午後、成田・新東京国際空港に集合。旅の日程を確保するために結局朝方まで仕事をしていた。それは画伯もN氏も同じだったようでふたりとも目の下にくまを作っている。だが表情は明るい。この落差はすでに旅が始まっていることを示す。何せ目指す地はアトランタなのである。
 彼らにとっては初めてのアトランタだが、実はぼくにとっては5回目だか6回目だかとなる。だから今まで画伯にはちょっと先輩面してその地の魅力を語ってきた。ジャーメイン・デュプリの自宅に招かれてそのゴルフ場ばりの広大な庭に驚いた話。ワッフルハウスという南部では人気が定着しているファーストフードの話。キース・スウェット経営のナイトクラブ『INDUSTRY』のメシのまずさ。ぼくが実際以上に誇張して「マズイよー」と言ってみせると、画伯はうっとりとした表情を作るのだ。
 合衆国でもNYやLAの話だとこうはいかない。行き尽くされているから。語り尽くされているから。南部話にはわずかに昔の舶来の香りが残る。画伯の恍惚の表情を見ていると、幼い頃に父親にヨーロッパめぐりの話を聞かされたことを思い出す。きっとあの日のぼくもこんな顔をしていたのだろう。数週間の旅中、主のいない我が家では毎度の食卓に母親が陰膳を据えたものだ。外国がまだ外国だった頃の話だ。  たまさか海外と行き来することの多い仕事に就いて、今ではパスポートの出国スタンプも3桁に届こうとしている。それでもぼくは国境を越えると心境にもなにかしらの変化が生じることをおぼえる。たぶん一生。



 ノンストップの直行便でもハーツフィールド・アトランタ国際空港までは半日以上かかる。機内での時間の過ごし方は人それぞれだ。機内上映ではケヴィン・コスナーがメジャーリーグの投手に扮した『LOVE OF THE GAME』を上映中。ぼくの斜め前に座っている画伯はSARUのロゴ入りスウェットシャツのフードを深くかぶったまま手元の小さな画面に見入っている。コスナーが投げる。ミネラルウォーターで口を湿らせる画伯。と、ぼくの視線に気づいたのか、こちらを振り向いてにこりと笑った。










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