下着と愛は現地調達で、というのが旅におけるぼくの基本方針である。後者はともかく、前者については声を大にして言いたい。行先が秘境ならともかく、旅に仕事と下着を持ち込んじゃいけないよ。というわけで今日は午前中からバックヘッドのカジュアルウェア量販店『OLD NAVY』で下着を日数分プラスアルファ購入。旅の初日もしくは翌日に『OLD NAVY』に立ち寄るのはNYでもLAでもぼくの恒例行事になっている。3人の中で唯一の父親であるN氏は自然と子供服コーナーへと足が向かうようだ。
 それからすぐにダウンタウンへ繰り出すつもりだったのが、隣の『TOYS US』に画伯が過剰反応、そこで長居することになった。ぼくには縁のないところだな、と思いつつも広い店内をぶらぶらしていると、歌うクリスティーナ・アギレラ人形という珍品を発見。実物のアギレラはスタイルのよい白人少女だから、これを人形にしたところでたんにバービー人形のようでもある。へその小さなボタンを押すと、彼女の歌声が聴こえる。たまらず、買う。これと同じ仕組みのMCDというキーホルダー型プレイヤーでTLCやバックストリートボーイズの曲が内蔵されているものも買う。
 画伯はちょっと信じられないような量のスターウォーズ関連グッズを買い込んでいた。お店の人は彼のことを日本からきた業者だと思ったんじゃないかな。会計を終え、さあ車に戻りますかというところでぼくは自分の大ポカに気づく。
 あろうことか、車内にキーを付けっぱなしのままロックしてしまったのである。これにはぼくも、まいったね。三太くん、Nさん、ごめん。まあくよくよしても仕方ないですから、鍵屋が来るまで同じ敷地内にあるメキシコ料理の店にでも行って気を紛らわせましょう。旅は風まかせだからね。なんて、旅の奥義をぼくが説いちゃいけないのか。
 30分ほどしてジェフという熊のような大男がやって来て、それはそれは惚れ惚れとするような手際で見事に開錠に成功。あまりのあっけなさにぼくは無礼を承知で、そんなに簡単に開けることができるのなら君はいつでも泥棒稼業ができるね、と言う。するとジェフは破顔一笑、「オレの良心がNOと言うから」と答えた。


 ときに、レコード・ジャンキーもしくはヴァイナル・ジャンキーと呼ばれるレコード収集家たちやDJは、レコード屋でまだ見ぬレコードを探し当てることを「掘る」という自動詞で表現する。さて、ここからはN氏が主役だ。「家族との旅行では思うように掘れない」などとおよそ家庭人らしからぬ台詞を口にするN氏にとって、美メロの里アトランタで掘ることは夢だったらしい。
 まずはピーチツリーロードを『FOX THEATRE』まで下って左折、ポンス・デ・レオン(道路の名称)を少し進んだところにあるヒッピホップに強い『HIT DISC』へ。屈強な黒人男性が3人談笑している。誰が店員なのかと訝しがるぼくらの視線を察したのか、そのうちひとりが自分こそが店員であると示すかのようにハイと声をかけてくる。と思ったらN氏はもう掘り始めていた。画伯とぼくは掘り半分、冷やかし半分で店員と話をする。店の奥のステージを指差して、数日前にここでゴーストフェイス・キラーがインストア・ライヴをやったんだと教えてくれた。レジの後ろの壁には、ここに来店したことを示すヒップホップ界の人気者たちのサイン入りポートレートが無数飾られており、この店の格を物語っている。
 気がつくと画伯が何やらペンを走らせてイラスト入りサインを作っている。店員の求めに応じているようだ。来るべき『TOKYO TRIBE 2』の海外出版に備えてのプロモーションか。日本でも外資系レコードショップでよくサイン会を催す井上三太ならではのパフォーマンスである。N氏はなおも掘り続ける。ぼくは店のDJ相手に喋り続け、社交にふけっている。つまり3人が別々のことをしている。レコード店はただレコードを買うところ、と信じている人にはよく理解できないことかもしれない。だが世界のどこに行ってもレコード店にはピースがあることを知る人たちにとって、これはあくまで日常の連続である。





HIT DISCの陽気な店員たちは妙に日本びいきであった。いわゆる太っ腹。あるいはドンブリ勘定






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左、タワレコに堂々と掲げられたブライアン・マクナイトの肖像。右、実物
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