結局ホテルでチェックインを済ませた時にはもう20時を回っていた。荷物を部屋に置き、ディナー用にジャケットを着替えてすぐにロビーに集合。車で1分のところにある多国籍レストラン『FUSEBOX』へ。ここはベイビーフェイスのパートナーとして名高い、元ディールのドラマーにして現在ラフェイス・レコードの社長LAリードが経営に参加していることで知られる。リードといえばデュプリやダラス・オースティン、オーガナイズド・ノイズといったアトランタ在住の若手プロデューサーのみならず、ニューヨークのパフ・ダディも頭が上がらない実力者。そんな事情を知っていても、黒人の人口比率が7割といわれるアトランタにおいて従業員と客のほとんどが白人というこの瀟洒な店に、黒人であるリードがなぜ絡んでいるのか怪訝に思う向きもあるらしい。
 が、よくよく考えてみれば、TLCやトニ・ブラクストンに代表される白人若年層をしっかり取り込むマーケティングで知られるLAリードが、こういう客層相手の店を開いたのはむしろ自然なことなのだ。白人からカネを巻き上げる術に長けているがゆえに黒人同胞から尊敬のまなざしを受けるリードの存在は、もっと語られてもいい。



 たっぷり2時間以上かけて食事をとり、『FUSEBOX』を後にする。とくにあてはない。3人とも寝るのが惜しいのだ。タイヤの向くまま目抜き通りのピーチツリーロードをミッドタウンへと下り、1929年に建てられた名門劇場『FOX THEATRE』へ。メジャーなR&Bアーティストでここでコンサートをやったことのない者はいないのではないか、というほどの名所である。イスラムと古代エジプトの建築様式が折衷されたドームに尖塔の姿が、23時闇に浮かぶ。車を止めてロビーに入り込む。鼻歌がこだましていい感じだ。
 カフェというのかバーというのか、『FOX THEATRE』の隣の店がまだやっているらしい。ハンドルを握るぼくは酒を飲んでいないが、画伯とN氏は酔いを覚ましたいという。断る理由もない。これまで何度となく通り過ごしてきたその店に入ることにした。
 ここはジャズのライヴ・パフォーマンスもやるところだった。チャージが5ドル。まさにぼくたちを待っていたかのようなタイミングでセカンド・セットが始まった。決して多くはない客に向かって「残ってくれてありがとう」と自嘲気味に謝辞を送ったのはジョー・グランスデンというトランペッターだった。カプチーノを飲みながら生演奏が聴ける、という幸せ。マイルス・デイヴィスのカヴァーが中心なのだが、さっきまでバー・カウンターでひとり酒を飲んでいた男がふらりとステージまで進んできてやけに達者なスキャットを披露したり、また別の男がマイクを握ってグランスデンと掛け合いをしたり、しまいにはグランスデン自らヴォーカルをとったり。出演者と客の境界線は限りなく曖昧だった。
 ぼくらはさすがにマイクを握ることはなかったけれども、それぞれが饒舌になっていた。酒ではないものに酔っているかのように。音楽の話はやがて女性の話になり、人生の話になり、日本の話になる。問わず語りで画伯は口を開く。「童貞がセックスを知らずにセックスを語りたがるように、初めての単行本作りではいろいろと注文を出したがったもんだけど」夜にまぎれて、その先が聞こえない。でも、聞きかえす必要もないだろう。  グランスデンの最後の曲が終わった。照れくさそうに自分の最新アルバムを掲げ、宣伝をしている。キャシー・ベイツのような中年女性が20ドル紙幣を握りしめてグランスデンのもとに駆け寄る。そのさまが不格好で、ぼくはグランスデンに少し同情する。ジャズマンは時と客を選べない。にわかに即売場となった。あるいは彼はそのタイミングを好まなかったかもしれない。ポケットの小銭をさがし、キャシー・ベイツに釣りを渡す。やや間があって、再びマイクに向かう。「今夜はどうもありがとう。次は来週の日曜いや、月曜だっけ、今日は? 誰かオレにもう1杯スコッチを!」こんな幕切れ、格好悪すぎだって!










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