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収録曲
1. ずっと読みかけの夏 feat. CHEMISTRY Windows Media Playerで曲が試聴できます。 - Windows Media Playerでビデオクリップが試聴できます。 -
2. Schlafenszeit - - - -
3. ずっと読みかけの夏 feat. CHEMISTRY (INSTRUMENTAL) - - - -

ビッグ・トライアングル・コラボから届いた残暑見舞いは、
ささやかだけど幸福な記憶を歌った、
ブラジルが隠し味のポップス。
文:川勝正幸(エディター)
第3弾もトライアングル・コラボのルールどおり。
 冨田ラボとは、音楽プロデューサー、コンポーザー、アレンジャーの冨田恵一(1962年生まれ)が自分発信で音楽的冒険をやるためのソロ・プロジェクトである。
冨田ラボの今年の動きは面白い。2月のファンク「Like A Queen feat. SOULHEAD」では吉田美奈子が、6月のソフトロック「アタタカイ雨 feat.田中拡邦(MAMALAID RAG)」では高橋幸宏が作詞を手がけた。
2005年第3弾シングルは、第1弾や第2弾同様、トライアングル・コラボレーションものであった。どうやら、冨田は自分より一回り以上若い世代をヴォーカリストに、一回り以上先輩の世代を作詞家に起用することをトライアングル・コラボ(別名:音楽のDNAで結ばれた三世代住宅)のルールに決めたようだ。
9月のシングル「ずっと読みかけの夏」はヴォーカリストがCHEMISTRY(川畑要が1979年生まれ、堂珍嘉邦が1978年生まれ)で、作詞が糸井重里(1948年生まれ)なのだ。糸井が少年目線で書いた「初恋未満の記憶」を、冨田が「70年代後半から80年代頭にUSAで受け入られたブラジリアン・ポップス」を意識して作ったサウンドに乗って、CHEMISTRYがいつもとは少し違う表情で気持ちよさげに歌っている。
異色な楽曲の構造が、二色のヴォーカルを堪能させる。
 以前にも、冨田ラボは「God bless you! feat.松任谷由実」で、ビッグネームなヴォーカリストをフィーチャリングしたが、あくまでソロ・アルバム『シップビルディング』(03)収録の1曲であった。今回は、CHEMISTRY。自分たちのシングル「Wings of World」のリリース2ヵ月後に発売される冨田ラボのシングルへの参加である。この初顔合わせーー冨田恵一がCHEMISTRYをプロデュースするのと、冨田ラボがCHEMISTRYをフィーチャリングするのとではどう違うのか? 冨田ラボの真価が問われる大勝負と言えるだろう。いわゆるシングル・マナーにおいては、BメロはAメロからCメロ(サビ)へ繋ぐ役割とされているけれど、「ずっと読みかけの夏」のBメロはかなり長い。しかも、サビがリフっぽく機能している。おかげで、尺も6分半。しかし、この異色な構造が川畑と堂珍の二色の歌の上手さをたっぷり堪能できる結果となっている。逆に、二人でなければ歌いこなせない歌い甲斐のある構成とも言える。申し訳ないことに、筆者はこれまでCHEMISTRYをちゃんと聴き込んだことがない。テレビやラジオ、コンビニで聴こうとしなくても、自然と耳に入ってくるからだ。自分のようなサブ・カルチャー・フィールドの音楽マニアにも、冨田ラボはCHEMISTRYの歌の魅力を伝えたかったのではあるまいか。MISIA「Everything」(00)、中島美嘉「STARS」(01)、平井堅「RING」(02)……といったヒットを飛ばさなければならぬアーティストのヒット曲を手がけてきた男でありながら、名うての音楽マニアでもある冨田らしい企みと感じるのは、深読みだろうか?
糸井さんが少年目線の詞を書いた歴史と背景
 「Like A Queen feat. SOULHEAD」は、女の子たちの背中を恋愛方面に押すアッパーな詞だった。「アタタカイ雨 feat.田中拡邦(MAMALAID RAG)」は、優しい男の子たちの傷心を癒すメロウな詞だった。さて、「ずっと読みかけの夏」は......。
初恋でも、青い体験でもない。初恋未満ゆえに、永遠の生命を獲得した記憶の宝物。あなたが男性なら、自分の少年時代の経験とだぶらせることができるはずの少年目線の歌だと思う。筆者は、久々に作詞家・糸井重里の魅力を満喫した。初恋でも、青い体験でもない。初恋未満ゆえに、永遠の生命を獲得した記憶の宝物。あなたが男性なら、自分の少年時代の経験とだぶらせることができるはずの少年目線の歌「ずっと読みかけの夏」で、久々に作詞家・糸井重里の魅力を満喫した。え! 女性のリスナーはどう感情移入すればいいか? って。それなら少年時代の川畑くんや堂珍くんにほのかな思いを寄せられる「気分は白いブラウスが似合うきれいなお姉さん」ということでどうでしょう?
糸井さんといえば、コピーライターとしてだけではなく、今では1日百万アクセス以上のホームページ「ほぼ毎日イトイ新聞」のダーリンとして慕われているけれど、作詞家としての素晴らしい仕事もいっぱいだ。沢田研二の「TOKIO」(79)やムーンライダーズの「花咲く乙女よ穴を掘れ」(82)などを思い浮かべる人が多いと思うが、「ずっと読みかけの夏」は、矢野顕子が佐野元春とデュエットした名曲「自転車でおいで」(『グラノーラ』93)の系譜の作詞である。糸井重里へのオファーで、冨田恵一は言葉のセンスも凄くある人だ、ということを再確認した。
ポップス工場の秘密
 CHEMISTRYが歌う言葉が耳に入ってくる度に、いつか見た甘酸っぱい日本の風景が脳内のスクリーンに次々と上映されていく。冨田が作ったサウンドは、いい意味で出しゃばらず、イメージの乗り物[ルビ:ビーグル]として機能する。しかし、繰り返し聴くと、70年代後半から80年代頭の良質なアメリカン・ポップスの冨田ラボ仕様という第1印象が崩れてきた。もしや? プレス用の原稿がミスリードしては申し訳ないので、以下、本人に確認してみた。「70年代後半から80年代頭に、アメリカで受け入れられたブラジルのポップスってあるじゃないですか。イバン・リンスとかジャバンとか。確かに。ブラジルのコンポーザーの作品やシンガーの楽曲を、クインシー・ジョーンズなりデイヴ・グルーシンがプロデュースしたものって、ほとんどアメリカのポップスに聴こえますもんね。でも、コードとメロディの関係や譜割りが、やっぱりアメリカの音楽とはちょっと違って、エキゾチックな感じがするんですよ。ブラジル音楽というのは、元々、僕の作曲術の基本の一つとして身体に染み込んでいるんですが、この曲を作りながら、その辺が出ているなあとニヤニヤしながら仕上げました。『ずっと読みかけの夏』のアレンジは、ベタに聴こえないようにブラジル色を前面に押し出していないから分かりにくいかと思いますが、おそらくポルトガル語で歌ってもハマると思います」 CHEMISTRYの歌の印象がいつもと少し違うのは、冨田の入れた「70年代後半から80年代頭に、アメリカで受け入れられたブラジリアン・ポップス」という隠し味のせいだったのか。いい言葉とグッとくる歌を立たせて、リスナーを酔わせながら、ブラジル音楽の成分を知らないうちに味わせている。これぞチョコレート工場の秘密ならぬポップス工場の秘密! ポップスの魔術師がメジャーな土俵で実験する冨田ラボの面白さなのだと思う。