2004.04.30[19:59] 続々・秀俊千本桜 桜井秀俊
  《三段目 高津小学校の段》

 平日の午前九時。フツーに小学校。懐かしーい雰囲気。トイレの便器が全部子供サイズ。中腰で用を足す。
 隣の教室から聞こえる尋常でない集中力を帯びた子供の声。ぎ、義太夫…。
 1階のその教室では咲甫太夫さんが生徒さんたちに義太夫(つまりヴォーカル)を教えているのです。窓からこっそり覗くと、張り詰めたテンションがビシビシ伝わってくる。やらされてる感ゼロ、どころか積極的も積極的。授業というより、プロを志す者達の稽古場といった空気。小学生って、こんなだったか?もっとこう、ボサーっとしてるもんじゃないの?少なくとも俺は、ただ生きてるだけだったぜ。
 2階の、その教室の真上に位置する教室では人形(つまり演技)指導がされているというので、すかさず見学に。講師はなんと桐竹勘十郎さん。こんなトップクラスが何故にここへ!?背広姿で人形を手にして、舞台と同じコワモテの勘十郎さん。半ズボンたちは気をつけ&直立不動体勢のまま。
「ええか、ここで踊りからコロッと芝居に変わる。その心の変化をお客さんに伝えるのが、難しいんやでぇえ。」
「はいッ!」
 本当に解っているのか半ズボン。ここもとても授業には見えない。断定して言おう。修行だ。
 そのまた真上、3階では師・鶴澤清馗さんが三味線を指導中とのこと。子供達はそれぞれやりたいパートを選んで班(おお、懐かしい)ごとに分かれ、お互い切磋琢磨し合うといった寸法か。「どーなってるのよ三味線は」と階段を昇る気分はすっかりブルースリー。この意味お解かりか。伝わらなくても続けますよー。こっそり戸を開け、部屋の端っこで見学させて頂くことに。
 机とイスは下げられ、広々とした教室内。黒板を背に清馗先生。彼をコの字で囲むように一辺に2人、計6人の生徒さんが座布団に鎮座。驚いたことに全員ノーマルサイズの太棹を抱えている。デカすぎて糸巻きまで手が届かないと見え、胴を床に置いてみんなでチューニング。左手奥の子を除いて何と5人が女の子。男の子は1人だけ。心でそっと「頑張れ、男!」。応援してしまうのは何故だろう。
「こないだやった曲、みんな練習してきたかー。」
「はーい。」
 うむ、ここは2階ほどの修行ムードではなさそうだと、安心しかけたところ、
「じゃー、やってみー。」
 突然彼らの表情がぐっと締まって、ベベベンと始まったその曲は、昨夜オイラもさわりだけ教えて頂いた、記憶にも新しいフレーズ。ひ、弾いとる。さわりのその先までしっかりと…。あんなに小さな左手で糸を精一杯押さえて、容赦なく巨大な撥をあんなに小さな右手で精一杯握りしめて。
「そこはなー、こうやってなー。」
 清馗先生のお手本に、皆食い入る食い入る。その中でもひときわ食い入ってた、先生から向かって右手手前に座る女の子。眼光鋭いこと岡本綾子の如し。先生の動きをひとつひとつ盗み続けている。どうやら彼女がリーダーのよう。
 我が太棹人生、早くもライバル出現であります。花形満がスポーツカーで登場した時のようなインパクト。意味、伝わってますか?
 俺ときたら、師につけていただいた稽古をビデオに録って家で観ながら練習してるというのに、綾子はその場で起こった全てを脳裏に焼きつけんとばかりにギラギラ先生を見つめとる。気合い負けもさることながら、便利グッズにすかさず頼るクセが骨の髄まで染みきっている己の性根が恥ずかしい…。綾子をはじめ彼らは皆、大人サイズの練習用(あまり響かないように出来ている楽器。大リーグボール養成ギプス的太棹。)をなんとか打ち鳴らそうと必死に弾いているというのに、俺ときたら先生に任せっきりで最初っから良い楽器を手にするという、大塚愛もびっくりの甘えん坊。高価な道具におんぶにだっこ。わーいなんてはしゃいじゃってる俺、金、金、俺、金、カネ!いかん、汚れとる。ソウルで完璧に負けとる。
 終業のチャイムが鳴っても、彼らが太棹を置くことも、正座を崩すことさえもありませんでした。次の時間まで弾きまくり。我々の小学校時分、ソフトボールだってこんなには夢中になれなかったと記憶します。皆のあまりの入りっぷり、やはりとても授業とは思えませんでした。
 6年生になると始まるというこの「文楽」の時間。先生方のおっしゃるには、もう数年目に突入だとか。つまり、現在中学生をやっている高津小卒業生のかなりの人数が文楽経験アリという状態。それも凄いけど、下級生達は毎年先輩方の発表会を観劇しているので、あこがれは積もりに積もって5年分。6年生になると思いが爆発するそうな。それであのテンション。ガッテンしました。
 すっかり大人の娯楽道楽と思い込みかけていた文楽、子供心をここまで捉える力さえ備えていたとは。あな恐ろし、義太夫マジックの奥深さよ。子供に流行るんだから、決してムツカシーことないよね。わかってもらえないことをどんどん好きになってるんじゃないよね。誰に言ってるの?俺。
 くそう綾子、俺は負けない。6年生だったら下手したら干支が同じ。ふた周り下…。“申年太棹頂上決戦”今ここに戦いの火ぶたは切って落とされた。互いの師も申年生まれとは、これも何かの因縁か。
 しかし、何かに夢中になった子供の吸収力は計り知れないからなー。まったくもって脅威だぜ。ここはひとつ大人のアドバンテージ、モノとカネにまかせてブイブイ…、いかんいかんそれがいかん。これ以上ソウルを腐らせる訳にはいかんのだ。
 綾子、発表会は観にいくぜ。父兄のフリしてこっそりな。お前の成果は俺がしかと見届けてやる。ただし、その時俺は必ずや貴様より上のレヴェルに居てやるのだ。よゆーの拍手をくれてやるのだ。
 繰り返す。綾子、俺は負けない。(瞳に炎。「巨人の星」のテーマが流れ、幕。)

2004.04.30[19:57] 続・秀俊千本桜 桜井秀俊
 《二段目 ミナミの夜は義太夫で、の段》

 出でて行く。
一日ぶっ通してもまだ時間が足りない壮大な物語なのに、無駄と指摘できる部分が一切ないとはこれいかに。これ程のお話を、人間ってえ生き物はこさえちゃうもんなんですなー。ハリウッドの皆さん、一度ミナミに来て学ぶがいい。“あざとさ”を一切排除して、登場人物の魂の昂ぶりを頂点へ持っていくだけで観衆のド肝を十二分に抜き得るクライマックスというものを。「ラストサムライ」ごときで感動できた心優しき青年たちよ、一度ミナミで感じるがいい。本当にお侍さんが居た時代に「超」の付くA級の作家によって描かれた“お侍さんの中のお侍さん”の心意気を。黒澤映画の随所にも、浄瑠璃の脚本や演出がモチーフとして使われているという事を、オイラはすでに発見しているのだ。どの作品のどこで?教えてやってもいいけど、呑むよ、喋るよ、朝まで。にしてもすげーや「義経千本桜」。誠とは、道理で主君へ両親へ。これ観て親孝行したくならないやつは間違いなく鬼畜でしょ。
 ところが周りの席の外人軍団ときたら。
 そうなのです。どうやらツアーと思しき外人集団が我々の周りに陣取っており、「お、わかってんじゃんボブ。」とか隣席の若い白人を心でひっそり勝手に名づけたりして親しみをもっておったのに、ボブの奴。人間国宝が登場するとデジカメで撮りまくる撮りまくる。我々の現場ならばイベンターという名のYAKUZAにつまみ出される狼藉。他にも、後半ずーっとチュッチュチュッチュ乳繰り合ってたカップルとかね、もーね、簀巻きにして道頓堀に流してやろうかと思いましたよ。でもま、弁当はさんで4時間の長丁場(記念すべき“劇場初弁当”は、いとうさんにおごってもらっちまいました。その名も「文楽弁当」。すこぶる美味。ごっつぁんです!)、無理もあるまい。実はオイラも、延々と続く濃い〜時間に、体力と集中力がフラついていたところ。右手に座るいとうさんも腰が限界とみえて、前かがみで腰をぐるんぐるん回している。それでもしっかり我々の両師匠の熱演共々最後まで見届け、ツアー初日の劇場を後にしたのでした。
 いとうさんとそのお師匠さんである咲甫太夫さんと、彼の弟さんであり我が太棹師匠である清馗さん、及び彼らのご友人一同と共に食事へ。劇場近くのお洒落な「豚玉」屋さんにて、おおいに盛り上がる。食事中ずーっと浄瑠璃の話しててもいいなんて、そんな飯、生まれて初めてなもんで夢のよう。それぞれ皆アツく、楽しい人々。いけないいけないと思いつつワインという名のガソリンを摂取し続ける俺。ほぼ一人で。順調に今夜も酒に飲まれようかといったその段階で、場があろうことか、
「じゃー今夜は今からせいこうさんと桜井さんのお稽古を始めますか!」
 なんてノリへ。
 ややや、だってもう12時回ってるし、まだまだ公演は半ばだし、聴けば両師匠、明日は朝から国立劇場の近くの小学校で子供たちに浄瑠璃を教えるとのこと。勿論その後は本番。どのツラ下げて今からへなちょこ三味線など聴かせられましょうか。いとうさん、何やる気まんまんな顔してるんですか!ここはみんな、明日に備えましょうよ!
 しかしもう見つかっていたのです。カバンに忍ばせたマイ撥の存在。
「桜井さんもやる気まんまんやないですかー!」と咲甫さん。
は、恥ずかすうぃー!確かにやる気の方はやぶさかではありませんが、体も脳も奈良漬状態で…。
うろたえる僕の心など当然皆さんの眼中に入ることは無く、一同、両師匠のご実家へお邪魔することに。先月マイ太棹を取りに伺ったそこは、日本有数の喧騒を誇る繁華街のド真ん中に、ずーっと昔から居を構える老舗の旅館。真夜中の激しい稽古にも、苦情の心配はご無用とのこと。いやいやそういうコトじゃなくて…。
 皆さんはいとうさんのお稽古を見学。オイラは別室で清馗さんと二人っきりに。腹ぁ決めてへなちょこながら自宅練習の成果を半ば逆ギレ気味にぶつけました。酔いと戦いながらこの夜学んだこと。
 一挙手一投足、道理のままに。
 楽器というものは基本的に物理の法則によって構成され、組み立てられている。音程しかり、音響しかり。ならばそれをコントロールする立場にある人間も、その“道理”に沿って体を使わなければ、理想の響きを得ることはできない。気持ちだけじゃダメ、力入りすぎてもダメ、めんどくさそーな行程を一個でもサボったらなおダメ。や、それでもそこそこは演れるんだろうけど、それでは自らが奏でる本当に「美しい音」に出会うこともないまま死んでゆくのみ。俺はその音に大事な用があるのだ。
自分の魂と宇宙の法則を繋ぐ橋、良い道具はその役割りを果たしてくれるかけがえの無い人生の相棒。ギターでも三味線でも、サーフボードでも包丁でも、道具を使って表現をする人は例外なく「自然の法則に対して素直に、謙虚に」なる必要がある、と身に染みて悟ったのです。機能性という概念を毛程も有さない、愛しき太棹との毎日と、ゴマカシを1ミリも見逃してくれない師匠(すんごい年下。干支が同じの今年年男であることが判明)から。そして、その先にある魂の自由な世界(死ぬまでに行けるか!?)。そこで生まれるものこそが、本当に新しいものなのだと、私は確信致しました。ハードコアだぜ義太夫は。
「音と息を使い分ける」ってのも、なるほどエラい話ですが、ちゃんと考えると道理にかなった物の捉え方ですな。ノドを振動させて発生した音、それを包み込むように体からアウトプットされる息、まさに“息づかい”から我々(お客さん)が得る情報量はデカいですもん。嗚咽ひとつで相手の心が一発で伝わったり。ならば、声でなにかを表現する者が「音と息を使い分ける」のは、そりゃそうでしょ!って話になる。これは早速オオノに説教ですな。ただ、道理に照らせばそうだからつったって肉体をそこへ持っていくには並々ならぬ鍛錬を要するワケで…。ねぇ、太棹も無茶な体位の雨あられ、できるかそんなもん!の嵐ですわ。でもねぇ、そうしないとファンクにならないんじゃねえ…。くそう、俺はファンクを必要としているのだ。頑張れ、俺の体!
お稽古後に我々を待っていたのは、深夜の大騒ぎにもかかわらずお母様(すなわち女将さん)が出して下さったソーダ水。何十年ぶりだ「ソーダ水」。奈良漬状態から醒めつつある体の中を、冷たい泡が心地よく弾けて飛ぶ。
明日の朝、少年少女達にお稽古をつけるべく劇場近くの小学校へ赴くという両師匠。つまり授業。3年B組義太夫先生。それは凄いなどんな場だ、と興味深々の我々は見学させてもらうことに。実際それは尋常でない状況であったのですが、それはまた別の話。終わらねーよバカヤロウ!聞けよこのヤロウ!次行くぞ次!

   〜《三段目 高津小学校の段》へつづく〜

2004.04.22[00:35] ツアーリポート(いとう版) いとうせいこう
 すげえな、桜井の鼻息。しかし息の太さは義太夫の基本。それは太棹の弾き手とて同じことだろう。
 そう、我々は敢行したのです、ミシシッピ・ツアー。俺はこれで三度目だけど、まさか同志が増えるとは本当に幸せでした。心強かったぜ、太棹の旦那よ。
 お稽古の模様はおって旦那が書くだろうが、今回も俺は勉強したよ。ほんとにすげえよ、義太夫節。特に何に感動したかって「息と音(おん)を使い分ける」という技術。まだまだ理解しているとは言えないのだけれど、つまり何かを語るとき、音だけでなく息を同時に出すことによって喉を守り、音域の豊かさを維持するらしいってことね。雑音を入れることで音の深さを増すと言ってもいいし、音だけ伝えりゃいいやというようなコミュニケーション・レベルがいかに貧しいかというとんでもない事実が、そこにはあったのだ。
 わかんないよね。そりゃわかんないよ。わかったら芸能は残らないもん。聞かなきゃ見なきゃわからないからこそ、それはライブなんだもん。でもさ、森進一の声をちょっと思い出してみてくださいよ。音だけでなく、明らかに様々な息を同時に吐いているのが容易に理解出来るでしょう。歌うことは単に音を出すことにあらず。息をも聞かせてこそ、さらに息を調節しながら音を一定に保ったり、息を一定にしながら音だけを変えることが出来てこそ、それは歌であり、語りなのだと俺は教わったのだと思う。
 これはとんでもないことですよ。少なくとも、ちあきなおみにはこの技術が確実にあった。ゆえに言葉の意味が、いやいや言葉の外にある意味さえもが聞く者にしっかり伝わっていた。それがどうよ? 今、誰がそのテクを使ってる? 言葉を伝えず、さらに言葉の外にある意味などさらに伝えず、ピーピーガーガーがなってやがる。俺は聞く耳を持たんね。そんな貧乏音楽なんか。みみっちいね。貧しいね。四畳半に住んでたって豊かな音楽を奏でることは出来るってのに、何を歌ってるつもりだ、お前ら。
 ブルースは違いますよ。そして日本のブルース、義太夫節もむろん違いま
す。声に出して読む日本語? そんな本を読んでる暇があったら聞いてくれよ、義太夫節。どう声に出せば、どう伝わるかがその節の中に凝縮されてるんだから。駅前で歌ってるカナリア諸君に告げるよ、俺は。義太夫節を聞いて鷲となれ、ホトトギスとなれ! ギター片手に歌ってるなら太棹を聞け。そこにブルースのすべてが詰まっているのだぞ!
 書きたいことは山ほどある。が、ここは桜井に譲ろう。音楽家が語ってこそ、浄瑠璃の凄さは正確に伝わるだろうから。だが、もう一度だけ言っておく。芸能の大元は浄瑠璃にあり、義太夫節にあり。つまりライブの基本はその中にすべてあり。語る者よ、歌う者よ、書く者よ、義太夫から学べ。盗め。感じ取れ。
 来年までに一段(まあ一章みたいなもんですね)、俺は新作浄瑠璃を書く。そこに書き手として得たものの全部を注ぎ込む。実はこれまたとんでもないことに俺は思い至ったのさ、書き手として。俺が二十年ばかり好きで好きで仕方のなかったフランスの狂気の作家の書き方が、まさしく浄瑠璃を書く基本であったろうことに俺は気づいているのだ。
 習う、書く、語る。桜井よ、俺ももうあとには引けないぜ。命くれない。どういう意味だ、命くれないって。なんかわからないけど、興奮で筆がすべったよ。

2004.04.21[15:07] 秀俊千本桜 桜井秀俊
  《初段 道行ミシシッピの旅》

 秀なるか秀、俊なるか俊、平成十六年四月十五日(快晴)、文楽の総本山、大阪国立文楽劇場へ乗り込むべく羽田〜まだビッグバードと呼ばせるか〜空港へ赴いたとです。目指す演目は名作中の名作「義経千本桜」。しかも通し(作品一本全部を演ると丸一日かかっちゃう長編も多い文楽、有名場面だけつまんで演るのが通常なのだそう。)とくれば、気合いもおのずと入るというもの。何かあっちゃあいけないので何となくカバンにマイ撥を忍ばせてきたのですが、金属探知器を前にしていきなり不安に。オイラのバチは木製ながらオモリとして中に鉄が仕込んであるというシロモノ。ちなみに先端は鯨骨。検査官に尋問されたら何と答えたらいい?何故か客室乗務員風の笑顔でゲートをくぐる俺。結果はセーフ。笑って損した。
 今回同行(させて貰う、という形ですね。二人旅ですわ。)のいとうせいこうさんとは同じ便で出発するものの、チケットは各自で取ったので集合は搭乗口もしくは機内、すれちがったら最悪むこうの空港で、という予定。義太夫は団体芸術だけど基本は個人主義なのだ。待ち合わせなんて女子供みてえなマネなどしねえのだ、とばかりに座席について「ぁさてと」とヤンサンの水着グラビアをチェックする体勢に入ったところ、前方からいとうさん。声をかけると「あ、ここだ。」と横に腰をおろす。これは神のいたずらか、500席近くのジャンボジェット機で偶然隣り合わせになろうとは。しかも前方を向いて右にいとうさん、左に俺。とりもなおさずこれは大夫と三味線の座り位置ではないですか!裃着用の我々が空高くジャパニーズ・ブルースの聖地へ飛んで行く、そんなイメージが脳裏をよぎる。居る。文楽の神様は確実に今ここにおわしますぞ。
 前日はあの歴史的TV放送、「うんちく王決定戦」ゴールデン生放送という大仕事を終えられたばかりのいとうさん、さぞお疲れのことと思いきや何やらムツカシソーなハードカバーの本を熟読しておられる。水着グラビアは何となく見づらくて、ヤンサンは前座席のポケットに半ば隠すようにぐっと押し込み、カバンから「義経千本桜」の本を取りだしストーリーを予習する俺。表現力バツグンの芸能、義太夫といえども言葉は江戸時代の、しかも上方つまり大阪弁。話のスジやポイントはあらかじめ押さえておいた方がやっぱり何倍も楽しめるのです。お陰で非常に実のある時間を過ごして飛行機を後にしたのでした。とうとう一度も開かれる事の無かったヤンサンに後ろ髪をつーんと引っ張られながら…。
 大阪空港から劇場まで、電車を乗り継ぎ乗り継ぎ行くのですが、何せ馴れぬ土地。路線マップとホームの番号をキョロキョロ見比べながらあっちゃこっちゃウロウロ動くイイ大人二人が我が事ながら微笑ましい。耳に入る言葉は当然ながら老若男女360度大阪弁オンリー。浮かぶメロディーはサウス・トゥ・サウスの「梅田からなんばまで」。やっぱブルースじゃん。ブルース独特のあのザラついた感覚。リズムの良さを絶対的に求める感覚。洗練を否定しながら、でも身だしなみには並々ならぬこだわりを持つ感覚。そして“おもしろい”ことに立ち向かう世界屈指のサービス精神。この旅のタイトル“ミシシッピ・ツアー”が非常に的を得ているということが、早くも証明されてゆく。
 ブルースやロックンロールにシビれる感受性は現代人だけのものなどという意識がそもそもの間違いでした。江戸時代の人だって当然持っていた。そして、それを表現する芸術はとっくに生まれていた。僕たちの国の、大阪の、ミナミという街で。“義太夫節”として。恐ろしくクールなこの芸能は、圧倒的に人々に愛され続け、演者によって磨き続けられてきたのです。
 ロックでんヒップホップでんなんでんよか。現在、日本語で新しいポップミュージックを作らんと試みる全ての頼もしき日本人に告ぐ。義太夫をかじりなさい。賢明なる皆さんはすぐにでも悟ることでしょう。かつて南部の黒人が発明した“アフタービートで巡る12小節単位の永遠に昇り続けるらせん階段”にも匹敵する発明を、我々のご先祖様はいくつも成し遂げておられたという事実を。「英語以外の歌は買わん」などと傲慢極まりない戯れ言を堂々とぬかす毛唐の額をアスファルトにこすりつけるに十分な、美しく哀しいリズムと旋律のタペストリーを。そして、それらが放つ、我々の未来を照らすに余りある光を。
 あー語った。一杯呑みたく…うぬ、我慢我慢。まだ何も始まっちゃいないじゃないか。
 野郎ども(誰だ)、俺は川口ひろし探検隊のカメラさんよろしく一足先に、文楽という洞窟の中枢へ入ってゆくぜ。いとうさんはさしずめもう一足先の照明さんといったところか。照明ご苦労様です、いとうさん。これはかつてあなたが日本で初めてラップをやったことに匹敵する、歴史的価値の高い作業かもしれんですよ。
 鼻息も荒く劇場へ足を踏み入れると、早くも売店であやしいグッズを物色しているメガネの照明さん。
「桜井ホラ、太棹のCDあるよ。このフィギュアもホラ、買わなくてもいいの?どうなの?」
 このあたりは完全にみうらじゅんさんに毒されている結果と言えそうだ。いとうさん、そんなに何者かに追われているように買い物しなくても良いと思います。などと言いつつ、次の日には結局イロイロ購入した私なのですが。かなり自主的に。
 例によって床本(歌詞カード的なもの)付きのパンフレット(大変な充実っぷりでたったの600円、安い!)を買って、いざ席へ。ツアー初日の今日は、16時からの夜の部を観るのだ。文楽三大名作との名高いこの「義経千本桜」、これから始まる《三段目 椎の木の段》でいきなり太棹界のジミ・ヘンドリックス(言ってんの俺だけ!)、鶴澤清治さんの登場だ!終演は20時、弁当はさんで4時間の長丁場。いとうさん首や腰の骨は大丈夫?さァさァさァ、いざ見届けん、栄えひさしき
 〜《二段目 夜のミナミは義太夫で、の段》へつづく〜

2004.04.14[18:58] 無煙大陸から 桜井秀俊
 最後の一本を吸ってから一年が経ちました。
 私事で恐縮ですが、これまで私事以外の何を綴ったのかと振り返った所でさして思い当たるフシも無く…。皆さま、お覚悟。
 いやー、辛かった。
 禁断症状の激しかった初期には、ただでさえ気の短いマネージャー氏(K山Tもつ35歳・福岡県出身。暴力を犯罪と思っていない男。)と、聞くに耐えないヒステリックな口論を繰り返したものです(主に言った言わない論争)。喫煙チームの友人からは逆賊の汚名を着せられ、居酒屋においては知らぬ間に手元に火の付いたキャスターマイルドを置かれている等の嫌がらせにも耐えに耐えてきたものです。
 皆さまお忘れでしょうが、それというのもこのページで禁煙を宣言したのがそもそものきっかけだったのです。期せずして共に禁煙を宣言したいとうせいこうさん、あなたの決意は夢のようにはかなく、24時間と続くことはありませんでしたね…(詳しくは‘03年4月分を参照)。お陰様ですっかり取り残された形となった僕は、中途半端に挫折する訳にもいかなくなり、会う人会う人に「どーなの、まだ吸ってないの。あっそう、根性あるねー。」などと言われ続け、“なんとなく吸えない”状況のまま、とうとう一年が過ぎてしまったのです。あの時のあなたのテキトーな態度に今では感謝すらしている小生、人生何が糧になるか分からんですな。ええ、一時たりとも怨んだことなどあるものですか。
 19の春から吸って吸われて16年。齢35にして断煙を決行するにあたって心に刻んだ掟があります。すなわち、
 “無煙大陸上陸作戦成功の暁には、汝(オレ)、昨今この星を覆い尽くしつつある嫌煙ブームの波に乗っかって喫煙チームを差別し蔑むマネだけは、断じてすることなかれ。”と。
 女子のマユ毛の太さから経済に至るまで、およそこの世の価値観などというものは、所詮時代の気分次第。そんなもんよと割り切りつつも、オフィスでんレストランでんどこでん刻一刻と隅に追いやられつつあるかつての同士達への同情の念を忘れてしまっては秀俊、そいつはやましい魂(岡村靖幸より)ってえもんじゃあないかえ。居酒屋にてどれだけイジメられようとも、やり場のない彼等の憤りを一身に受け止めるのが誠ってえもんじゃあないかえ秀俊。
 しかし私は告白しなければなりません。
 飲食店においては積極的に禁煙席を希望している自分を。
 新幹線の喫煙車を、給料日のホルモン焼き屋のように感じている自分を。
 吸いすぎている友人の体をエラソーに気遣ったりしてる自分を。
 断煙4年目を迎えたという、東京スカパラダイスオーケストラのトランペッター・ナーゴ氏のいつかの言葉が脳裏をよぎる。曰く、
「だんだんね、確実にね、嫌いになってくるよ、ケムリが。今、本当に嫌だもん。」
 体がケムリを拒否しだす。これはまあいいとして、僕は心底恐ろしい。いつかちゃっかり無自覚に、かつての同士を差別し蔑みだしてしまうのが。ちょいとしだしてしまいそうで…。そうなったら友よ、迷わずオレをブン殴るがいい。
 何故か明日は羽田へ。あれほど辛かった飛行機移動、その苦しみをきれーいに忘れている自分にも気づいてしまいました。いとうさん、むかついたら構わずブンなぐって下さい!
 何故に羽田でいとうさんなのか、その詳細は後日この場にて。引きつづき私事の嵐、嵐、嵐!

2004.04.02[17:37] ハマ子・フォーエバー 桜井秀俊
 春なのよ。
 桜木町の駅から、最近は週末になると大変なお祭り騒ぎになる「みなとみらい」の逆サイド、週末になるとJRAのお客さんでごった返し、別の意味でお祭り騒ぎになる街、古きあやしきヨコハマを色濃く残す街、野毛。その少し奥にある小高い山(丘?)のてっぺんにある公立の動物園、それが野毛山動物園。古くてボロくてちょいとニオうけど、それがまた妙な味わいを持っており、入園料もタダとあって、学生の頃からデート等でお世話になっておりました。下手な遊園地よりもスリルに満ちているとの噂高き“ウンコを投げるゴリラ”は今や伝説となっております。
 春になると園内の桜が大変良いので、キリンや虎越しの花もオツであろうと、六畳間で打ち込みやってる場合じゃなかろうと、妻と娘を連れて散歩に出たのでした。やっぱりちょいとニオうので弁当広げる気にはならないものの、陽気も桜もよく、そこそこの人で賑わっており、期待どおりのナイスなムード。
 象舎の方の桜がひときわ華やかであり、当然そちらの方へ惹かれて近づく我々。庭と呼んでいいのかどうか、象が外で草喰ったり鼻で水吸ったりするエリア。そこに象の姿が見えないもんで、舎の中で昼寝かなーと思ったら、正面に小さな立て札が。読めば、
「昭和二十六年に当園に来たインドゾウのハマ子(ハマっ子の意か)は、昨年の十月に老衰によりこの世を去りました。ハマ子はまさに当園と共に育ち…云々。」
 といった内容。
 いきなり言葉を失くしてしまいました。
 それまでの、ほのぼの親子連れムードも春の青空も咲き誇るチェリーブラッサムも、全部バタンとひっくり返って、その真裏に潜んでた切なさをつきつけられたような。よく見ると小ぎれいに掃除された庭。あるはずだったオイニーも無く、ベンチではヤングなカップルが安心してサンドイッチをほおばっている。ハマ子に特別な思い入れがあった訳ではないのですが、長年時々たまーに見てきたゾウが居ない象舎、それと満開の桜との組み合わせが、変な話ですが妙にマッチしてて…。一句詠みたくなる魔力を持つ花なんでしょうな、桜ってえ奴は。全く思い浮かびませんが。心は動けど言葉は見えず。この感じを五・七・五にうまく閉じこめることが出来たなら、さぞ気持ちがよかろうに…。うーん、才能の無さを痛ー烈に感じるぜ。
 「裏の裏は表ではない」
 石原都知事のお言葉で御座います。意味は全く分かりません。でもなんとなくドキドキします。同じ花でもバラやチューリップじゃ一口も呑めないのに、桜だと軽く限界を超えられるのは、裏に潜んでいるなにやら暗ぁく、でも美しいモノのお陰なのだと、またひとつ為にならない発見をした私でした。
 打ち込むぜ オレの宇宙は 六畳間 
 やはり、ダメですか。

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