の最大の変化といえ ば,故郷・北海道から東京に出てきて活動するようになったことだ。 それは同時にプロになったことを示す。それが作風にも当然変化を もたらした。それらを示す3曲を最後に…。デビュ−曲「見てみて よ」,セカンドの「思想電車」,そしていま現在の最新シングル 「やさしさを考えてみる」である。
 最初の2作は北海道で生活していた頃の風景がバックグラウンド にある。「見てみてよ」で主人公が寝そべっているのはビルの屋上 などではなく,おそらく何百ヘクタ−ル(?)も続く大地だろう。 「思想電車」がひた走る路線にしても,充分な“思想”をするだけ の駅間を有しているはずだ。しかしそれが,上京後の作風と想われ るサ−ド・シングルでは一転。都会の狭間で「やさしさを 考えてみる」こととなるのである。この曲には「内面に溜まってきた ものを吐き出した感覚」(酒井)があったという。目の前の空間の 変化はヘクタ−ル単位から_u単位(自分の部屋)へと変わる。  「やさしさを考えてみる」には,思っていた以上の反応が あったそうだ。「私は“何もかも嫌になった”って,ただ自分の気 持ち歌っただけだったのに,“そうだそうだ!”って沢山の人が」 (酒井)。「そう。“嫌になった軍団”が現れた(笑)」(重松)。 反響の大きさにビックリ。ただこのことが「自分らしく書けばいい んだ」(酒井)という自信にもつながった。  アルバムは「願い」という作品で幕を閉じる。月,海,光…。根 源的な言葉とともに,音像もクリエイティヴに変化していく。そし てこの歌は,これからも“ココロノウタ”を歌い続けていくことを 宣言するかのように響く−−。
小貫信昭