AIR'S NOTE - プロダクションノート  by 高木正勝
この「AIR'SNOTE」というアルバムは、少しコンセプチュアルな所からスタートしたプロジェクトでした。アルバムを購入すると期間限定で体験できる「CO2排出量測定test」、そこから発生した「森」、さらには「森と人との共生」というイメージ。

制作の殆どを(「One by one by one」のみロンドンのスタジオで録音)自宅にあるスタジオで制作しました。スタジオといってもリビングルームに最低限の機材が置いてあるだけの簡単なものです。京都府の亀岡市という片田舎にあるのですが、5分も歩けば簡単に山の中に入れるという、ある程度恵まれた場所です。窓から入ってくる外の音は、殆ど無音に近くて、時々虫や鳥の鳴き声がやってくるという感じです。これだけ聞くと素晴らしい環境の様に思われてしまうかも知れませんが、片田舎である為、車生活を余儀なくされ、それに一度慣れてしまうと歩いて10分程のコンビニに行くのですら車を使ってしまうという嫌な悪循環も生まれます(都会なら気にせず歩ける距離なのですが。。)。この亀岡には小学生の頃に引っ越して以来、(大学時代を除いて)ずっと過ごしている訳ですが、今までこの土地を表現しようとは思いもしませんでした。どちらかというと、ここではないどこか(もしくはここにはないと思っていたもの)を求めて海外に出掛け、他文化のインスピレーションを得て作る事が殆どでした。ところがここ数年、海外に仕事以外で旅行に行っていないせいか、地元からインスピレーションを受ける事が多くなりました。そしてこのアルバムでは、「自分がここでしか作れない音楽を作る」という事を大切にしました。

そこでまず、近くの山に足を運び森林の中で多くの時間を過ごす事にしました。特に気に入って出掛けた時間は、朝の5時前後。夏だった事もあり、この時間が一番空気が澄んでいて気分が良かったです。一番不思議だったのは、山に入る迄聞こえていた虫や鳥の音が、山に一歩足を踏み入れた途端に変化した事でした。まるで山(森)と住宅地との間に境界線があるかの様に。そのライン上だけは音が無音に近くなって、木々の奥に足を進めるに連れ、全く別の音空間がやってきました。そして暫く木々の中で時間を過ごすと、音の聞こえ方がより複雑になり、耳を澄ませれば澄ませる程、新たな音が新たな場所からやってくる。一つの目立つ音が空間を作っている訳ではなく、聞こえないくらい小さな音の集まりで空間が満たされていました。

近くにこの様な空間(山、森林)があると言っても、自分が普段生活している空間は明らかに「住宅地」です。「山(自然)」はきちんと道路や柵等で「住宅地」とは分けられています。自分が必要な時だけ山(自然)の中に身を置いて、普段は家の中で生活している。「森との共生」というテーマを考えても、「ああ、自分の都合のいい時だけ自然に接している」、そんなイメージしか湧いて来ませんでした。

ただ、住宅地にある家で生活をしていても「森(自然)」を感じる事は出来る。おそらく亀岡でなくても、東京の様な都会でも、虫や鳥の音を聞き取ることは出来ると思いますが、「聴こう」としなければ聞こえてこないものです。このアルバムには、最初に挙げた様な「二酸化炭素」や「森」というテーマがありましたが、「森(自然)を大切にしよう」とかそういった大それた代物ではありません。そういうもの(自然)に思いを馳せた時間に作り上げた音の集まり、ただそれだけのアルバムです。本当の意味で自然とすぐに共生出来なくても、思いを馳せる事は出来る、そして自分の生き方が変わる。ただそれだけのアルバムです。



制作、音作りの事を少し。
いつも自分の曲作りについて「キャンバスに絵を描いて行く様に作る」と説明していましたが、それはあくまで曲を作った事がない方々にどうやって曲が作られていくのか簡単にイメージしてもらう為でした。ところが今回は、文字通り「キャンバスに絵を描く様に音楽を作る」という作り方を経験する事が出来ました。水彩画をイメージして頂けるとわかる思いますが、例えば、葉を描く時、まず薄い緑を軽く塗って大体の形を描いた後、徐々に濃い色を用いて細部を描いていく、といった事を今回は音で体験する事が出来ました。一つの音空間を作る為に、様々な色の音が使われています。普通に聞いてしまうと目立つ部分しか耳に入ってこないかも知れませんが、よく耳を澄ませると色々な音が聞こえて来る筈です。実際に森の中に入った時に感じた感覚を再現しようと思うと、自然とこういう作り方になっていきました。

これから一曲ずつ制作当時の事を思い出しながら書いていこうと思いますが、先に「イメージ」について説明をしておきます。まず、曲の基本となるメロディーが出来上がったら、それを簡単に録音してしまいます。そして何度も聴いて曲の「イメージ」を膨らませます。時には写真や絵画の様に静止した状態の一枚だったり、絵本の様に挿絵と物語の組み合わせだったり、映画のワンシーンの様に様々な要素が飛び交うイメージだったり。それを、様々な音色を使って少しずつ描いていきました。音楽制作の傍ら映像も作っているせいか、自分の中に、ある程度明確なイメージが湧いてこないと曲がきちんと仕上がりません。自分の中に「イメージ(映像)」や「物語」が湧いてこないと、どの音を足していけば良いのか、どう音を作り込めば良いのか、あやふやになってしまいます。ただ、これらのイメージは、あくまで曲を作るのに必要だったもので、曲を楽しむ為に必要なものではありません。音楽は音楽として、自由に楽しんで頂ければ嬉しいです。
Takagi Masakatsu セルフライナーノーツ
01: Ophelia
2004年暮れに制作した三菱COLT plusのCM曲を発展させた曲。「森の中をゆっくり通り抜けるイメージ」から曲作りをスタートさせましたが、この曲を聴くと、夏の日差しが心地よく部屋の中に注して込んでいたのを思い出します。自宅で制作しているのですが、庭には家よりも背の高い木々が沢山生えています。スタジオの窓からは、それらの木々がすぐ側に見えるのですが、本当に木漏れ日の中でこの曲を仕上げる事が出来ました。少しでもその雰囲気を曲から感じてもらえると嬉しいです。 歌詞とボーカルは友人の田口晴香さんが担当しています。最初に歌を録音した時は、もっと高い音程で歌っていたのですが、コンピュータで低く加工して中性的な歌声に仕上げました。音程を変える前はとても早いテンポの曲調でした。それに合わせようと半ば無理矢理歌ったので、よく聞いてもらうと笑いながら歌っているのが感じられると思います。田口さんはプロのボーカリストではないのですが、彼女が低く歌った時に現れるどこか古めかしい雰囲気に惹かれて、ここ最近は自分の楽曲に数多く参加して頂いています。

02: Crystallized
今回、一番最後に制作した曲です。鳴っている音は全てピアノの音から作られています。昔からずっとですが、ピアノを弾いている間だけ自分が自由になれる気がします。いつかピアノだけでアルバムを作ってみたいと思っていますが、中々実現出来ません。それ程、ピアノは思い入れの強い楽器です。曲のタイトルは、最後の最後で「Crystallized」という名前に変更しました。最初は「J.F.P.2」というタイトルでした。以前から僕の曲を聴いて下さっている方なら分かると思いますが、自分の代表曲の一つである「J.F.P.(アルバム「JOURNAL FORPEOPLE」に収録)」と殆ど同じ作り方をしています。沢山曲を作っていると曲の雰囲気が「ぐるっと一周する(昔の曲調に戻る)」と言われますが、ここに来てようやく初期の頃の感覚を一つ上に持って行けた気がします。自分の音楽の成長を縦に積み重ねていくのではなく、横に成長させてきた感じがあったので、この曲が出来て嬉しく思います。「Crystallized」というタイトルは、「巨木が朽ちて何千年も経ち、少しずつ結晶化されていくイメージ」から付けました。

03: Any
アルバムの中で一番最初に出来た曲。この曲は、初めに説明した様に実際に森に何度も足を運びながら、ゆっくりと作っていきました。個人的には、上手く「日が昇る前の亀岡の森林」を表現出来たと思っています。沢山の音が一斉に鳴っているので、耳を澄まして全部の音を聴こうとしてみて下さい。感じ方が変わると思います。

04: Entrance
元々全然違う曲だったのですが、それに沢山加工を施して仕上げました。音のコラージュの様な作り方です。「やまびこ」の様なイメージで、裏山にある針葉樹林での「森林浴」のイメージと、アフリカの民族音楽にある様な「変則的な声の掛け合い」や原初的なイメージをミックスして作りました。かなりリラックスして頂ける仕上がりになったと思います。

05: Watch the World
自分が音楽を作り始めた時からずっとそうですが、民謡や民族音楽を作りたいという欲求が常にあります。何とかそれらを今のテクノロジーやピアノ等の楽器を用いて作れないか、という事に一番の関心があります。この曲もそうした想いから出て来た曲の一つです。絵本の様に挿絵を何枚か描いて、それに物語を付けていきました。出来上がった物語を音に置き換えていった訳ですが、舞台は「草木が枯れ朽ちてしまった土肌の荒れ地」、登場するのは希望を失った鳥人間」です。何が何だか分からなと思いますが。。。この曲を作り終えて、2ヶ月程、極端なスランプに陥ってしまったのですが、その時の心境とシンクロするものがあります。

06: Dancer
自分の呼吸のテンポに合わせた曲を作ってみようと作り始めました。曲を少し進めては、ソファーに深く腰掛けて本を読んだりしながら音の具合を探っていきました。それと同時に初めに説明した様に「家の中に居て、外の森林に思いを馳せている」感覚を音にしようとも思っていました。「Dancer」というタイトルが付いているのは、息づかいの着想を2004年に音楽と映像で関わったダンス公演から得たからです。ステージでは華麗に身体表現をするダンサー達は、家に帰って自分の身体をどの様に扱っているのか。。。自分が居ない時の森林はどんな様子なのか。色んな思いが一曲に詰まっています。是非、読書をしながらリピートして聞いてみて下さい。

07: One by one by one
唯一、自宅ではなくロンドンのスタジオで録音をした曲。以前、「easier to lie」という曲をリミックスした縁でマット・ヘイルズさん(Aqualung)にボーカルと歌詞をお願いしました。ピアノとメインのボーカルは一緒に録音しました。シンプルな曲だったので、とても緊張しました。僕が適当に歌ったデモテープをお渡ししていただけだったので、実際にお会いして曲に対する二人の接点を見付けるのに苦労しました。無事録音し終えた後、マットさんは、信じられないくらいの早さで8重くらいのコラースパートを録音していきました。とても感動的な体験でした。この曲の元々のイメージは、「家にあるピアノで淡々と歌っている」といったものでしたが、実際に演奏してみると少しゴージャスな仕上がりになりました。演奏中に何度も思い浮かべていたのは、巨木のイメージ。人が圧倒されるくらい巨大な樹木。ピアノという楽器には沢山の材木が使われています。おそらく結構大きな樹木だったと思います。ピアノという楽器に生まれ変わって、新しい響きを生み出してくれる。樹木にとっては理不尽だったかもしれないですが、僕にとっては、何ものにも代え難く有り難い。。。「共生」というには、あまりにも自分本位な日常にがっかりします。取ったものは返さないと。少しずつ多くの事を学ばないといけない。