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LIFELIKE詳細解説
佐久間英夫

 思えばジェフ・ミルズの関わった作品で僕が最初に耳にしたものは91年の「X-101」だった。このアルバムは現在もってシーンを代表するトップ・レーベルの一つ、ベルリンのトレゾーの第一作目として出たもので、彼が当時在籍していたレーベル及びアーティストであるアンダーグラウンド・レジスタンスからライセンスされたものだった。ちょうどこの頃というのはハード・コア・テクノが盛り上がりを見せていた時期であり、この「X-101」もまたそのようなハード・コア・テクノの流れの一つとして扱われ、一部ではデス・テクノなどという称号も与えられていた。僕がこの「X-101」に対して強く興味を持つきっかけとなったのは、他のアーティストがダンス・ミュージックとして華やかなイメージを伴いハイプな見せ方をしていたのに対し、一種異様なまでの強いポリシーと緊張感、それは時には政治的であったり、インダストリアル・ミュージックの流れの一つのようなタブーの領域に近い思想が感じられたからである。そう、ジェフ・ミルズの作品群、この「ライフライク」に至るまでの作品群に一貫して感じることは、常にサウンドに緊張感を伴っているということである。

 もう少しジェフ・ミルズ作品への個人的な移入の経緯を語らせてもらおう。作品の流れは前後するが、その後に僕が衝撃を受けたのはURの4作目にあたる「Waveform」EPだった。真っ黒でインフォメーションの全く無いレーベル面、塩化ビニールに刻み込まれた文字、内側から針を落とすフォーマット、そしてあまりにもエキスペリメンタルなエレクトロニック・サウンド。その時点では無論ジェフ・ミルズというアーティストの名前を特に意識することは無かったが、どうしてデトロイトという土地からこのような実験的でハードな意思を持った作品が出てくるのか到底理解不能だった。さらにそれを発展させたアルバム「WaveformTransmission, Vol. 1」がリリースされる頃には僕は完全にジェフ・ミルズにヤラれていた。そしてジェフ・ミルズがアンダーグラウンド・レジスタンスを離れたという話を聞いたのはそれから間もなくのことだ。彼が新たにスタートしたAXISは極めて過激でハード・エッジなものだった。しばらくニュー・ヨークで活動していたジェフだが、当時の作品が最もハードなサウンドではなかっただろうか。ジェフ・ミルズの、いわゆるカリスマ的な評価が我々の間で定着するきっかけとなったのはやはり95年の初来日でのDJプレイからである。その時のオーガナイザーであったシンガポール人のコニーはイベントの数時間前に「サクマさん、ジェフはDJの時クラシックしか回さない場合がある。今回の日本でのプレイはそうなるかも・・」なんてことを僕に言ってきた。それはもちろんジョークで実際に初めてジェフのプレイを見る僕を驚かすためのものだった。当時はまだジェフ・ミルズが一体どんなスタイルのDJをするのか誰も知らなっかたのである。そしてそれを実際にリキッドルームで目の当たりにした者は誰もが驚愕させられた。「ジェフのDJはウイザード(魔法使い)って呼ばれてるのよ」、驚きのあまり呆然とステージ上のジェフを眺めている僕にコニーが近づいてきてそう言った。そうだヤツは魔法使いだ。

 AXISはしばらくして完全に軌道に乗った。発表する作品はどれもファンを納 得させるものであり、グルーヴィかつミニマルかつエクスペリメンタルな彼のスタ イルはすぐに世界中にシーンに浸透したといえる。またその結果次々とフォロワー を生み出しアンダーグラウンドなクラブ・シーンにおいて大きな潮流を築き上げ た。特に僕は8作目の「Cycle30」が出た時には感心させられた。ループ溝というこ れ以上無いミニマルなスタイルとアナログ盤ならではの表現方法。ジェフ・ミルズ は常に新しいアイデアを提示してきた。さらに作品が進むにつれグルーヴ感を洗練 させ独自の疾走感あるビートを作り出したといえる。それらはDJから重宝がら れ、定番アイテムとしてクラブで常にスピンされつづけている。もはや周知のこと であろう。…おっと、ちょっと前置が長くなった。

 さて今回の「ライフライク」はジェフ・ミルズ自身が運営するAXIS,PURPOSE  MAKER、TOMORROWのこれまでの作品を中心に未発表曲を三曲加えコンパイルされたものである。ジェフ自身の解説にもあるが作品の選考はサウンドのバリエーションを意識したものだといえる。アナログ盤では先行して同タイトルのシングルがリリースされ「Condor To Mallorca」、「Time AfterSpace」、「Detached」、「Black Avenger」の4作品が収録されている。さらに今回はヨーロッパにおいてはベルギーの老舗レーベル、ミュージック・マンがライセンスしディストリビューションを執り行なっているようだ。ジャッケトのデザインの持つ意味はジェフ本人の解説を参照していただきたい。

 この作品で興味深いのはやはりジェフ・ミルズとサイコロジスト(心理学者)の対話が付随していることである。この対話で僕達はジェフ・ミルズのアーティストとしてのモノの捕らえ方、そこに行き着くまでの過程、時間に対する観念、人生の捉え方、テクノという音楽に対する意識、など様々な事柄についてある程度知ることができる。僕が非常に印象に残った部分は「(テクノは)未来の音楽を作ろうとするプロセスだ」という発言である。これは本当に常日頃から僕がテクノし対して感じている、と同時に望んでいることである。ジェフ・ミルズのテクノという音楽形態に対する取り組み方がとても前向きで共感できる部分だ。この対話を全文読んで感じることは人それぞれだと思う。ここでこと細かに発言ひとつひとつを解析することは些かナンセンスであるように思われる。むしろあなた自身がジェフ・ミルズの音楽に接して感じたままにこの対話でのジェフの、いわばオープンにされた内面を受け止めてほしい。

それでは簡単に一曲ごとに解説していこう。



- 1. Yantra
K: まずは美しいシンセのリフとURの「〜2〜」シリーズをも彷彿させるポルタメ ントの効いたアルペジオが印象的なこの作品から。AXISの4作目、Millsart名 義の「Mecca」Epからのトラックである。何かの序兆を感じさせる展開は、「ライ フライク」のスタートを切るのに申し分無い。ヤントラとは、瞑想の時に用いる幾 何学的図形のことを示す。
- 2. Condor to Mallorca
K: 12”シングルとして先行リリースされた「LifeLike」EpのA面一曲目に収録され ていたのがこのトラック。「Yantra」からの流れはベストマッチで4つ打ちのキッ クに安堵感を覚える。トレゾーからリリースされたアルバム「Waveform Transmission,Vol. 3」に収録された作品でもある。タイトルのMallorcaとはスペイ ンの美しく有名な島、マヨルカを指すと思われる。「マヨルカへのコンドル」と いったところか。
- 3. Global Factor
K:  アナログ・シンセのディレイのかかったサウンドと左右にパンされる909のビートが深いハマリ感覚を誘発するミニマルなトラック。曲の途中から突然ゲートリバーブがかかったりと非常に実験性が高い。イコライジングはデトロイト・テクノの持つ独特の鋭さが目立つ。
- 4. Zenith
K:  アンビエント的なイントロで始まる美しい作品。叙情的なコード展開とハモン ドっぽいオルガンのリフが気持ちいい。「Zenith」とは絶頂の意を持つがアメリカ では古くからラジオなどで有名な電化メーカーとしても同名の会社がある。あるい はクロノグラフで有名なゼニスか?
- 5. Nepta
K:  個人的にすごく好きなトラックのひとつ。シンプルなバスドラムと裏打ちのハイ ハットのビート。そこへ複雑なモジュレーションをかけたシンセが絡み付く。全く 普遍的ともいえる気持ち良さだ。前出のアルバム「ジ・アザー・デイ」にも収録さ れていた作品。
- 6. Babylon
K:  この作品もいかにもジェフ・ミルズならではのミニマルなクラブ・トラック。少 しヘヴィめのグルーヴにフェイザーのかかったシンセがのっかってくる。やはりデ トロイトならではの硬質な響きを持ったサウンド。こうして単体で聴いても退屈さ せない完成度だ。はたしてジェフ・ミルズにとってのバビロンとは何処なのか?
- 7. Minnia
K:  スローなハネた909のビートに浮遊感のあるシンセのフレーズがシリアスな空 気を作り出している。なんともいえない複雑な感情が交じり合ったものが脳裏を過 ぎる。X-103名義で発表されたアルバム「Atlantis」にも収録されている作品だ。
- 8. Detached
K:  シングル・カットされた未発表作品。「ライフライク」としての流れを作り上げ るのおいて非常にアクセントの効いた効果を出している。クラップをつぶしたよう な固いパーカッションのサウンドとピチカートっぽいサンプルが耳に残る。ジェフ はこの様式的ともいえるオーケストラ・サウンドをテクノにミクチュアするのが上 手い。
- 9. Systematic
K:  続いても未発表曲。ミニマルな淡々としたビートにジワジワとパーカッシヴなシ ンセが被さっていく。全体を通して言えることだがジェフ・ミルズのサウンドはと てもシンプルで音色としてのヴァリエーションは然程多くない。逆に決まったシス テムの中での構築が作品としての色を作り上げているようだ。
- 10. Cometh
K:  ブリッジ的ともいえる小曲。シンプルなシンセのフレーズの反復によって空間を 作り出している。「Cometh」というと我々の世代はジャン・ジャック・バーネル の「Euroman Cometh」をフと思い出す。
- 11. Solara
K:  この作品も個人的にはお気に入りのトラック。727と思われるパーカッション のサウンドとしっかりしたキックの音がかっこいい。フィルターを極端にイジッた 上もののシンセもオリジナリティがあり流れるようにしっくりとハマる。アルバ ム「From The 21st」にも収録されていた。
- 12. Avenger
K:  この作品も未発表作品。「ライフライク」をコンパイルするにあたって付加され たトラックである。一貫したジェフ・ミルズならではの構成をこの曲でもキープ。 彼の緊張感とは独特の追い立てられるようなコード・ワークにあるのかもしれな い。リヴァースを使ったエディットが聴ける。タイトルの意味は復讐者。まさしく そんな雰囲気漂う。
- 13. Eclipse
K:  ここまで通して聴くとやはりジェフ・ミルズ作品の統一性を幾つか見つけ出すこ とが出来るだろう。ストリングス系のシンセは表情を出すためのエッセンス。ファ ンキーなリズムは流れを作るための重要なファクター。クセの強いイコライジング は独特の空気感を作り出す。AXISの18作目にあたる「Tomorrow」に収録され ている作品。
- 14. With/Dove
K:  最後の最後になってやっと光が見えたかのような、追われて追われてやっと出口 を見つけたかのような、そんな気持ちにさせられるラスト・ナンバー。見事なまで にアルバムとしての流れを締めくくっている。この「ライフライク」は単に作品の 寄せ集めではなくストーリー展開をしっかりと見据えて練られたものであることが ハッキリと理解できる。まるで一本の映画を見終えたような、、、こんなサウン ド・トラックを使った映画があればなんてすばらしいことだろう。

 こうしてアルバム「ライフライク」の全体像を振り返ると非常にコンセプチュア ルに構築されていることが改めて分かる。一曲目からラストまでの流れは完全に計 算され、考え抜かれたストーリー展開の中で成り立っている。これはXシリーズの頃 から一貫したもので一つのコンセプトのもと作品をコンパイルしていくという形を とっている。最後の曲解説にも書いたが、まるで一本の映画を見終わったような感 覚に陥るのである。またこのアルバムに収録されている作品の制作年は様々である のだがとても統一感がある。多くのアーティストは長い年月においてそのサウンド を変化させていくが、ジェフ・ミルズの場合は殆ど音の鳴り方が変わっていない。 これはデトロイト・テクノのアーティストの多くに言えることだが10年前も今も 音の鳴り方があまり変わっていないのである。当然そこがデトロイト・テクノとい う括りで語られる所以なのであろうが、本当に驚くべきことだ。あるいはナショナ ル・サウンドという彼らが常に利用しているカッティング・スタジオによるところ なのだろうか?いずれにしろジェフ・ミルズのサウンドは完成されたものであり時 代によって変化していくものではないだろう。むしろジェフ自身の中で何か大きな 転機でも迎えない限りこのスタイルは崩れようがない。しっかりと自信を持って作 品を作り上げている現れだ。  そして21世紀を目前にした今、ジェフ・ミルズは何を未来に向けて創り出して いくのだろう。テクノ・シーンは今もなおまるで原始生物のように変化を遂げつつ 蠢いている。もはやジェフ・ミルズのステイタスは確立されベテランの域に達して いることは間違い無い。しかし彼はそのステイタスに溺れることな次々とテクノの 実験を繰り返し新しい形を我々に提示し続けてくれている。AXIS,PURPO SE  MAKER、TOMORROWと3つの方向性を明瞭に表した2000年現 在。次なるステップは彼の中では決まっているのだろうか?それはジェフ自身の中 にある。(佐久間英夫)



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