みぞおちのあたりがこわばり、喉の奥があつくなった。抽象的ではあるが、これがライブを見終えての感想である。初めて自分の身長より高い波に乗れたとき、大好きなあの子が映画の誘いにYESと答えてくれたとき、別れを告げられたとき、いつだって脳みそじゃなく体が教えてくれた。その感覚を分かりやすく「喜怒哀楽」などと言ったりするが、それだけじゃこぼれる部分が多すぎる。わかりにくいかもしれないが、あえてこう言わせて貰いたい。

「迷う時も、逃げ出したいくらい怖い時も、消して消えない心の奥にある小さな炎。微か光が続く限り、僕は歌うことを止めないだろう。」舞台におろされた大きな幕に映し出されるメッセージ。今まで歌うことをやめなかった平井堅の言葉だけに重く誠実である。ステージ側からライトが当てられ幕に大きな彼のシルエットが現れる。「LOVE OR LUST」のイントロに乗せて歌声が開場にこだまする。ドラムのブレイクとともにステージを覆っていた幕が一斉に下へおちる。鮮やかなオレンジのスーツを着た平井堅が歌声とともに登場。神妙になっている私達の肩を“トントン”と叩いてくれるように腹立たしいくらいきらびやかだった。前半戦は新曲「LOVE OR LUST」を皮切りに、アルバム「THE CHANGING SAME」収録曲のなかから「K.O.L.」、「affair」、「TABOO」、「why」と“今”の平井堅が凝縮した楽曲を披露した。生で演奏されたそれらの曲は、CDに収録されたモノとは別モノでアルバムを聞き込んだファンにとっても新しい発見と興奮があったに違いない。これぞライブだ。

「いや、いや、どうなの?」の呼びかけで始まるMCはスタイリッシュなルックスと歌とは裏腹に全く気さくである。その様は“変わりゆく変わらないもの”そのもので、昔からのファンは胸をなで下ろし、新しいファンはそのギャップに微笑みを隠しきれない様子だった。

中盤はアコスティックコーナー。2ndアルバムからキャッチボール、1stアルバムから笑顔を披露した。「過去のナンバーも(今の楽曲と)同じように愛おしいので聴いてください。」と言うMCの後に歌われた趣の違うこの2曲の楽曲も、新しいものと並べてまるで違和感がない。過去を否定ぜず、現在の自分を形作ってくれた大切な楽曲達だという認識があるからこそ出来る芸当である。次の曲は、この選曲自体が平井の音楽性を象徴しているのだが、JOEの「I WANNA KNOW」だった。この混合具合が全く平井らしい。洋邦、新旧問わず良いモノは良いと言うことである。アコスティックコーナーの流れでフルバンドながらも座って落ち着いた雰囲気で歌い上げられたこの曲はJOEの歌うそれより良かったようにさえ思われた。

後半戦。平井の持ち曲の中でも比較的アッパーな「What's Goin' On?」、「アオイトリ」、そして、その熱を冷ますかのように大ヒット曲「楽園」を歌った。軽いMCを挟み「wonderful world」、「LADYNAPPER」、「Unfit In Love」と更にアッパーな曲を続づける。MCでは、言葉に詰まった折りに「MCぼろぼろって感じですが…」ともらすと客席から「がんばれ!!」と声が挙がる。平井もそれを受け笑いを漏らす。これ以外にも客席からの声に答える彼の姿が随所に見ることが出来た。このやり取りが象徴するように、平井堅のライブはオーディエンスとの対話で出来上がっている。いや、そういう意味では、客席の一人一人が出演者と言っても過言ではない。後半戦の上記の曲では、その割合が更に増し、まさにZEPP東京がひとつになって心地よく揺れていた。私の位置から一番よく見えるステージ上の平井堅の笑顔は、普段何気ない会話の合間に見せるそれとは全くの別物であった。

「THE CHANGING SAMEとは、“変わりゆく変わらないもの”と言う意味ですが、平井堅の音楽がみんなにとって変わりゆく変わらないものになってくれればと願っています。」名文句である。この決意表明とも思える言葉の後に「The Changing Same」のイントロとともにメンバー紹介をしていくのだが、これが“好きな食べ物”を一緒に紹介していくユニークな物だった。(ちなみに平井の好物は銀杏!)。このあたりも実に平井堅らしい。自然体、自分自身でいることが彼の一番の魅力なのだと改めて感じさせられた。

アンコールでは「the flower is you」、「Love Love Love」(!)を披露。このライブの最後を飾ることになったこの楽曲は平井堅にとっても客席で歓喜の声を上げていたオーディエンスにとっても間違いなく“変わりゆく変わらないもの”であったに違いない。

R&B。流行のアクセサリーのように町を闊歩するこの言葉はRHYTHM&BLUESの略称である。ブルースと言う音楽がざまざまな感情を呼び起こす心の歌だとするならば(実際私はそう考えているのだが)、平井堅のライブはまさにリズムとブルースの共演であった。私が冒頭で述べた、言い得ぬ感情を覚えたのも彼の言葉がブルースを奏でていたからに違いない。


現在平井堅はどのメディアでもR&B男性ヴォーカリストの筆頭として取り上げられている。それはそれで良い。しかし、このライブを私と同じように体感した人たちはそれがただのアクセサリーではないことが分かって貰えたはずである。少なくとも私は、確信した。
平井堅は“R&B”を身に纏っているのではない。それを奏でる方法を知っているだけなのだと言うことを。