2005.12.30[23:07] 凱旋記 桜井秀俊
 先々日、中野サンプラザでの追加公演をもって真心ブラザーズ約4年ぶりのツアーが無事、終了いたしました。来てくれた皆さん、本当にありがとう。あんたたち、最高だったよ。
 今回のツアーはバンドメンバーから舞台周り、照明、マネージメントに至る裏方さんチームまで、旅をともにする面々のほとんどが活動休止以前と同じ顔合わせなのでした。付き合ってくれること10年余、「真心ブラザーズ」をいいかんじにするべく力をそそいでくれた友人達。
 10年経てば全員10コ歳をとるのはこれ真理。リハーサルの合間でん楽屋でん酒の席でん健康トークがまあ増えること増えること。やれ太っただの煙草やめただの(それ、俺)、ビールはプリン体で焼酎ならOKだの、まことしやかなにわか知識に口角泡を飛ばしながら、ま、ガンガン呑んでるんですけどね。
 そんな折、とある旅先にて男子マネージャーが朝から刺身食ったら食あたりで戦線離脱。数日後には結婚を目前に控えた女子マネージャーがなんだか調子悪いっつって戦線離脱。両名とも程なく戦線復帰したものの、「いやー俺たち、若くないねー」と一同しみじみ人生の段階ってえものを噛みしめたのです。己を卑下するわけでもあきらめるわけでもなく、我々はすでに、肉体のメンテナンス意識を高めなければエラことになっちゃうステージに立っている、そんな実感が腹の底に広がるような。といいながら、ま、呑んではいるんですけどね。
 そして更なるそんな折、バンドメンバーの一人が緊急入院したとの知らせが。
 長年の不摂生がたたったようだと、腸に穴が開いてどうしたこうしたと、けっこうな手術を要するらしいと、要は、えらいことになったらしいと。
 本人の容態もさることながら、バンドとしては目前に仙台公演が控えており、トラ(ピンチヒッターのこと)を立てようにも間に合わず、とりあえずは彼抜きで本番を務めざるを得ない状況に。しかし、ひとり演者がいないということは、一曲一曲それぞれ表現する姿勢も手法も著しく違ってくるということであり、そもそも彼抜きでは演奏不能な曲目も存在するわけであり、当然ショウの内容も変更を余儀なくされ、だからといって予行演習する時間などさらさらなく…。
 選択肢は、ない。彼抜きぶっつけで2時間強の幕を開けるのみ。
 いやー、思い知らされました。
 いかに今まで自分が彼の音におんぶにだっこでギターを弾いてきたか。ひとつひとつの音の長さ、強さ、重さ、いちいち「あー、こう弾くのがふさわしいのか!」と気づかされることのオンパレード。リアルタイムで修正しつつプレイするその日の俺の背中にはきっと“必死”と書いてあったことでしょう。
 しかしそんな逆境からか、他のメンバーからほとばしるアドレナリンも尋常でないものでした。キックオフから10人でサッカーしなければいけない今夜のこの局面で、それぞれがそれぞれのパフォーマンスをカバーしあい、転びそうなプレイヤーには音で激を飛ばし、照明が、PAが、その場かぎりの機転を利かせてショウを進行させてゆく。その鼓動がお客さんにも伝染したと思われ、夕方から降り出した雪は夜とともに激しさを増していったにもかかわらず、仙台駅裏のとある一角だけはどんどん熱をおびていったのです。会場に発生する高気圧。それに伴う上昇気流。
 うねりは頂点に達し、会場を包む歓喜の声。一夜限りの渦のなか、幕は下りました。
 雪の街を抜け、宿のシャワーで汗を流しつつ、今夜の奇跡が一朝一夕の人間同士では決して起こしえなかったであろうこと、改めて身につまされるロック音楽および歌の力、その現場に自分は当事者として存在したこと…、いろんなもんが胸を貫いて、ちんちん放り出したまま私、とても涙を止めることができませんでした。

 幸い彼は予定より早く退院。お腹の傷口が開かないかとひやひやしつつも残りの公演はフルメンバーで演奏できることに。
 そしておとといの千秋楽。メンバー紹介の際、名前を呼ばれた彼はでんぐり返りで答え、堂々たる復活を遂げたのでした。でんぐり返る人間を見て感動したのは私、初めてであります。あのときのあなたは、森光子さんを超えていたよ。

 明日は幕張にてカウントダウンのライブイベントに参加予定。ロック収めだ。魂奉納だ。ガツンとやってくるぜ。
 サンキュー2005年。みなさま、良いお年を。

2005.12.18[11:19] Since 1989 桜井秀俊
「十六年もひと昔、ァ夢であつたなあ」
 とほろりとこぼす涙の露。

 てあんた!なんちゅう作品ですか、“一谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)”。ええ、お察しのとおり文楽さんですよ!
 物語の厚みといい登場人物それぞれのキャラのダイナミズムといいトリックの繊細さといい超超超ド級の一大戦争スペクタクルだけに、クライマックスでの熊谷さん(主人公)の無常観といったら救われないことこの上なく…。生きていくのが嫌になってくる気持ちが湧き上がるのを必死でふり払いましたよ。それに失敗したと思われる隣の席のおばちゃんはおいおい泣いていましたよ。おばちゃん、しっかり。
 あの国民的作品“仮名手本忠臣蔵”の作家チームの中心人物といわれる並木宗輔による作品。しかも絶筆。歴史的作家の最後っぺ、壮絶だったっす。あっこまで盛り上げておいて「ァ夢であつたなあ」ですか。そうですか。
 そしてこれほどの大作をしっかり表現してしまう文楽さん実演家チーム、毎度毎度、恐ろしゅうございます。“須磨浦の段”においては豊竹咲甫大夫さん鶴澤清馗さん両師匠による兄弟バトル!ヤングなほとばしり全開でスカッとさせてくれるかっこよさを、休憩時間にたまたまお会いできた林家正蔵師匠と分かちあうことができたのは幸運でした。
 日本人が世界に誇る最強の精神性とは、おたく魂にほかならない。
 これは私が強く主張する持論でありますが、文楽さん、作家さんも演者さんも、あんたたちその最たる部類だよ!
 途中、ロビーにて咲甫さん正蔵師匠両氏と談笑。咲甫さんすかさず、
「あのね、冷蔵庫をバン!と開けてね、桜井さんの言う『あ、中島みゆき』の、あの間ですね。あの間が実に桜井さんらしくて、良いですわ。」
 間を計る余裕など一切なく、パジャマ着用で必死に切り抜けただけのおいらの仕事を、演劇論という土俵にどーんと乗っけて語ってくれる氏。当然のように、あなたも立派なおたくなのですね。なるほどなるほどと腕を組んで聞き入る正蔵師匠。あなたも立派なおたくでございます。日本の伝統芸能、恐るべし。

 この振り切った皆様のパフォーマンスを浴びた目の耳の根の乾かぬ本日から、おいら自身が問われる現場すなわち新作に向けてのレコーディング作業が始まります。
譜面に書き込む音符ひとつに、歌詞の一文字一文字に並木宗輔翁の魂が語りかけます。
「それで本当にいいのだな、秀俊。」
 振り下ろす右腕の一撥一撥に、清馗さんが、咲甫さんが耳元で問いかけます。
「それで本当にいいんですね、桜井さん。」
 うまいもん喰って舌が肥えていったり、いいもん見聞きして目やら耳やら肥えいったり、道楽して浮かれてんのはすんごい楽しい。だけど贅沢ってえ曲者は、確実に自分に返ってくるもんなんですね。俺が俺に俺が今まで喰ってきたもの観てきたもの聴いてきたものと同レヴェルもしくはそれ以上の俺をとーぜんのように要求します。そしていまさらながら、もう後には戻れません…。
 すべての声なき声に、
「OK、最高だ!」
 腹の底から言えるべく、秀俊、行ってくるよ!
 おっかないけど、遅刻して怒られるのはもっとおっかないのだ。

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