TOBY:

1990年より、おもにドイツのテクノ・シーンと交流を持つ。ベルリンの一大テクノ・フェスティヴェル<LOVE PARADE>及び、スヴェン・ヴァース、ドクター・モテ、マイク・ヴァン・ダイクなどのドイツ・テクノ・アーティストを日本に紹介した外交官的な存在である。
また、93年よりDJ活動を開始。青山のMANIAC LOVEなど、国内のクラブ、イベントはもとより、フランクフルトのOMEN、ベルリンのTRESORなど、ドイツ、オーストリア、チェコ共和国、フィンランド、ロシアなど欧州各国で活躍中。さらにMICROGLOBE、電気グルーヴ、KAGAMIなどのリミックスを手掛け、最近ではミュンヘンのDJ OLAFとともにレーベル、CYBER FUGU INTERMATIONALを設立。

MIJK VAN DIJK/Multi-Mijk SONY SRCS8554 \2,548
日独DJ友好関係から生まれた企画盤。そう、これはマイク・ヴァン・ダイクのベスト・トラックを親友TOBYがDJ MIXした作品。美しく悲しい、しかしそれでいて最後には希望を抱かせる曲に思わず両手が上がる(微笑)。“Niji Remix”、“High On Hope”などを含む全15曲。
●ドイツ・テクノとの出会いについて
「90年頃にイビサ島へ遊びに行ったときに、ミュンヘンから来ていたDJ OLAFと友だちになって、彼を通じてスヴェン・ヴァースやマーク・スプーンやDJ ダグとかフランクフルトのDJたちと仲良くなったんです。それで翌年、ドイツへ行ってベルリンでドクター・モテやマイク・ヴァン・ダイクと知り合ったんです。で、そのときに<LOVE PARADE>のことを知ってそれ以来ずっーと参加しています」
●ドイツ・テクノの歴史
「70年代にはクラフトワークとか存在していたけど、爆発的にテクノが認知されたのは壁が崩れて東ドイツの若い者たちが西側へ流れ込んできてから。でも併合当時は、東と西の人々の間では壁は崩れても心の壁は崩れていなかったんです。つまりそれはいままで慣れ親しんだアイデンティティが東から西の文化になるわけだから混乱が起きたんだけれども、そのときに若者たちは自分たちドイツ人が誇れるユース・カルチャーをテクノのなかに見いだしていったんです。それを具体化したものが<LOVE PARADE>であり、<MAYDAY>であるわけ。ドイツにはそういった下地があるからラジオをつければテクノが流れているし、テレビをつければテクノ番組をやっているという状況が生まれたんです」
●<LOVE PARADE>の魅力について
「<LOVE PARADE>の原点はファミリーなんですよ。ぼくにとって<LOVE PARADE>は年に一度仲間と再会できる場所で、そこでみんなと出会えることがすごく嬉しいんです。だから日本の七夕さまみたいな感じなんだと思う」
●マイク・ヴァン・ダイクについて
「ポジティヴで紳士的でめちゃめちゃいい人。そういう人柄は楽曲にも表れていると思いますね。彼の作る曲はどんなにもの悲しい曲でも必ず希望が込められているからね」
●ベスト・アルバム『マルチ・マイク』について
「収録曲はどの曲もDJするときにすごくお世話になった曲ばかりで、クラブでもウケがいい曲ですね。
ミックスに関しては月並みな言い方だけど、ひとつのストーリーを作り上げることを心がけたつもりです。アッパーな曲や悲しい曲、無機質な曲やカラフルな曲などさまざまなテイストの曲を絵を描くように構成・展開しながらミックスしました。楽しんで下さい」

WESTBAM BACK

Takkyu Ishino
Mijk van Dijk

Toby

1998 (C) Sony Music Entertainment (Japan) Inc.