2004.07.20[18:52] 第一回・ニッポンおたく訪問“Tomita Lab前編” 桜井秀俊
 冨田恵一
 この名を聞いてピンときた人は、かなりの「好きだね、あんたも」な御仁と言ってよいと思います。プロ野球ファンになぞらえるなら、パ・リーグのコーチの名を聞いて膝を打つような。
 冨田恵一
 音楽プロデューサー。年齢、いくつだろ。30代後半から40といったところか。キリンジのサウンドプロデュースを、彼らのインディーズ時代から今に至るまでずーっと続けられており、近年、MISIAの「Everything」を皮切りに中島美嘉さんや平井堅さんといった売り上げNo.1アーティストも数多く手がける、引く手数多の仕事人。彼の名を聞いて膝を打つ人とは私、もれなく魂のお付き合いをさせて頂くことに決めています。スキマスイッチのアフロの君よ、あなたとはいずれじいぃっくりと話さねばなるまい。朝まで冨田さんネタ一本で。
 冨田恵一
 このお方、なにしろココ(ウデよ腕!)が凄まじい。ワールドクラスなんてもんじゃない、ノーベル賞クラスですよ!ノーベル・トラック賞。ないか。何故ないか。
 ポップミュージックのトラック(カラオケのこと)を製作する方法は大きく分けて二通り。ひとつは、バンドやオーケストラなど、複数の人間が演奏する音を録音して記録する方法。いわゆるレコーディングのことです。もうひとつは、シンセサイザー等をコンピューターでプログラミングして記録する方法。簡単に言うと、自動演奏を作っちまう、というやり方です。
 冨田さんの場合、作業方法は完全に後者なのですが、作っている音が目指しているところは前者にある、という独特のスタイル。つまりどういう事かというと、進化著しいデジタル機器を駆使して、人間のパフォーマンスに限りなく近い音色及び演奏をプログラムしてやれ!と。しかも各パートとも世界トップクラスの腕前の男たちがこぞって、それでも年に一度出来るか出来ないかの奇跡みたいな名演をシミュレーションしてやれ!と。でもって、世に名盤と呼ばれるレコードの「かっこいい!」の秘密を、研究に研究を重ねることによって数学的に解析し、再生してやれ!と。
ほとんどもう、亡きトビオを再生しようとロボット製作に没頭する天馬博士の域。しかも、すでに何曲も再生に成功しまくっている。街を歩けばなんとなく流れるヒット曲の後ろで、耳を疑うような名演奏が実行されているというのに、道行くみんなは気にも留めずに信号待ちとかしている、そんな2004年・夏。鉄腕アトムはそこいら中でびゅんびゅん飛んでいるのさ。
 満を持して昨年発表された氏のファースト・ソロアルバム。アーティスト名、その名も“Tomita Lab”(冨田研究室)による、題して「Ship Building」。洪水の如く聴き手を呑みこむ熱演の数々は、その名の通り船を造るように丁寧に慎重に積み上げられたシロモノなのです。
 風の噂によれば、最近の氏は自宅マンションをいよいよ研究室化させており、ほとんどスタジオを使用せぬままお家でCD音源をこさえてしまうとかしないとか。
 文字通りの“Tomita Lab”。一体そこはどげん大変なことになっとるとですか。知りてえ、身悶えするほどに。
 私は周到な根回しを施し、合法的に氏に仕事を発注した。
 師と仰ぐ氏にトラック制作を依頼するはこれ純粋に渇望するところなり。しかしながらもっと奥深くにある真の目的は、今現在の師の台所を盗み見るところにあり。志においては恥ずべき点など一切無い書生気質であると断言したところで、やってることは産業スパイ。背徳の念に後ろ髪を引かれつつ、初夏のある晴れた日、私は、普通に冨田さんが居を構える都内某所の閑静な住宅街を歩いていた。“Tomita Lab”という名の、普通に冨田さんが暮らしているマンションを目指しつつ。右手にぃヨコハマ中華街“景徳鎮”の飲茶セットをぶら下げて。陣中見舞いという名目にしてはちょいと高価な4000円のセット。これも良心の呵責の成せる技か。俺、一応クライアントなのだが。

 第一回、加減が分からずに、こんなにいっぱい書いたのに未だ玄関をくぐれず…。
 字数に制限がある訳ではないのですが、長くなり過ぎるのもなんなので、靴を脱いでからはまた近日中に。
 もう、気分は「建もの探訪」渡辺篤史、溜息吐息のオンパレードでした。勢いよく想像を超えてくれた、少しだけ常軌を逸した極上空間を、次回たっぷりと…。

2004.07.08[01:51] ニッポンおたく訪問(序) 桜井秀俊
 およそおたくと呼び得る人のことは、100%信用することにしています。
 “おたく”と一言で片付けていますが、秋葉原で活動しているとか何か集めているとかそういった事ではありません。定義するならさしずめ、
「何かに身を投じきって人生を過ごしている人種」
 てとこでしょうか。
 犠牲を犠牲と気づかぬ程に色んな事を犠牲にしながら、色んな人を巻き込みながら或いはどんどん人から遠ざかりながら、ある一点を見つめ、突き進んでしまう人種。
 愛にしか興味のない女の子、理想のサーフィンライフの為に奥さん連れて離島でバイト暮らしを始めた還暦目前のおとっつぁん、稼ぎの大半を録音機材購入に投じてボロ六畳間生活を続行中の同世代独身男…等、みんな僕の知人ですが、そこまでする人間には必ず“面白い”や“スゴい”が発生します。まさに「コミック雑誌なんていらない」状態。そして僕はそういった“面白い”や“スゴい”並びにそいつを発生し得る人間が大好物であり、彼らだけがこの世の何かを推し進める力を持つと信じている部分があるのです。
 思いつきでも先見の明でもない。ましてや世渡りテクでもない。真に未来を切り開く力は、ニッポン人のおたく魂以外にあり得ないと。だって、偉いことした人はみんなおたくだもん。
 でまた、そういう人の家って味わい深いんですよねーこれが。子供の頃、友達の家に上がると、玄関のニオいからして未知のゾーンに入ったあの感覚の、パワー桁違いバージョン。その人の生き様が凝縮される空間、家。家っつーか、城っつーか国っつーか世界っつーか、宇宙とさえ言えるのではないでしょうか、達人の場合。
 Mr.ちん氏が人ん家の冷蔵庫を広く世に報告せざるを得ないように、私もこの目に収めた絶景を広く世に報告したいマグマを禁じ得ません。訴えられる程に。
 大儀が「おたく」なだけに、皆様においては多少狭ぁく馴染みの薄ぅい世界について濃いいいく語る部分も多々あるかと存じますが、そこはご勘弁を。しかしながら見知らぬ人の冷蔵庫の、一億倍貴重な情報を提供する事をここに約束します。本当か?
 記念すべき第一回は、あの、超一流音楽プロデューサーの知られざる宇宙を、縁を切られる覚悟でお送りいたします。乞うご期待!もう狭そう!

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