第3回ヤマハ・ライトミュージックコンテスト全国大会でグランプリを受賞し、1970年にメジャーデビュー。主要メンバーは山本(当時は新居)潤子のほか、後藤悦治郎、平山泰代、山本俊彦、大川茂。多種多様な音楽性で同時代のフォークとは一線を画した。74年9月に解散、ハイ・ファイ・セットと紙ふうせんへ発展。
1974年10月、山本潤子、山本俊彦、大川茂の3人で結成。ファッショナブルなコーラスワークを前面に打ち出した。初期はユーミン作品を多く取り上げヒットを連発。77年のアルバム「ラブ・コレクション」は年間チャートNo.1を記録。ポップスからジャズまでをこなす幅広い音楽性で厚い支持を受けたが、94年9月に解散。
1994年10月、ソロデビュー。コンサートを中心にマイペースな活動を続け、赤い鳥、ハイ・ファイ・セット時代のナンバーも歌い継いでいる。鈴木康博、細坪基佳と組んだSong for memoriesをはじめ、森山良子、白鳥英美子とのV3、伊勢正三とのデュオ、nanan、Aprilなど、ユニットとしての活動も多い。